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著作権の“ベルヌ条約的”精神
この種の本を指して「面白かった」という感想があり得るのかどうかよくわからない。が、わたしはたいていのモノゴトを「面白かった」か「面白くなかったか」で判断するクセがあるので、ここでもそれを適用させたい。すなわち——とっても面白かった。
〈著作権制度はレイパーソンつまり俗人には理解を絶するものになった〉と、「はじめに」で著者は記す。俗人とは、法律に疎い素人、の意である。なぜそんなことになってしまったのか? インターネットがこれだけ普及して、もはや誰もが簡単に「著作者」になれるいま、肝心の「著作権制度」がわれわれから遠い存在になってしまっているのは非常にまずいのではないか?
この本が作られたベースには、そんな思いがある。
なぜ「著作権制度」がわれわれから遠いのか、その理由は本書を読み進むにつれ次第に明らかになっていく。この本でそれをもっとも端的に示しているのは
BCは19世紀の産物である。(p.72)
という一文だろうか。BCとはベルヌ条約のことで、日本はこの条約に加盟している。ちなみに、アメリカ合衆国は加盟していない。日本は何につけアメリカの追従をしているという人がいるが、少なくともここでは、それはあてはまらない。ベルヌ条約の採択は1886年、いちばん新しい改訂版は1971年とのことである。
時代が下るにつれ、さまざまな事例や問題点が次々にあらわれ、ベルヌ条約はその都度新しい課題の解決のために手を加えられ鍛えられてきた。とはいえ、その根本にあるのは「19世紀的精神」だというのだ。この本の中で、わたしはこの指摘がもっとも興味深かった。
本書中に「ベルヌ条約の前提」という項がある(PP.85〜86)。10項目にわたる内容を、わたしなりに半分に要約すると、次のようになるだろうか。
- 著作物は天才が作る。
- 天才は少数である。ゆえにインセンティヴを与えられなければならない。
- 著作物の複製装置は一握りの事業者が管理している。
- 複製装置は高価ゆえに、大衆が保有することはできない。大衆は常に天才の著作物を、一握りの事業者から消費するのみである。
- ゆえに、著作権制度は特定の専門家によってコントロール可能だ。
今となっては思わず笑ってしまうだろうが、ここには確かに「19世紀的精神」が宿っていると思う。そして、確かに、20世紀のある時期までは、上の前提はまったく「正しかった」のだ。
法律とか制度とか、そういう存在にはほとんど無関心に過ごしてきたいち小市民としては、なあんだ、法律もまた「ある時代の産物」なのね、という変な感想が先に立つ。なんとなく、法律って時代や流行やなんやかやを超越した、絶対的な「真理」を体現しているモノ、というイメージが、わたしなんかにはあったのだ。いや、こう書いたら失笑を買うかもしれないんだけど、ホラ、「法の精神」って尊いものだって、学校で習わなかった?
わたしは本質的に「古いヤツ」なので、上の「前提」にはものすごぉぉぉぉく共感してしまう。以前もこのブログで書いたが、わたしは基本的に「ロマン主義」「芸術至上主義」なんである。
「二十世紀とは、十九世紀的な原則の上に二十世紀的な現実がのっかっているだけの時代」というのは橋本治さんの名言(『二十世紀』毎日新聞社刊/2001年)で、これは前にも引用したことがある。名和さんの本を読んで、著作権というまさに Up-to-date な話題にも19世紀的精神が息づいていることを知って、わたしなどはむしろ嬉しささえ感じてしまった。いや、名和さんにとってはこういう「読み方」がいいのか悪いのか、ちょっと微妙なんでしょうけど。
…で、その「著作権法」が、いま日本で大変なことになっているのはみなさんご承知の通り。現在進行形のその一例として、Dubbrock's Dublog:著作権法の一部改正 輸入権創設ノどうなる?日本の音楽文化!というエントリを紹介しておきます。ベルヌ条約の根本にある美しき「19世紀的精神」が、21世紀初頭の日本でどういう事態になっているか、そして今後どうなってしまうのか、わたしたちにはその行く末をしっかり見届けておく義務があるように思う。その行く末は、名和さんの提唱する「二重標準の時代」なのか、あるいはまったく別の未来なのか。『あしたのジョー』の中の名セリフじゃあないが、「明日は、どっちだ?」なのである。
ディジタル著作権 二重標準の時代へ
名和小太郎著/みすず書房/2004年3月刊
ISBN4-622-07076-6 装丁者名記載なし
2004 04 18 [booklearning] | permalink
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