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「舞踊」百年

 「舞踊」という日本語は、意外に新しかったのね。

 坪内逍遙が『新楽劇論』を著して、すなわち「舞踊」という言葉が生まれて、今年でちょうど百年を迎える。それ以前の一般的な呼称は「舞」と「踊り」の二つだった。

 出典=季刊 上方芸能151号(2004-3)『特集 舞と踊り-関西の現況』。
 

 いやあ、20世紀に入ってからできた概念だったなんて、今まで知りませんでした。あまり深く考えたこともなかったんですが、漠然ともっと古いことばだと思っていたのであります。
 ま、ヨーロッパに住む人たちが、それまでその地域にあった草の根的なモノゴトを、いろいろ集めて再構築し、現在につながるようなカタチーいわゆる「伝統文化」とか「民族文化」などと呼ばれるものーに仕立て直し始めたのは、たかだかここ100年から150年ちょっとのはずで、逆説的な言い方をすれば「伝統文化」とは「近代精神の産物」以外のなにものでもないんですが、まぎれもなく日本舞踊もその流れのなかの一つであった、ということなんでしょうね。
 それにしても、坪内逍遙が生みの親ってのが面白いな、なんとなく。

2004 02 10 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

> 逆説的な言い方をすれば「伝統文化」とは
>「近代精神の産物」以外のなにものでもない[後略]
この場合は、「伝統」と「文化」の言葉の意味が問題になるかもしれませんね。いま、前者だけについてふれますと、この言葉と関連する「伝承」(ラテン語で traditio)という言葉については、その定義の難しさが言われています。端的に申しますと、単数の形と複数の形とでは意味内容が異なります。つまり、「つたえうけつぐこと」と「そうやって伝えられたもろもろの事柄」とです。この区別が重要と言われています。
 もし、「伝統文化」という言葉の意味が、後者の意味の「伝承」を含むものだとすれば、あるいは「近代」精神の産物と言う言いかたもできるかもしれません。しかし、前者の意味の「伝承」という意味だとすると、これは「近代」のものと限定されるべきでなく、場合によっては「古代」からのものでしょう。実際に、多くの西欧の宗教歌は二千年から三千年の伝承をふまえています。

posted: (2004/02/10 9:31:15)

 コメントありがとうございます。
 
 二千年や三千年もの時間に耐えて、ずっと伝え続けられてきたものの存在を、もちろん否定するつもりはありません。ただ、一方で「さも古くからあるかのように見せかけている」ものがあることも確かでしょう。なんらかの理由で「古くから存在していたと信じ込みたがっている」人たちがいる、と言った方がいいのかな。
 おっしゃるように、伝統文化を考えていく上では「つたえうけつぐこと」と「そうやって伝えられたもろもろの事柄」とをきちんと区別する/できることが大切だと思います。しかもそれは、よほど注意深く観察していなければ、なかなか見えてこない部分であるとも思います。
 
 観光ガイドブックの売り文句を、あるいはテレビの紀行番組のナレーションを、そっくりそのまんま信じ込んでいる人たちは、そうとう多いでしょう。私の<「伝統文化」は「近代精神の産物」じゃけんのう>(ナゼに広島弁^^;)は、そんな人たちが座っているシーソーの、反対側に載せる重しのようなもの、程度に受け止めていただければと。

 ていうか、日本舞踊の話に、突然ヨーロッパを持ってくるというのがそもそも無理があるという気も。まあ、カッコつけて「近代精神」なんてことばを使おうとしたもんだから、思わずアッチまで行っちゃったというわけで、少々唐突でしたかね、これ(^_^;)。

posted: (2004/02/10 19:14:45)

 あ、いや、何かつまんないことをぼく、書きましたね。反省して削除しようとしたんですが、削除ボタンがないことに気づき愕然としました。
 「民族」のほうなら何となく分かる気もします。あと、もうひとつ、「文化」のほうですが、ぼくの畏友で「文化」culture なることばを根源から捉え返して近代にまでたどっている男がおりまして、もちろん、近代的な文脈ではマシュー・アーノルドのあたりになるんですが、その男に言わせると、その淵源は紀元前一世紀のホラティウスにまで遡るというんですね。で、その原義は(精神を)耕すことという、動詞的な意味合いが非常に大きく、それが今の名詞的な意味に変わってくるのがまさに近代化の過程なんだそうです。その過程で「(精神を)」の部分がとれて、culture だけが独り歩きするようになるということでした(そのなれの果てが「カルチャー・センター」?)。
 そのような時代になって、きっと仰るような「さも古くからあるかのように見せかけ」る人たちも登場したのでしょう。文学でも擬古体とか中世趣味とかいうのがはやりますしね。テレビの紀行番組といえば、「ディープ・プラネット」のアイルランド特集も相当な刷り込みをやっているというか自ら刷り込まれているというのか、強烈な世界像を提示していますね。なんか、大きな「アイルランド物語」を信じ込んでいるようなふしがなきにしもあらずです。といって、ぼくにはこう捉えるのがよい、というような像も提示できないんですけど。すみません、日本舞踊の話でしたね。

posted: (2004/02/10 21:05:38)

 

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