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ブランドビジネス
今をときめく「ブランドビジネス」。書店のビジネス書コーナーにいけば同種の本は山ほど売られているが、この新書が他と一線を画しているのはおそらく著者に「悪意がある」という点だと思う。
悪意、と書くと語弊があるなら、「著者はブランドビジネスの現状にあきれている」と言い直そうか。並のビジネス書なら「成功事例に学べ」とばかりに、ノウハウらしきものを解説するだけで終わるのだけれど、この本は対象(もちろんそこには消費者である私たちも含まれている)に終始冷ややかなのが、たいへん興味深かった。
ブランドビジネス
三田村蕗子著/平凡社新書220/2004年4月刊
ISBN4-582-85220-3 装幀/菊地信義
いま日本で「ブランドビジネス」の最大の勝ち組(これもヤなことばだが)はルイ・ヴィトンなんだそうな。ヴィトン側からしても、日本での売り上げは世界の3分の1を占めるに至っている。本書はそのお化けブランドが、どうやって現在の地位を確立したかの具体的な検証を中心に、日本での「ブランドビジネス」の歴史を丹念に跡づけるものである。
以下、気になった箇所を拾い出してみる。
結局、中古品マーケットの賑わいも含めて、日本のブランドビジネスの大盛況とは、ブランド側が主張してやまない「伝統と文化を背景にした、本当に質が高く、ステイタスがあるもの」という言い分をさらっと聞き流す、あるいは全く関心がない消費者に支えられているのである。(p.136)ブランドはよく「ブランドの世界、ストーリーを知ってほしい」という。それでいながら、世界観を伝えるための場で限定品を売る、しかも抽選にするというのは、私にはあざとい商売だとしか思えない。だが、現実にはこうしたあざとい商売が見事に実を結ぶのが日本のマーケットなのである。(p.170)
(前略)現在のブランドブームを中心になって支えているのは、新しいモノ好きの、ファッションに目がない消費者である。こうした消費者は、「成熟」とはあまりにもほど遠いと思えてならない。(p.189)
できあがった権威、すでに「そうなってしまったこと」を無頓着に無邪気に無条件に受け入れる傾向は不気味で怖い。(p.209)
……実は付箋紙を貼り付けながら本書を読んでいたのだが、全部読み終わる頃には付箋紙だらけになって困った。ここへの引用もやりだせばキリがなく、これでもかなり絞ったつもりなのだ。ともあれ、引用した文章に少しでも興味を持った方は、ぜひ原本を直接お読みいただきたい。
ところでこのところ、私の頭の中をずっと占めているのは、例の「CD輸入権問題」である。なので本書も、ついついそっちと関連づけて読みたくなる。
要するに、「5大メジャー」が日本でやりたがっているビジネスというのは、つまるところヴィトンのような巨大なブランドビジネスなのではないか? と思ってしまうのである。
ヴィトンの成功は、古くから商社や代理店を挟まず、生産から流通までをすべて自分のところで一元管理し、並行輸入業者との価格競争を排除し、同一品質の製品を日本全国津々浦々均一な価格で提供してきたことにある。ヴィトン社がこのやりかたをはじめた1980年代初期には、誰もがすぐに失敗すると思っていたそうだ。それが今では、「理想のビジネスモデル」となった。不況にあえぐ他業種が真似しないわけがない。ナニを今さら、という気もするが、一見ファッショナブルなようでその実けっこうドンくさい(?)音楽業界の考えそうなことでもあるんじゃないか。
以前のエントリで、私は「輸入権のごり押しは目先のことしか考えていない」といった意味のことを書いた(参照)が、この本を読んでその考えを改めた。今は確かにこの法案は大不評で、だから当面は洋楽の売り上げも減るかもしれない。しかし、ちょっとしばらく我慢していれば、数年後には“「そうなってしまったこと」を無頓着に無邪気に無条件に受け入れる”日本人は、再び何ごともなかったかのように市場に戻ってくるだろう。そんな「読み」をしているのではないか(なお、パッケージメディアはそう簡単にはこの世から消えないだろうと、私は見ている。ダウンロードサーヴィスをはじめとするノンパッケージビジネスは今後ますます勢いを増すだろうが、私たちの「カタチあるもの」に対する根強い執着心もまた、なかなかのものだ)。
独自に活動してきたマイナーレーベル/インディ・レーベルが、今後「日本で商売したいのならウチの傘下に入れ」という圧力をかけられてくる局面も増えるだろう。ちょうど、絶え間なくブランド買収を繰り返して、ヴィトンが一大ブランドグループを形成させてきたように。「過去の栄光を再び」というアタマがメジャーの中にはあるはずで、その最後の希望が「日本のおいしいマーケット」を掌握することなのだ。
