« ジュネス企画 | 最新記事 | Russian Folk Song & Dance »
ジプシーの来た道

ジプシーの来た道 原郷のインド・アルメニア
市川捷護著/白水社/2003年4月刊
ISBN4-560-04963-7 装丁/松吉太郎
著者は、あの70年代の一大金字塔、小沢昭一の《日本の放浪芸》シリーズや、最近では、これも話題になったCD《「ジプシーのうたを求めて〜沙漠に生きる漂白の芸人たち」》を手がけた人である。本書は、いずれこのテーマについて書いてくれることを期待していた市川ファンにとって待望の一冊で、当然、内容はその期待にじゅうぶん応えてくれる、すばらしいものである。
この人の文章は楽しい。<対象への深い共感・愛情>と<冷静な観察眼>を、<目的を完遂する明確で強い意志>と<常に状況に臨機応変できる柔軟性・瞬発力>を、<躍動感のある鮮やかな状況描写>と<記録として精度の高い信頼性>を、さらにいえば<深い問題意識>と<平明な語り口>を、それぞれ矛盾させることなく一冊の本にまとめあげるという芸当を見せてくれる人を、私は他に思いつかない。もちろんこの魅力の源は、30年以上におよぶ録音/映像ドキュメンタリー作家としての豊富な経験が育んだ力量のなせる業であることは、今さらここで言うまでもないだろう。
前半のアルメニアを旅する話、後半のインド・ラージャスターン州でのフィールドワーク、ともにわくわくするような話題が満載なのだが、あえて本欄ではすっ飛ばす。私が特に興味深く読んだのは、その先である。
インドを出発点として西へ西へと向かい、ついにイベリア半島までたどり着いた<ジプシーの民>のことは、これまでも西欧の研究者を中心に、いろんな本に書かれてきた。本書もまた、先行する文献を随所に紹介しながら、彼らの足跡を丹念に辿ろうとするものである。しかしそれに加えて、本書ならではの独自性があるとするなら、それはインドからヨーロッパとは逆の方角(=東)へ向かった人々がいるのでは、という「アジアへの可能性」を示唆している点ではないだろうか。これはヨーロッパ人研究者にはなかなか持てない視点だ。
もちろん、まだまだ不明なことの方が多い(ジプシーびとの痕跡は、中国と日本ではいまだ確認されていないとされている)から、市川さんもとても慎重な言い回しなのだが、たとえば最終章の<猿回し芸>についての考察など、まさにこのひとにしか書けない説得力に満ちていると思う。
山口県周防の猿回し芸復活にまつわるエピソードから、朝鮮半島にはなぜか野生の猿がいないという意外な事実の紹介をはさみ、インドから東は猿使い芸だがヨーロッパには猿を使う芸は伝わらなかった(熊使い芸はある)という指摘まで、「大道芸の伝播」を語って博覧強記にして縦横無尽。
<放浪芸>をキーワードにして、インドを中心として日本からヨーロッパまでを一望することができる、まことに見晴らしの良い眼力の持ち主なのである。
それにしてもインドである。いったいなんという国なのだ、あそこは。…というわけで今、山際素男《不可触民と現代インド》(光文社新書)を少しずつ読み進めているところ。こちらも衝撃的ですぜ、かなり。
2003 12 18 [wayfaring stranger] | permalink
Tweet