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日本の「西洋ダンス」事始

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 明治期ダンスの史的研究
 ー大正2年学校体操教授要目成立に至るダンスの導入と展開ー
 村山茂代著/不昧堂出版/2000年10月刊
 ISBN4-8293-0396-4     装幀者名記載なし
 
 日本における「洋楽事始」については、いくつもの研究がある。読みやすいところでは、たとえば安田寛《唱歌と十字架》あたりが有名だろう(現在は絶版らしい)(←訂正しました12/29)。ところが、ことダンスに関しては、きちんと掘り下げた本があまりないと思う。本書は、明治時代に日本人が「西洋のダンス」をどう受容していったかを知ることができる、貴重な研究である。

 なぜ、ダンス研究本があまりなかったのか? 答えは簡単である。ひとつには、音楽における楽譜のような「舞踏譜」が普及しなかったこと。ことばや記号でダンスを記述することが困難だった故に、その歴史的研究もあまり進んでいない。愛好者が世界中に数多い、たとえばバレエのようなメジャーなジャンルでさえ、映画=連続した動きを記録する装置が発明される以前の事情は、まだまだわからないことが多いのだ。
 もうひとつの理由としては、日本における「西洋音楽の導入」はほぼ官主体の音楽教育史として体系づけられる(それとは正反対の、大衆芸能としての受容史ももちろん重要だが)のに対し、「西洋ダンスの導入」は、それをどう位置づけるかによって研究内容も発表の場もまったく異なってきた、というのがあるのではないか。つまり「ダンス」ということばが内包するジャンルが、非常に幅広いのである。ある面ではそれは幼児の「お遊戯」であり、また違う角度からみればそれは大人の「社交」=文化史ともなりうる。もちろん、「ダンス」が音楽にあわせて体を動かすという前提がある限り、音楽史ともシンクロしていなければならないだろう。
 もしダンスから音楽という側面を取り払ってしまえるなら、それは、それまでの日本人が持っていなかった新しい「身体」についての考察になるはずで、身体論というなら「運動」「体操」というキーワードが真っ先に出てくることになる。そう、ダンスは、近代日本の学校教育の現場では、まず「体操」という科目が取り扱うジャンルとなったのだ。本書の副題に「体操教授」とあるのは、そういう理由による。
 西洋のダンスを導入することによって、日本人のからだがどう作り直されていったか。要するに、「ダンス」の前にはそんな大きな問題が横たわっているのだ。本書にもくわしく記されているが、一例をあげれば、「集団」で「行進」するという風な、一見「ダンス」とは無関係にみえる行為すらも、江戸期までの日本人の身体にはなかった項目だったのだ。
 一見ダンスとは無関係にみえる…と書いたが、「社交ダンス」から「バレエ」に至るまで、ヨーロッパのダンスの大部分は、実はまず「歩き方」を習得するのがそのはじまりだったようである。ダンスの「ステップ」=足さばきは、まず、一定のリズムにあわせて、みなが同じ動作をとることからスタートしなければならない。これはつまり「お作法」とか「マナー」の教育と同じものであり、「ダンス」とは、つまりは宮廷での立居振舞の技術を身につけるためのものでもあったと言える。
 
 明治時代の西洋ダンス、といえば鹿鳴館を思い浮かべる人が多いだろう。鹿鳴館での舞踏会は、上の流れでいえば「西洋風の立居振舞・作法・マナー」をいかに身につけたかの発表会なのである。もちろん本書でも鹿鳴館のダンスについては一章を割いており、それがまたたいへん面白いのだ。
 
 ビゴーの素描でおなじみのような<カリカチュアライズされた日本人>が面白いのではない。外国の流行をいちはやく取り入れることに関しては昔も今も日本は天才的であり、100年前の我が同胞を嗤う気には、私はなれない。そんなことよりも、「外国の流行をいち早く取り入れた」ことによって、同時代にヨーロッパ社交界でどういうダンスが流行していたのかがわかったことが面白かったのだ。このあたり、はなはだ個人的な読み方で恐縮なのだが、私がふだん親しんでいるアイリッシュ・セット・ダンスとの共通点が非常に多く、セット・ダンスがいかにいわゆる「社交ダンス」であったかを、私は本書でやっと確認できたのだ。
 
 
 著者の意図とはまったく違う部分を、ひとりで勝手に面白がっているのだが、同じセット・ダンス仲間なら、あるいは同意してくれるのではないかと思う。ともあれ、ダンス史・教育史・文化史など、明治初期の日本に興味のある方には、広くおすすめします。まずは読んでみ。

2003 12 28 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

とんがりやまさん、えっらいお久しぶりです、すずき@音友です。すごくきれいなサイトですねえ。真似したくなって困ってます(^^;)。安田寛さんの「唱歌と十字架」ですけど、会社のサイトを検索したら注文可能でしたので、生きてるみたいです。いきなりこんなつまんない話題ですいません…。

posted: すずき (2003/12/29 11:35:15)

すずきさん、こんにちは。
いやあ、こちらこそご無沙汰しておりますです。
「唱歌と十字架」、いくつかの書店系通販サイトでは<入手不可>とあったんで、それ以上詳しく確認しないままに書いてしまいました。大変失礼しましたです(大汗)。

posted: とんがりやま (2003/12/29 13:28:02)

 

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