« アクロバットとダンス | 最新記事 | “見晴らしの良い”ダンスの本 »

幻のロシア絵本

russianehon.jpg

幻のロシア絵本 1920-30年代
企画・監修=芦屋市立美術博物館+東京都庭園美術館/淡交社/2004年3月刊
ISBN4-473-03166-7  ブック・デザイン/秋田寛、折原茂(アキタ・デザイン・カン)


 同名の展覧会が開催中で、これはその関連出版物ということになる。

●幻のロシア絵本 1920-30年代展
 芦屋市立美術博物館 2004年2月28日-4月11日
 足利市立美術館   2004年4月17日-5月30日
 東京都庭園美術館  2004年7月3日-9月5日

 一般書店でふつうに買えるこの本が「展覧会図録」そのものなのか、あるいは会場へ行けば別のカタログも出ているのか。わたし自身はどの会場にも行けそうにないので確かめようがないのだけれど、しかし展覧会のなかみはこの本でほぼつかめるのではないかと思う。



 
 そういえば、ロシア・アヴァンギャルドの時代の絵本って盲点だったなあ。この本を店頭で見たときは虚を突かれた気がした。革命直後のロシアといえば、新しい時代に向けて崇高な理想がとんでもなく燃え上がっていたから、だからこそ子どものための本というのは山ほど出ていて当然だったはずなのだ。
 ずいぶん以前、1996年ごろだったか、ワタリウム美術館でロトチェンコに関する展覧会があったとき、ステパーノヴァとロトチェンコが合作した子どものための本が、一冊だけ日本で復刻されたことがあった。でもあれはさほどデキのよい本とは思えず、わたしはそれっきり「あの時代、ロシアにはロクな絵本がなかった」と思っていたのだ。
 そんなわたしの無知と安易な思いこみを、完全に叩きのめしてくれるくらい、ここに紹介されている絵本のかずかずは素晴らしい。しかもこれらのコレクションを、吉原治良という日本人画家が当時リアルタイムで収集していたものだというからさらに驚く。よくぞ残しておいてくれました、という感じだ(1920-30年代の日本人画家とロシア絵本がどう関係していたのか、それから、なぜロシアではこれらの絵本が「幻」になってしまったのか、その詳しい事情はぜひ直接本書にあたっていただきたい。わたしは要点をかいつまんで紹介する、というのが苦手なのであります ^^;)。
 
 
 本書で、というかこの展覧会で紹介されている絵本は、そのほとんどが12ページからせいぜい20ページほどの、中綴じの薄い本のようだ。使っている紙だって、たぶん粗悪なものだろう。どの本もけっして「立派なつくり」ではない。しかし、そんな外観とは裏腹に、表現のなんと多様でみずみずしいことか。一冊だけを取り出してみれば、あるいは「粗末で古くさい」ものにしか見えないかもしれない。だが、それが190点以上も集められると、ただひたすら感心するしか手がないのだ。
 「粗末で古くさい」と書いたが、たとえば原弘が熱狂したという写真絵本『これは何でしょう?』などは、骨太な構成とシンプルなデザインで今出版されてもなお新鮮だろうし、またたとえば『昔と今ではこんなに違う』という本の完成度の高さはどうだ。明解なイラストレーションとスマートなタイポグラフィ、そして大胆なページレイアウトがみごとに調和した、とてもセンスのいい一冊ではないか。
 そう、本としてのつくりこそ「立派」とはいえないとしても、作り手のこころざしというか心意気というか、そういうものがとても「立派」だったのだ。
 
 * * *
 
 ロシア絵本の終焉を象徴する事例が紹介されている(p.126)。
 『火事』というタイトルの絵本。1926年に作られた最初の版は27.6×21.9センチの大判絵本だった。1932年に同じ本が絵をすっかり描き改められ、一回り小さいサイズ(22.3×18.9センチ)で出され、これが長く愛されたという。ここまではいい。しかしそれが1941年の版では13.8×11.0センチと半分くらいの大きさになり、さらに1945年には8.6×6センチという、ほとんど豆本のようなモノになってしまうのだ。長引く戦争による物資の欠乏がそうさせたという。それでもこの絵本は出版されるだけ、まだましだったのかもしれない。そこまでしてでも出し続けるほどの意味のある本だったとも言えるかもしれない。しかしそれは同時に、新しい絵本を作り出せる力を失っていたことの証拠でもある。ことここに至るまでに、ロシアではすでに数多くの芸術家が逮捕され多くは銃殺され、著作は破り捨てられあるいは焼き捨てられていた。国家イデオロギーの意図にかなったものと認められた絵本でさえ、豆つぶにされてしまったのである。
 
 * * *
 
 本書のエピローグは、こんなタイトルが付けられている——「そして誰もいなくなった」。しかし今、本国ロシアはもちろん日本を含む世界中のあちこちで、この時代のロシア絵本再評価の気運が高まっているという。
 いちど命をあたえられたものは、どっこいそう簡単に死ぬことはない。そんな希望を抱かせてくれる本であり、また展覧会であると思う。

2004 03 28 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

「design conscious」カテゴリの記事

comments

まだ見ぬ国ロシア、いいものが眠っているんでしょうね。チェブラーシカを産んだ国ですし、絵本の実物を見てみたいです。小さい頃、親父が出張でソビエトによく出かけていて話を聞かせてくれたので、何となく好奇心が頭の奥底に刷り込まれているのかも。

posted: bluegold (2004/03/28 4:30:39)

 コメントありがとうございます。そういえばチェブラーシカがいましたね。すっかり失念してました。ロシアはとにかく広いですし、まだまだ知らないものがたくさんありそうですね。「ソビエト」という国名も、今となってはずいぶん遠い昔のような気がします。

>絵本の実物を見てみたいです。
 やっぱり実物を自分の目で確かめたくなりますよねえ。うーん、時間がぁ。会場では復刻本も販売しているとか聞くと、ますます行きたくなって。うーん、うーん。

posted: とんがりやま (2004/03/28 18:10:07)

 

copyright ©とんがりやま:since 2003