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マリア・パヘスは深化している(2)

前回の続きです。

 かつて、マリア・パヘスはインタビューで、こう語ったことがある。

 「フラメンコを舞台に乗せる演出のヴィジョンをもっている人は、ダンサーにはいないんですよ。例外はアントニオ・ガデスですね。わたしは彼がほとんど『唯一』だと思っています。」(『パセオ・フラメンコ』1999年11月号)

 もうひとりの『唯一の例外』はこのわたしなのよ——とそのとき言ったかどうかは知らないが、少なくとも「劇場で見せるフラメンコ」の作り手・踊り手として、彼女はたいへんユニークな存在だし、その独自性はこのインタビューから5年たった今でも、あまり変わっていないと思う。いや、彼女が変わらないというよりも、周りがなかなかそこまで追いつくことができない、と書く方がいいだろうか。いずれにせよ、今なお「突出した存在」であることには間違いあるまい。
 
 彼女の作風をひとことで言うと、ポスト・モダン、ということになるのだろうか。振付家としてはおそろしくクールでストイックなのだが、コンセプトだけが先行してしまうような罠に陥らずにすんでいるのは、おそらく観るものの心臓をわしづかみにして離さない、熱い求心力を備えている「舞踊家としてのマリア・パヘス」という側面を同時に持っているからでもある。ともあれ、ロックンロールやシャンソン、アイリッシュ・リールまで、世界中のさまざまな音楽/リズムを使用しながら、踊りそのものはフラメンコ以外のなにものでもないという芸当は、まさしく『唯一』のものだと思う。
 フラメンコ以外の楽曲で踊るのは、しかし、彼女にとってはごく自然なことでもある。たとえば現代の「伝統音楽家」が、生まれ育った自身のトラディショナルな環境にどっぷり浸りながらも、ラジオやレコードや映画などによって世界中のあらゆる音楽の影響をたっぷり受けているように、マリア・パヘスもまた、フラメンコが自分の母語であることをきちんと受けとめつつも、同時に世界中のあらゆるダンス/エンターテインメントをたっぷり享受してきたひとである(というより、マリア・パヘスはかなりマニアックなところがある。ぶっちゃけ、相当なダンスおたくだと思う)。
 伝統の継承ということの意味を、狭い世界に限定させないというのは、音楽シーンではもはや当たり前となって久しい方法論だが、ことバイレ・フラメンコというジャンルにおいては、まだまだ革新的なことだと言っていい。マリア・パヘスの独自性は、ここにある。


 
 さて、新作『SONGS BEFORE A WAR』だ。今回の日本公演が世界初演とのことで、今後ワールド・ツアーを重ねることによって、ディテールがどう変化していくかは私には予測できないが、「初演を見た」というのはたぶんのちのち自慢できるかもしれない。
 公演パンフレットによると、この作品は1971年のドキュメンタリー映画『Canciones para despures de una guerra(戦後の歌たち)』にインスパイアされた作品だという。「戦後」とは、スペイン内戦(1936年〜1939年)を指すらしい。では、この作品のいう「戦前」とは、いつの時代のことなんだろうか?
 
 「SONGS」が主題のわりに、使用されている楽曲のほとんどが日本人には初めて聴くもの、というのは大きなハンディではある。開幕早々の、音楽なしのサパテアード+カホンのリズムの嵐(圧巻!)に続いて、アンリ・サルヴァドール Henri Salvador の〈Blues Dingue〉が流れる。音楽の雰囲気からして50年代ぽい。なんとなく聞き覚えのある名前だな、と思ってあとで調べてみたら、この人は1940年代後半ごろから活躍したフランスの歌手で、フランスで最初にロックンロールを歌った人とのこと。
 劇中に2度、「コマーシャル」が挿入されるのだが、音楽もダンスも1930年代ふうである。これはもしかすると「戦前」のものかもしれない。どちらにせよ古い音源である。客席が生粋のスペイン人で埋まっていたならば、ここは大爆笑と拍手で大騒ぎだったかも、と想像する(あるいはスペインでも、現代っ子にはもはやピンとこないのかもしれないが)。
 ダンスに目を向けると、今作は群舞のパートとマリア・パヘスのソロとをはっきり分けているのが特徴的だった。両者が絡み合うナンバーがないのは少々物足りなくもあるが、その分、群舞では時代のふるい記憶を丹念に掘り起こし、ソロのパートでは彼女の内面を深く掘り下げるといったふうに、これまで以上に、マリア・パヘスの個人的な資質を浮き彫りにさせた作品でもあったように思う。
 ステージは後部に黒い紗のカーテンが掛かっている。たとえばマリア・パヘスの最初のソロ〈Nana de la cebolla〉では、そのカーテンが左右に開くとそこに彼女が座っていて、ダンスと演奏が終わるとふたたび彼女は奥に戻り、カーテンが静かに閉まる…というふうな使いかたをしていた。カーテンは薄く、舞台最奥部にはなにか絵のようなものがあるのが見えるのだが、照明があたっていないのでよくわからない。
 
