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記念写真は、美しく。

 Michealさんのウェブログ、Blog Mhichil「ライヴでのフラッシュ」という記事に

 いつも思うが、ライヴでのフラッシュ撮影は、集中するタイプのミュージシャンにはどうなのだろう。

とあるのを読んで、撮る立場の側のことを、少し考えてみた。


 ひとつの例として、喫茶店やパブなどでの小さな集まりを想定してみる。たまたまふらっと酒を飲みに来たら、店の一角でライヴやセッションをやっていた、という場合。こういうライヴは無料であることが多いし、客も食事をしたり酒を飲みつつBGMがわりとして気軽に聴ける場合がほとんどだ。熱心に聴き入っている常連客が少しは居るものの、大半はおしゃべりに夢中、というふうな状況がまあ通常だろう。

 <たまたまふらっと>来たのが観光目的の一見客ならば、こういうライヴはなおのこと嬉しいハプニングでもあろう。演奏者名もなにも知らず、ただ「雰囲気のいいパブで、なにか演奏やってたりうたを歌っていたりして、楽しそうだった」ので、旅の記念にとカメラを向けたくなるのも人情だ(演っているのが、どこの国のどういう音楽なのかもわからないまま、ということだって大いにあり得る)。パブはたいていうす暗いので、普通のフルオートタイプのコンパクトカメラを構えたら、まず間違いなくフラッシュが発光する。さて、ここが問題だ。

 「だって、フラッシュ炊かなかったら真っ暗なんだもん」…そう、確信犯なんである。撮影したいなら店と演奏者両方に許可を求め、なおかつ他の客の迷惑にならないよう細心の注意を払うのが筋だろうが、ほろ酔い気分のフリの客にそこまで求めるのもおかしなことではあるだろう。「撮られるのがイヤなら貼紙でもしとけゴルァ」などと逆ギレされても困るし。それに、迷惑もなにも、観光客慣れしたパブならば、日常茶飯事として誰も気にとめないかもしれない。


 ただ、そもそもフラッシュを発光させて撮った写真を美しいと思うか? と問うことはできる。写真を撮りたくなるほど心が動いたとして、その感動の何割かはほのかな照明だけの、パブのあのうす暗さにもよるところが大きいはずだが、フラッシュを炊いてしまうとそれがみんなぶっ飛んでしまう。「記念に」と思ってシャッターを押したのに、できあがったモノは妙に生々しくテカった顔だったりする。これじゃあせっかくの「感動の記念」にはならないんではないかと私などは思うのだが、どうだろう。

 要は「記念」写真だからこそ、美しく撮りましょうよということだ。たまたまその時カメラを持っていたから撮っているのだとしたら、それは自分の意志ではなく「カメラに撮らされている」にすぎないのではないか。写真を撮らない方が、かえって後々まで思い出に残ることだってきっとあるだろう。カメラの操作に気を取られているヒマがあるんだったら、そのぶん自分の記憶にしっかり焼き付けるべく、全神経を集中させている方がよほどいいだろうし、またその場限り、一期一会だからこその<嬉しいハプニング>なのだ、とも言える。

 まあ、美醜はこれ以上論じないにしても、フラッシュを炊くのは一種の暴力行為なのだという認識が、もう少しあってもいいのではないか。どのような状況であれ、不意打ちのようにいきなりピカッとやられたら、誰だってあまりいい気はしないはずだ。フラッシュを炊かないと怒られるのは、事前に被写体と撮影者のあいだで諒解が成り立っている場合しかなく、その時ですらシャッターボタンを押し込む前には、ちゃんと宣言するではないか。…すなわち「ハイ、チーズ」。




(おまけ)

LBT2.jpg

 写真は、The Liffy Banks TrioのPaulとTara。京都のアイリッシュ・パブfieldにて。2003年9月18日。

2004 01 14 [face the music] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

「face the music」カテゴリの記事

comments

どーして日本人は写真が好きなの?どーしてどこでも撮りたがるの?
ホントに写真が好きなの?「写す」という行為を楽しみたいだけじゃないの?
おっしゃる通り「カメラに撮らされている」という自覚が皆無なんですよね。
要するに子供っぽいんだと思いますね。
p.s.
Paul と Tara から流れ出す音が蘇ります。

posted: (2004/01/14 20:23:21)

>「写す」という行為を楽しみたいだけじゃないの?
楽しむと言うよりも、「撮っとかなきゃ」と、まるで誰かに脅迫されてでもいるかのようにシャッターを押しまくっている人って、確かにいますね。子供っぽいと言うよりも、むしろ貧乏性ではと思う時があります。

