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DESIGN OF DESIGN

 デザインのデザイン DESIGN OF DESIGN
 原研哉著/岩波書店/2003年10月初版
 ISBN4-00-024005-6  著者自装

 beeswingさんリクエストにお応えして、本書を読んだ雑感など。

 
 1958年生まれの著者は、みずからを「戦後の第五世代のグラフィック・デザイナー」だと規定する。これは、第一世代にあたる亀倉雄策(東京オリンピックのポスターなどを手がけた人だ)が、石岡瑛子(パルコのグラフィックなど)を評して言った「第一世代が苦労してつるはしで道路をつくり、第二世代がそれをロードローラーでならして舗装し、第三世代はそこをスポーツカーで快走した」という喩えを適用したものだ。著者は続けて、

 第四の世代はクルマですっかり混みはじめた道路をオートバイでジグザグに疾走するか、自転車で爽やかに走り抜けた。そして第五の世代は、もはや渋滞しきった道路を進むことを断念し、再び徒歩にもどって野原を歩きはじめているという感じだろうか。(P.222)

と書く。この短い自己規定のなかに、彼の資質のほとんど全てが言い尽くされている気がしてならない。この自己認識は違うことばで同書に繰り返し記されていて、たとえば
 華やかな時代の後にやってくる低成長時代の価値観を模索するのは僕らの世代の宿命なのだろうか。(pp.103-104)

という発言には、ある種「業」のようなものさえ感じるのだ。
 
 原氏には「華やかな時代」というバスには乗れなかった者としての自覚があり、同時に、あの時代にひどくこんがらがってしまったロープの結び目を、ひとつひとつ解きほぐしていくという使命感がある。その作業のひとつが、たとえば2000年に企画された展覧会『RE DESIGN』であっただろうし、2001年に田中一光のあとを継ぐ形で「無印良品」のスタッフに加わったこともまた、同じ使命感からきているだろう。
 ロープの結び目を解きほぐす作業のうちには、前の世代の所業を冷静に見つめ直すことも含まれる。たとえば、1980年代に突如としてブームとなった「ポストモダン」についての、次のような発言はどうだろう。
 しかしこれはデザインにおける「ひとつの世代の老化」を象徴する現象ではなかったかと僕は思うのだ。なぜならば、これはモダニズムにつきあい疲れたデザイナーと情報にすれはじめた生活者が演出した「諧謔」の世界であり、もはや無垢な情熱をモダニズムに注ぐことに倦んだ世代の「枯れた達観の境地」をそこに感じるからである。(p.19)

  以前わたしはこのウェブログで、現代の書店が「まるでモダニズム全盛なのはどうしたことか」と書いたことがある。原氏の説に従えば、それは結局ポストモダンがなにものでもなかったことの証であるということになる。この指摘にはハタと膝を打ったが、しかしこのことばは「華やかな時代」に思う存分斜に構え、パロディと哄笑のうちに日々をやり過ごし、結果として多くの問題を後の時代へ先送りしてしまった先輩デザイナー(「オートバイでジグザグに疾走」した世代)たちへの痛烈な批判となっている分だけ、重く、かつ真摯である。
 そう、原研哉は嗤わない。ユーモアを否定しているのでは決してなくて、パロディや笑いといった手法で問題が解決するわけではないことを、たぶんいちばん痛切に感じ取っているからこそ、笑えないのだ。笑っているだけではなにも解決しない、だからひとつずつ、ゆっくり進んでいこう。「再び徒歩にもどって野原を歩きはじめ」よう。彼の仕事の基調を貫く、これが哲学だ。
 
