« あ、動いてる! | 最新記事 | “アイトラ”行ってきました〜 »

いま「ケルト」は何処にいるのか

minzokukigen.jpg


〈民族起源〉の精神史  ブルターニュとフランス近代
原聖著/岩波書店・世界歴史選書/2003年9月刊
ISBN4-00-026847-3  装丁者名記載なし


 「ケルティック・ミュージック」ということばにはなんとなく違和感がある、という話は以前書いたことがある。

 私なんかがここで異議を唱えるのもどうかという気がするのだけど、「ケルティック・ミュージック」というのは、ヨーロッパの人たちが考え出した壮大なフィクションだと、私は思っている。(中略)あくまで虚構としての面白さであって、それ以上でもそれ以下でもないのではないか、というのが正直な感想である。
 わたし自身はこのことばを上手く使いこなすことはできそうにないのだけれど、例えばカルロス・ヌニェスは自分の音楽をその名で呼んでいたし、少なくとも、日本独自の勝手な造語でないことだけは確かだ。

 ※日本のCDショップでよく見かける、音楽ジャンル名としての“ケルト”については、高松晃子さんに『日本の「ケルト」受容に関する一考察』という論文があって、全文がPDFファイルで読める。詳細は クラン・コラ・ブログ参照のこと。

 カルロス・ヌニェス自身も多用していた「ケルティック・ミュージック Celtic Music」ということばは、そもそもどういう経緯でいつごろから使われだしたのか。その背景は自分なりにある程度つかんでおいた方がいいだろうな、と思っていた頃、今年のはじめに書店でみつけたのがこの本である(ああ、なんて長い前置き ^_^;)。サブタイトルから読みとれるように、本書はブルターニュという地域で「ケルト民族意識」がどのように形成されていったのかを俯瞰する。「Celtic Music」じたいを主題にした本ではないけれども、「ケルト」のバックグラウンドを知るという意味においては、これは私にとってまことに時宜を得た買い物であった。


 もとより書評できるほどのアタマも度胸も持ち合わせていないので、ただの感想をものすごーく乱暴に言ってしまうことにする。
 人間には「古いものほど尊い」と思ってしまう、抗えぬ習性があるんだなあ。
 日本列島の内部でも似たような争いがあったのだろうが、地方ごと、民族ごとに激しい覇権争いを繰り返してきたヨーロッパ大陸では、とくに「由緒正しい」「歴史がある」という“葵の御紋”は、それだけで大きなアドヴァンテージになってきただろうことが、本書を読んでよくわかった。もうひとつ言えば、一種の貴種流離譚とでも言うべきか、「今はこうした不遇の身なれど世が世なら」というハナシには、洋の東西を問わず誰しもヨワいのね。《ケルト民族》というキーワードは、人びとのまさにそんな心情にうまく乗ったがために、あまねく人口に膾炙した格好の例なのかもしれない。

 「ケルトマニア」ということばがある。1830年代の造語で、〈ケルトに執拗にこだわる人びとという軽蔑のニュアンス〉が込められていると、本書では解説している(p.108)。そのことばが生まれた同時代、古代ケルトのドルイド的精神の復興をめざす「ネオ・ドルディズム」運動がおこる。ただし、著者によると〈復興されたドルイドは、古代のそれとはまったく別物といっていい(p.114)〉。
 “古代ケルト文化”そのものと現代の“ケルトブーム”とのあいだに裂け目が生じたのは、そしてさらに言うなら、上の高松晃子さんの考察の、言葉のはしばしに漂う苛立ちの出発点は、おそらくここらあたりに求められるのではないだろうか。

 ロマン派だとか疾風怒濤だとか表現主義だとか、さまざまな主義主張が嵐のように巻き起こった19世紀ヨーロッパ。知識人たちが激しく鋭く沸騰していた、思春期のような時代である。「ネオ・ドルディズム」運動とてその流れに乗った、当時そうとうラディカルな思想だっただろう。しかしやがて時が過ぎ、20世紀も終盤にさしかかったころには、それは角がすっかりとれて丸くなってしまった。現在の「ケルト」の大衆化・観光化とは結局そういうことなんだなと、私は本書をそんなふうに読み終えた。

2004 02 14 [booklearning] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

「booklearning」カテゴリの記事

comments

 

copyright ©とんがりやま:since 2003