>Paul と Tara から流れ出す音が蘇ります。
ありがとうございます。写真を撮るのって、ほんとに難しいです。

posted: (2004/01/14 20:43:40)

 似たような状況で、小学校の運動会のビデオがあります。運動会に限りませんが。この撮影のために、下手をすると競技そのものすら妨害しかねない人も中にはいます。
 面白いのは、映すのは圧倒的に低学年が多いんです。学年が上がるに連れて対比級数的に親ないし保護者の数は減り、6年だとちらほら。ということは、実は撮ったものを後で何度も見はしないんではないでしょうか。
 その昔、新しもの好きの祖父が8ミリ・カメラを手に入れて、旅行に行っては撮りまくっていました。帰ってきてしばらくすると「上映会」をします。同じ人に同じものを二度見せることはありませんでした。

The Liffy Banks Trio 見たかったですよぉ。

posted: (2004/01/14 22:00:03)

 アルタンのマレードのお父さんが経営しているブンベグのパブでも、ウェストポートのマット・モロイのパブでも、大きめのフルオートカメラでバシャバシャとフラッシュ炊きまくって撮りまくっていたのは、圧倒的にアメリカ人でありました。店が店だけに仕方ないかもしれませんが。
 フラッシュ撮影といえば、夜のサッカー場で試合中に客席からフラッシュ使って撮ってる人々。あれ、ほとんどまともに写ってないんじゃないかと思うんですけど。
「ちゃんと撮れてるかなあ」「どんなふうに写るだろう」とドキドキしながらフラッシュ使わずに撮るのって楽しいのに、とも思います。

posted: (2004/01/14 22:47:17)

 アメリカ人、というのに反応します。
 この間、コナマラで会った人たちが、アイルランドは5月とか6月とか、それから9月が(穴場で)いいよお、とぼくに語ったことを思いだします。へ、なんで、と無邪気に訊くと、何のことはない Yanks がいないからだと。だから、ドイツ人などは、わざわざ Yanks を避けてそういう時に来るんだそうです。うーむ、とうなってしまったぼくでした。
 で、話は戻りますが、フラッシュを使わずに撮るのは、自分の腕前が試されているようで、原始的な喜びがあります。人の写真を撮るときは、ぼくは、まず、フラッシュなしで、それからフラッシュつきで、と断って2回とりました。ぼく自身がフラッシュ写真を好きでないこともありますが、好ましい人の赤目を見たくないこともあります。それに、自然な照明のもとでのほうが光が自然と思えることもあります。

posted: (2004/01/14 23:40:58)

アメリカ人は「記録」の為に撮るのでしょう。壁にべたべた貼る為に。
だからライカやニコンじゃなくてポラロイドを発明する。日本人は撮影
「行為」そのものが好きなんだと思う。ケイタイにカメラ付けて喜んで
るんだもん。

posted: (2004/01/15 1:02:29)

 うわ。サイト開設以来最大のレスポンスだ(笑)。
 みなさんコメントありがとうございます。以下まとめレスで失礼。
 
>おおしまさん
 ふうむ、子供の運動会は「せっかくの記念だからよりかっこよく」と私が書いた、その行き過ぎの例なのか。競技に支障がでかねないほどとは本末転倒も甚だしいですが、ファインダーを覗いているとまわりが全く見えなくなってしまうんでしょうね。自分も気を付けねば。
 熱心なのは低学年の親という指摘は面白いですね。親の撮った写真のでき具合が、その後の子どものクラスでの位置関係に微妙に影響するというようなことはないですか(爆)。
 
>すずきさん
 スタジアムなどでのフラッシュの光は、風景として眺めている分にはけっこうきれいだなとも思います。大きな競技場では大丈夫なんでしょうが、これまで選手のプレーに直接悪影響を及ぼしたこともありそうですね。ゴールポスト前の攻防で、客のフラッシュのせいでミスショットしちゃった、とか。
 
>Michealさん
 Blue Eyed は強い光にはかなり弱い、という話をどこかで読んだ気もしたんですが、アメリカ人の瞳は特にフラッシュに強いんでしょうか。それとも、ただ単に無頓着なだけなのか。
 二回撮る、というのはいいですね。赤目防止を謳っているカメラもありますが、どうも宣伝文句ほどには効果が薄いような。
 
>わたなべGさん
 なるほど。「行為」そのものが好き、ですか。とすると、撮った写真そのものにはもう関心がなくなるのかな。そういえば実家にも、撮りっぱなしで整理もなにもしていないネガフィルムが、山のようにあるようなないような。

posted: (2004/01/15 16:27:56)

 

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