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「著作権」についてのいい本が出たぞ
著作権の考え方
岡本薫著/岩波新書869/2003年12月刊
ISBN4-00-430869-0 装幀者名記載なし
ある作家と出版社がモメたことがあった。「どう使ってもいいよ」と言って渡したエッセイを、出版社はネットで配信したのだが、作家としては雑誌に載るか単行本になるものと思っていたらしい。「てめぇンとこは本屋だろう」「本屋だってネット配信くらいやらぁ」ということになって、ふたり揃って文化庁にやってきて「どう使ってもいい」の法的な意味について、政府の統一見解を示せ、とねじ込んだ。
そして、埒があかないと知ると、最後は「だいたい法律が悪いんだ」などという捨て台詞を残して去っていった。これが、今日の日本で「著作権問題」と呼ばれているものの大部分の本質なのである。(同書pp.168-169)
著者は2001年から2003年まで、文化庁の著作権課長をつとめていた人物である。そんな著作権のプロが、「著作権とは何か」をわかりやすく、かつ面白く解説しているのが本書である。
自分でもこういうウェブサイトなんぞをはじめたものだから、いよいよ「著作権」が他人事ではなくなってきた。自分の著作物がというよりも、他人の著作権を侵害していないかどうか、けっこうビクビクしながら毎日記事を書いているのである。著作権についてなにかいい解説書がないかなあと思っていた矢先だったので、一気に読み通してしまった。
デジカメやパソコンなど、情報をデジタルで処理してしまえる機器が一挙に普及し、インターネットという個人が情報発信を簡単におこなえる手段がこれだけ一般化したいま、著作権が一部の人のための法律ではなくなったことは周知の通り。だからこそ、プロによる正確な手引きが望まれていたし、本書はその役割をかなりの部分で果たしてくれると思う。
なんでもアメリカが進んでいて、日本は遅れていると思いこんでいる人がいる。しかしこと著作権に関しては、日本はかなりの部分で世界の最先端を走っているのだと著者はいう。世界的に見てもアメリカの方が、法律で守られる水準が大幅に低いのだ、ということも本書で繰り返し述べられている。その「水準の低さ」を「自由」と解釈して「やっぱりアメリカの方が自由でいいや」という声もあるというが、アメリカは訴訟社会であり、些細なことでも裁判によって解決するという社会的コンセンサスがあるからこそ、法律が規定することは最小限でいい、という一面だってあることを忘れてはならない。自由とは、その分のリスクを各個人が引き受けることでもあるのだ。
著者の立場はいたって明解である。まず<知的財産権は「ルール」であって「モラル」ではない>とクギを刺した上で、日本国憲法のもとですべての人に「思想・信条・良心の自由」や「幸福追求権」が保障されている以上、どうしても人間の「欲」と「欲」とのぶつかりあいになってしまうのが、著作権にまつわるトラブルであると指摘し、つまりは<全員がどこかに不満を感じているのが普通の状態なのである>と言い切る。人間の欲望には限りがない、だからこそ法律で「ルール」を作る必要があるのだ、と。
映画産業・出版界・音楽産業などメジャーなコンテンツ製造業(っていっていいのか)それぞれの抱える矛盾と葛藤も、ここにはよく描かれている。それぞれの業界に身を置いている人にとっては自明のことなのかも知れないが、たとえばハリウッドが特権的な位置を獲得していることをあっさり「政治的立場が強いからだ」とは、なかなか言えないと思う。
あらゆる法律がそうなのだろうが、著作権法もまた、それを必要としている人たちがその都度智慧を絞って創りあげていく「道具」である。現行法が完璧な唯一無二のものではないことは著者がいちばんよくわかっているし、さらによりよい=できるだけ多くの人たちの賛同を得られるようなモノ=にしていく努力を怠ってはいけないということも再三にわたって述べられている。法律に「絶対神」を見てしまうのは、むしろあの作家や出版社のような「一般人」かもしれず、だからこそ「法律が悪いんだ」などというとんちんかんな暴言を吐いて平気なのだろう。上の例でいえば、これは単に契約の不備が問題なのであって、法律の問題ではない。
「自分たちが望む社会は、自分たちの手で作っていくしかない」という民主主義社会の大原則を、この一冊のなかで著者は噛み砕くように何度も繰り返す。
冒頭に引いた話には思わず大笑いさせられたが、著者は明らかに怒っているのである。この作家と出版社に対してだけ怒っているのではない。日本の著作権法の実体をよく知らずして、自分に都合の悪いことをなんでもかんでも法律や役人のせいにしてしまう連中すべてを、怒っているのだ。そしてそれは、「自分自身の問題」を簡単に他人に押しつけてしまって平気な、わたしたち大多数の日本人に向けられた怒りでもあるのだろう。
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ところで、私がここで写真付きで取り上げている書籍は、わかる範囲でブックデザイナーの名前も入れるようにしている。岩波新書のカバー絵は、たしか著名な画家が手がけたという話をどこかで読んだのだけれども、このデザインの「著作権」は、岩波書店が単独で持っているのでしょうか。いや、別に盗用する気はさらさらありませんがね。
2003 12 29 [booklearning] | permalink Tweet
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