[CD]:ENCUENTROS
JUAN PEÑA LEBRIJANO & Orquesta Andalusi de Tanger
ENCUENTROS
CDORB 024 /Ace Records 1988(West Germany)
オリジナルは1985年、スペインの Ariola Eurodisc から発売(9J 257240)。
手に入れたのは1992年で、場所はモロッコのラバト RABAT という町だったと記憶している。観光旅行ではなく、約10日間かけてモロッコ国内をあちこち駆け回るという、今から思えばとっっっってもバブルな仕事が入ったための出張だった。
滞在していたホテルの近所は、路上の至る所で食料品から衣服までさまざまなモノを売っていた。そのなかに、音楽カセットとCDをいっぱい詰め込んだワゴンもあった。ただし、よくよく見ると半分以上は英米のロックやポップスだ。海賊版ではなさそうだったが、ケースについた無数の傷とその間に入り込んだ細かな砂塵のせいで、マドンナもマイケル・ジャクソンもどれもみな実に怪しげでいかがわしそうだった。
やっぱせっかくだし地元っぽいのが欲しいよねえ、といろいろ物色するのだが、もとより知識があるじゃなし、ドレがいいのやらさっぱりわからない。店の兄ちゃんがコレがいいぜとかこっちはどうだとか次々と差し出してくるのをなかば無視して、結局この1枚だけを求めることにした。向こうにしてみれば、ずいぶん効率の悪い客だったと思う。
このアルバムが「名盤」とされていたとは、そのときは知る由もない。私がこれを買った理由はただひとつ。ジャケットの上部に「Andalusian Fusion : Spain's leading Flamenco singer meets renowned Moroccan Orchestra」とあったので、「フュージョン」なら聞きやすかろう、などと思ったからだった。「せっかくだから地元の音楽を」などと口ではいいながら、なんのことはない、最後の最後に日和ってしまったというワケだ。
とはいえ、当時の私の耳には、それでも充分刺激が強かった。それ以前からいわゆるワールド・ミュージックと呼ばれるジャンルを好んで聴いていたとはいえ、私はコアな民族音楽のレコードを熱心に集めるほどのマニアでもない。むしろ日本人の耳に心地よく届く、もっとソフトに加工された音楽ばかり選んで聴いていたのだ。だから、帰国後はじめてこのCDを自分の部屋で鳴らしたときは、その「濃さ」に思わずのけぞった。どこが「フュージョン」じゃあ、と頓珍漢な感想さえ抱いたくらいだ。
だけど、何度か聴いているうちに、だんだんその魅力に引き込まれていった。なるほどこれは、聴けば聴くほどイスラムの音であり、同時にフラメンコの声である。1+1が3にも4にもなったように聴こえてきて、何度でもリプレイしたくなる。
まるで底の見えない井戸を覗いているような、とでも言ったらいいだろうか。奥底を見極めようと目を凝らすんだけれども、絶対に見えない。このまま地球の反対側まで通じているんじゃないか、とさえ思ってしまうような深い深い闇の中から、しかしたっぷりと水を汲み上げることができる、あの不思議さを私はここに感じるのだ。もっとも、井戸端のひんやり湿った空気など、この音楽にはない。今でもこのディスクを聴くと、あの土地のとことん乾いた砂ボコリと距離感が一向につかめない蒼い空、そして頭のてっぺんから突き刺さってくる太陽光線を思い出す。そして、畑から抜いたままのミントの束を茎ごとヤカンに放り込み、熱湯を注いだ後たっぷりと砂糖を加えて飲むという、実に乱暴につくった(しかしやたらめったら旨い)ミント・ティーが無性に飲みたくなる。
このアルバムを紹介している日本語の文章を読んだのは、その7年後。『ユーロ・ルーツ・ポップ・サーフィン』(音楽之友社刊/大島豊監修/ISBN4-276-23814-5)191ページ最下段に見慣れたジャケット写真を見つけたときには、あっと息を呑んだ。単に自分が知らなかっただけで、こういうディスクガイド本で推薦されるほどの有名なアルバムだったのねえ、と、ラックから取り出して改めてしげしげと眺めてしまったのを思い出す。
それにしても。
あのとき悩みになやんで最後に手に取ったのが「純地元」なアルバムではなくて、こういう「ミクスチャー・ミュージック」だったというのが、これはこれでいかにも自分らしいセレクトだったんだな、と今にして思ったりもする。いろんな意味で、忘れることのできない大切な一枚であります。
2004 03 15 [face the music] | permalink
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