 
 楽曲になじみがない、ソロと群舞のからみがない、カーテンの奥がわからない。そんな「もやもや」はしかし、ラストで一気に解決されることになる。もしや、すべては最後にカタルシスをもってくるための伏線だったのか。
 
 マリア・パヘスが最後に選んだのは、ジョン・レノンの〈Imagine〉である。ヴォーカルは Audrey Motaung 。もちろん録音なのだが、マリア・パヘスの作品は常に生演奏と録音とのギャップが非常に少ないように作られているので、違和感はまるでない。もしかするとこの作品のための新録なのだろうか? スパニッシュ・ギターとパーカッション(カホン?)だけのシンプルな伴奏が、ヴォーカルの深みをいっそう引き立たせていて、とても印象的だった。
 マリア・パヘスも含めダンサーが全員登場し、舞台は徐々に祈りのような、なにか象徴的とも言えそうな色合いになる。いつのまにかステージ後部のカーテンは全てオープンになっていて、バックの絵に徐々に照明が当たる。やがて曲が終わり、ダンサーがストップ・モーションのように静止し、背景の絵がひときわ輝いて、この作品は終わる。背景の絵——それは、蒼暗い地球の姿であった。

 ここで、最初の疑問に戻る。作品名『SONGS BEFORE A WAR』の「戦前」とは、マリア・パヘスにとっていつの時代を指すのだろうか。
 50年代? 30年代? などと思って観ていた観客は、ラストシーンで、あ、これは現代のことなのだ、と知らされることになる。
 
 我々は、かろうじてまだ「平和」の内にとどまっているはずだ。そんな私たちさえもが、〈Imagine〉? …ああ、そういえば「戦前」にはそういう歌もあったねえ。——と、言わざるを得なくなる時代が、ひょっとするともう目前なのかもしれない…。
 マリア・パヘスの作品にしては、今までになくストレートなメッセージ性を持った作品だった。上記の私のヘタな説明だけだと、「ストレートすぎてなんだかクサイなあ」と受け止める人もいるかもしれないが、客席で観ている私は、もう涙ボロボロなのである。
 なぜなら、先にも書いたように、ステージの中心に居るのは「コンセプトだけが先行してしまうような罠に陥らずにすんでいるのは、おそらく観るものの心臓をわしづかみにして離さない、熱い求心力を備えている『舞踊家としてのマリア・パヘス』」なのだから。
 
 
 
 話は変わるが、マリア・パヘス舞踊団の名カンテ、アナ・ラモンの声は、何度聴いてもとても心に響く。上で書きそびれたので、最後に追記しておきます。

(2004年5月15日 大阪・NHKホールにて)

【マリア・パヘス関連記事】よろしければ、こちらもご覧ください。
[DVD]:Antología del Flamenco

2004 05 24 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

どこからリンクされてるのかな、と見に来ました。
私はフラメンコについてはド素人もいいところですので、参考にすらならないかと思います。

 フラメンコの練習に通ってる娘さんから「もっと書きようがなかったのかい」と呆れられたほどですもの(苦笑

posted: rdrop (2004/06/27 14:09:04)

 突然おじゃまいたします。
 天啓とでも云うのでしょうか、マリア・パヘスをネット検索中にこちらにたどり着きました。
 とんがりやまさんのマリア・パヘス評に目からウロコがぽとぽと落ちてる最中です。ご迷惑かとも思いましたが、今日の私のブログでもご紹介させていただいてます。
 なお、飛び切り上等のレヴューを読ませていただいた御礼に、もしこの5月の東京公演にいらっしゃるご予定があるのなら、そのチケットをプレゼントさせていただきたきたいので(ビンボーなのでアゴアシまでは無理ですが)、その場合はメールにてご一報ください。では、また!

posted: 小山雄二(株式会社パセオ代表取締役) (2006/02/07 13:07:54)

ご専門の方からお褒めのコメントをいただき、あわわ…と気が動転してます(笑)。今回の公演もぜひ成功して欲しいですね。

なお、マリア・パヘス東京公演は2006年5月14日〜16日、Bunkamuraオーチャードホール。
http://www.conversation.co.jp/schedule/maria_p/index.html

関西公演は2006年5月12日、兵庫県立芸術文化センターです。
http://www1.gcenter-hyogo.jp/sysfile/center/top.html

おかげさまでこのエントリのアクセスが急増しましたので、以前いただいていたトラックバックを見られるようにしました。
なお、rdoropさんの方は過去記事ごと削除されておられるようです。

posted: とんがりやま (2006/02/07 22:24:36)

 

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