もともと日本でヒットが約束されているようなアーティストなら、輸入権が成立したことによる弊害なんて、一般にはさほど実感されないはずだ。地方の小さな店あたりだと、かえって洋楽のタイトルがうんと増えるかもしれない。ということは、おそらく「大多数の洋楽ファン」である限りはなんの不便も不都合もない。少なくとも、先に社団法人 日本レコード協会が出した声明(参照)は、そういう人向けにしか書かれていない。
逆に言えば、「大多数の洋楽ファン」ではない人たち——営業的にはほとんど取るに足らない音楽ジャンルを好む人たち——には、入手が急激に難しくなるタイトルが出てくるということだ。商売の原則からすれば、売れるものにのみ注力し、売れない商品を整理していくのは当然のことだからだ。日本人好みの「売れる」楽曲を提供できるレーベルは生き残り、そうではないレーベルは次第に淘汰される。本書の説く「ブランドビジネスの方法論」を音楽の場合に対応させていくと、どうしてもそんな結論に達せざるを得ない。
再び、この本から数カ所引用する。文中の「ブランド」を、「レーベル」やあるいは「音楽」に置き換えてみたくなるのは、私だけだろうか。
(前略)今猛威を振るっているのは、巨大な資本力を武器に資本力のあるブランドを買収し、事業を貪欲に拡大するブランドビジネスだ。(p.163)
(ブランドを)買ったのはいいが、収益が低いと、簡単に売りに出す。じっくり育成する姿勢はない。それでは、ブランドの精神を残すビジネスとは到底いえないように思う。(p.166)
マルベリーは良いブランドだったかもしれないが、強いブランドではなかった。強力な後ろ盾や豊富な資金力のないブランドは生きにくい。(p.181)
(前略)毎日日本だけでヴィトン製品が四億円以上も売れている。もはやブランドというより、大量生産の象徴である。(p.181)
繰り返す。「音楽」を「ビジネス」としか捉えられない人は、確実に存在する。そういう人にとっては、「いいものだから売れる」のではなく「売れるからいいもの」なのである。
2004 05 10 [face the music] | permalink
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comments
とんがりやまさんのBLOG、いつも密かに愛読させて頂いております。
「ブランドビジネス」の感想文、なるほどなるほど! の連続でした。 さっそく取り寄せて呼んでみました。
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できあがった権威、すでに「そうなってしまったこと」を無頓着に無邪気に無条件に受け入れる傾向は不気味で怖い。(ブランドビジネス p.209)
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今の日本の抱えている問題のほとんどの根っこにこれがあるように思えます。 それらをまじに捉えて考えようとすると、息が詰まるほど不安を感じてきます。
posted: Kahoru Kurokawa (2004/05/14 11:30:23)
コメントありがとうございました。
こちらこそ大変ご無沙汰しております。横浜のは聴きたかったですぅ。
>今の日本の抱えている問題のほとんどの根っこにこれがあるように思えます。
「淡泊でこだわりがない」って言い方にしてしまえば、かえって美点にも見えなくもないところが恐ろしかったりしますね(^^;
お人好しにもほどがある、ってところなんでしょうか…
posted: とんがりやま (2004/05/14 13:41:01)
単に「子供っぽい」と言ってしまっては誤解が生じるかな。巷に溢れるモノどもを見るにつけ,そう思える事が多いです。
子供がお金と権利を持ったまま成長して作り上げたのが今の日本でしょうか。成熟した文化なりモノなりもあるには
あるんでしょうが,軍隊アリの如く群がり寄っては貪り消費されてしまうので,中々見えてこない。
いつかは揺り返しが来るだろうとは思いたいですが,とんがりやまさんのブログは大人の牙城でいて下さいね。(^_^)
posted: わたなべG (2004/05/17 0:58:12)
コメントありがとうございます。
お、大人〜っ!?(大汗)…というリアクションはおいといて(^^;
揺り返しって来るんでしょうかねえ。このまま行き着くトコまで行ってしまうんではないかというおそれもあったりします。行き着くトコってどこだ、っていうのは見えませんが。
「軍隊アリ」って言う表現は言い得て妙ですね。かつてないほどの勢いで、誰もがこぞって「統一化」されたがっているふうにも見える昨今であります。
posted: とんがりやま (2004/05/17 23:59:49)