ありふれた風景なんだけど
毎日、ちょっと気になりつつ通り過ぎているところがあって。
そこには、波板というのかトタン板と呼ぶのか、向こう側が工事現場であることが誰にでもわかるよう簡易に囲われた壁面があって、それが道路に沿って数百メートル続いている。
工事のたびに何度も使いまわされるのだろう、新しいものと錆が浮き出たものが混在している。そのため、一枚ごとに白っぽかったり濃い青磁色だったりとさまざまで、それが無造作に何百枚も並べられているから、遠くから眺めると、その沈んだ濃淡がとても美しい。湿気を多く含んだどんよりと重い雲が背景にある日などは、視界ぜんたいがブルーグレイのモノトーンになって、まるで古い山水画でも眺めているかのような錯覚に襲われる。
囲い塀の高さは5〜6メートルほどもあるだろうか。その中間からやや下方、ちょうど人の目線の高さのあたりに、規則正しく貼紙が並んでいる。
低金利、という文字の下に大きく電話番号が入っているだけの、A4サイズの貼紙だ。会社名もなにもない、テレビ宣伝や電話帳にはまず出てくることのないたぐいの業者による、宣伝貼紙だ。
白い紙に濃紺1色のものや、蛍光オレンジと黒の2色刷りのものなど、業者によっていくつかのパターンがあり、それぞれ一定の間隔をあけて、ていねいに並べられている。
すでに何ヶ月もの風雨に耐えてきたと思わしく、少しずつ色あせ、汚れ、あるいは破れかけつつあるその貼紙群は、いまや枯れたブルーグレイのグラデーションにしっくりなじんでいる。金を借りろと誘うその貼紙の内容をも含めて、この光景ぜんたいを「寂寞たる情景」とでも書くと、ちょっと格好つけすぎだろうか。しかし、その横を毎日通り過ぎるたびに、思わず壁面をしげしげと眺めてしまうのだ。
ありふれた郊外の、ありふれた工事現場の、ありふれた風景。おそらく佐伯祐三でさえも描くことのないだろう、殺伐とした一角。
こういうものは、ある日気が付けば跡形もなく消え去っているものだ。そうならないうちに、せめて写真にでもと思いつつ、まだ果たせていない。車通りが多くカメラを構えるのに難しい場所というのも確かだが、それ以前に、私にはこの風景をうまく撮れる自信が、あまりないのですね。
日本中のどこにでもある、ありふれた風景なんだけどさ。
いや、ありふれた風景だからこそ、なのかな。
2004 02 11 [design conscious] | permalink
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