 
 わたしが原研哉という名前を知ったのは、1995年に出た初めてのエッセイ集『ポスターを盗んでください』(新潮社)だった。新進気鋭のデザイナー、というふうな惹句で売られていたと思うのだが、あいにく今はこの本が手許にない。だからまるっきり古い記憶だけで書くのだが、読後とても爽やかな風を感じた。と同時に、地に足をしっかり着けている人だな、という印象も持った。当時のわたしの印象はあながち大はずれでもなかったんだなというのが、新刊を読んだ最初の感想だったのだが、同時に軽い困惑を覚えたことも、ここで正直に告白しておかなければならないだろう。
 ひとつは、かつての著作のような軽やかな風が、今作からは感じられなくなってしまったことへの困惑である。言い換えれば、これは原研哉が「笑えない」ほどに、21世紀のわたしたちは重く大きな現実を抱えている、ということでもある。1995年以降、日本人の身の上になにが起こったかを振り返ってみれば、それはもっともなことではあるのだが。
 誤解なきよう慌てて付け加えておくが、原氏が実生活上でくすりともしない、などと言っているのではない。第一、わたしは氏とは一面識もないし、彼の日常にはもとより何の関心もない。そんなことではなくて、彼は彼に続く世代が「笑って」いられるようになるために、自らは笑うことを封印した、というふうに私は読んだのだ。「僕らの世代の宿命」というのは、そういうことだ。それがなぜ「困惑」なのかといえば、わたしの中には宿命を引き受ける決意を表明できる、彼ほどの勇気がないからだ。わたしはこのウェブログで自分の生年をあきらかにしていないが、話の行きがかり上言ってしまうと、原氏のちょうど「弟」くらいの世代にあたる。おおきなくくりでいえば同じ「第五世代」の範疇に入ることになるかもしれないのだが、正直なはなし、彼のような大きな使命を感じて日々を送ったことなどない、非常に軟弱な人間なのである。デキの悪い弟としては、だからまず困惑してしまうのだ。兄の叱咤激励を意気に感じ「よーし、ワシもやったるでぇ」と思い直せるのか、「やっぱおらぁダメだわ」と“俺らイチぬけた”してしまうのか。そのギリギリのところに、有無を言わさずいきなり立たされてしまったという困惑、である。先に、原氏の発言を引用して<ある種「業」のようなものさえ感じる>とわたしが評したのは、そんな軟弱ものの馬鹿正直な心情だと受け取ってもらってもいい。
 
 もうひとつ。原氏の最近の仕事を観察していると、どうやらもはや「グラフィック・デザイナー」という枠組みからは大きく旅だってしまった、という印象を持っていただけに、今なお彼が「グラフィック・デザイナー」というポジションで自らを規定していることへの困惑がある。上にも書いたように、今という時代のある部分を引き受けようとすると、どうしても単なる「グラフィック・デザイナー」でとどまっていることはできなくなる。従来の商業デザイン/広告術の定義からすると、そういうポジションに立つひとはクリエイティブ・ディレクターだったり、プロデューサーだったり、あるいはプランナーなどと呼ばれたりしていた筈だ。
 「世代の宿命」を引き受けるという原氏は、しかし同時に「グラフィック・デザイナーである私」をも放棄しない。これはつまり「グラフィック・デザイナー」という職能そのものを、再び構築し直すということを意味する。氏はここでもやはり「徒歩にもどって野原を歩きはじめている」のである。冒頭に引用した自己規定は、同時に自身の職業をも再定義しようと試みる、そんな厳しくも壮大なマニフェストでもあったのだ。…なんという茨の道!
 
 
 さて、最後にそんな氏の「本業」について。またもや以前書いたものをひっぱり出すことになるが、偶然にもこのウェブログのいちばん最初の記事が、無印良品のデザインに言及したものなので、リンクしておくことにする。
 あのエントリに書いたような、近年の無印良品のプロダクト・デザインに対する印象を、実はこの本の造作にも同じく感じた。だからここではカバーもオビも、すべてはぎ取った状態で撮った写真を掲載する。非常に僭越な態度であることは承知の上だが、しかしこれもまた「デザインする行為」であると信じつつ。


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2004 03 05 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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