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カルティエとソットサスと醍醐寺と

 どうも昨日書いた記事に自分自身が得心しきれないので、しつこいようだが再度書く。不満が残っているのは、主にその最後の部分だ。

 主役となるべき宝飾品があり、それを最大限生かす見せ方をデザインした人がいて、さて最後の問題はそれが繰り広げられる「場」だ。はたして醍醐寺は、カルティエとソットサスに拮抗できるほどの「磁場」になり得たか、どうか。

 会場内に入ってからの人の流れを、記憶が薄れないうちに記録しておく。

 宝蔵館に入館してすぐ右手にロッカーがあり、ここで手荷物を預けることができる(そのまま先へ進んでもかまわない)。左手は売店。図録などを売っているが、ここは帰りに寄ればいい。数メートルのゆるやかなスロープを上ればいよいよ入口だ。
 観客は右に写真パネル、左に醍醐寺蔵の仏像が安置されたガラスケースのあいだを通っていく。ここが展覧会ぜんたいのアプローチ、オペラでいえば序曲にあたる部分だ。このアプローチをまっすぐ突き当って右うしろへ振り返ると、そこには最初の展示品であるネックレスがあり、高貴な微笑みを私たちに投げかけてくれる、というぐあいだ。

 アプローチに戻ろう。右側には王侯貴族や映画俳優など、カルティエ社歴代の特別な顧客の肖像画/肖像写真がパネルで掲示されている。17世紀のイングランド女王、19世紀のルーマニア王妃、20世紀のハリウッド女優などなど、その数ざっと十人前後。それぞれの人生にいずれ劣らぬ波瀾万丈の「ドラマ」があり、そのドラマの演出に、カルティエ社の宝飾品が陰に陽にかかわっていたことは想像に難くない。そうでなくともモノは宝石なのである。憧憬から怨嗟まで、老若美醜貴俗を問わずおよそ人間の抱く感情のほとんどを内面に集めつつ、なおも光り輝く魔物である。悲劇も喜劇も活劇もロマンスも、あらゆる「物語」は、まるで興奮しきった蛾のように、この妖しい光の下に集まってくる。「ブランド」とは、実にそういった「物語」の蓄積に他ならない。

 会場内では展示品から一切の「物語」をはぎ取って見せたソットサスが、しかしその前段ともいうべき場所では、わざわざ「ブランドの物語」を存分に語らせているのだ。これはどういうことだろう?


 ここでアプローチの反対側、つまり通路をはさんで「物語群」と対面している「仏像群」に目を向ける。いずれも重文級の寺宝である。快慶作の不動明王や吉祥天など、こちらもいつでも拝めるわけではない貴重なものばかりだ。
 右手のパネルを見、振り返って仏像を眺め、またパネルに戻り——という行為をくり返しているうち、どうやらソットサスは「宝飾品にまとわりついてきた過剰な物語」を、東洋の仏像と対置させることで中和し、昇華/浄化させたかったのではないか…そんな思いに至る。ヘンな言い方だが、ウミは最初に出しておこう、ということか。「物語=余計なノイズ」は、このアプローチ部分で仏像の力を借りて放出させてしまい、会場内部にまでは持ち込ませない。そういう意味が、この短いアプローチには実はあったんじゃないだろうか。


 さて、ではなぜ「醍醐寺」だったんだろう。少なくともこの展覧会はふつうの美術館や博物館、ましてやデパートの催し場ではなく、「信仰的領域」で開催する必要があった。それは、かれがデザインしたディスプレイ台を「テンプル」と名付けていたことからも明らかだ。「俗を聖で洗い流し、その上で新たな価値観を発見させる」…展覧会のコンセプトを無理矢理ひとことに約めると、こういうことになろうか。

 ここには秀吉の茶会という「歴史の記憶」があり、世界文化遺産という「お墨付き」がある。まあそれで充分なのかもしれないが、それ以上でもなかった、というのが正直なところ。会場内に入ってすぐに、観客はまず醍醐寺所蔵の国宝や重文級の仏像を見せられるのだが、ただそれだけだった。

 昨日わたしはこう書いた。「ただそれだけだった」とは軽率だったと反省する。上に書いたように、ソットサスにとってあの仏像群は「旧い物語」を揮発させるために必要な空間だったと考えられるからだ。

 会場が醍醐寺であることにも冷淡だったわたしだが、これはおそらく「近すぎる」というごく私的な事情がそう思わせたのではないか。心理的にも物理的にも「行きたいけれど遠すぎる」ひとは日本中にたくさんいらっしゃるはずで、むしろそういう人の方が圧倒的に多いはずで、してみればやはり醍醐寺は「特別な場所」であり、だからこそこの展覧会は「特別なイヴェント」たり得たのだろう。昨日はそこまで思いを巡らせることができなかったと、ふたたび反省。
 
 まったく、身に合わない文章は、書くもんじゃない(苦笑)。

2004 04 05 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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