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ジャン=ジャック・サンペ讃

  Jean-Jacques Sempé ジャン=ジャック・サンペ。1932年8月17日、仏ボルドー生まれ。役所の給仕、ワインのセールスマンやタイピストなどを経て、漫画家となる。デビューは1951年頃で、当初はDroというペンネームだったそうだ。
 
 サンペがはじめて日本へ紹介されたのはいつなのか、詳しくは知らない。私の手許にある資料では、1956年1月号の『漫画讀本』誌「世界漫画傑作集」の中に、作品が2点掲載されている。ロング・セラーとなり、サンペの名を世界的に高めた『わんぱくニコラ』(ゴシニ作)がベルギーの週刊誌に連載されたのは1954年(本としての出版は1959年)だが、日本語訳はずっと後だったはず(文春文庫は1976年初版、現在は『プチ・ニコラ』として偕成社文庫から刊行。※7/26追記:コメント欄で 漫棚通信さんからご教示頂いた。単行本としては1969年に「ポケット文春」で刊行されたのが最初で、その前に雑誌連載もあったとのこと。漫棚通信さん、ありがとうございました。)だから、おそらくはこの頃の『漫讀』が最古としていいだろうか。もっとも、このときは作家紹介もなにもないから、誰だコイツ、でしかなかったかもしれないが。
 その20年後、『文藝春秋デラックス』1976年10月号「ユーモアの研究・世界のマンガ」の中では、既に「世界8大マンガ家集」のひとりとして扱われている。ちなみに、同誌には植草甚一と星新一の対談が載っていて、植草さんの「シネとかフランスのサンペとか、僕たちが見ていいなあと思ったのは、すでに十年前でしょう。」との発言がある。ということは、日本の外国漫画好きの間では、60年代半ばにはもうかなり知られていたということか。
 
 
Sempe_NY.jpg サンペ単独の漫画集が出版されたのは1961年。以後、ほぼ2年に1冊のペースで大判の作品集が刊行されている。ほとんどが一コマ、多くても数コマのカートゥーンが彼のスタイルであることを考えると、恐るべき仕事量である。70年代後半からはアメリカの『The NEW YORKER』誌に多く掲載され、またその表紙も描く。名実共に、20世紀を代表する一流作家のひとりである。
 
 
 私がサンペを知り、夢中になり始めたのは1980年代半ばだった。時代は既に“漫画の季節”ではなくなっていたし(参考)、サンペ自身の漫画家としてのピークも過ぎようとしていたが、それでも彼ほどの大家になると、作品集の入手は比較的容易だった。特にフランスのéditions Denoëlからペーパーバック版がたくさん出ていたのが大きい。小遣いを貯めては少しずつ買い揃え、たまに余裕ができると大判の作品集にも手を出しているうちに20年。今でも、彼の本を引っぱりだして眺めているのが、私のいちばん贅沢なひとときである。
 
 先の植草さんのような好事家は別にして、日本ではやはり前述の『わんぱくニコラ』でもっともよく知られているだろう。単独の作品としては1991年に『マルセランとルネ Marcellin Caillou』(谷川俊太郎訳/リブロポート刊、オリジナルは1969年)が出たが、残念なことにあっという間に絶版になったようだ。しみじみと名作なのになぁ。90年代終わり頃、荻野アンナ訳で太平社から数冊の絵本(『とんだタビュラン Raoul Taburin』1995、『恋人たち〜アーム・スール âme soeur』1991、『サン・トロペ Saint-Tropez』1968)が出ていて、こちらは現在も入手可能なのは嬉しい。他に、小説の挿絵としては『ゾマーさんのこと』(パトリック・ジュースキント/池内紀訳/文藝春秋/1992年)『カトリーヌとパパ』(パトリック・モディアノ/宇田川悟訳/講談社/1992年)など。記憶で書くが、90年代には確かサントリーの新聞広告にも使われていたような気がする。
 カレンダーやポストカードなどのグッズ関連はもちろん、CDジャケットにもなったことがある。ミシェル・ルグランとステファン・グラッペリの共演盤『legrand grappelli』(VERVE/517 028-2/1992年)のそれは、ひょっとして描き下ろしだろうか。
 おっと、これを忘れてはいけない。サンペの作品が毎号表紙を飾る『季刊 考える人』(新潮社)だ。サンペってどんな絵? と訊かれたら、今なら『プチ・ニコラ』と並んで、この雑誌の表紙をご覧、と言うのがもっともよい回答だろう(【追記】2006年秋号以降はサンペの表紙絵は使われていません)。もっとも、『考える人』の絵は描き下ろしではないのだが、ご当人はもうすぐ御年72歳。たぶんもう悠々自適の隠居生活なんでしょうか。
 
 
 
 サンペの魅力はなんだろう? いま語るなら漫画家としてよりも、イラストレーターとして見る方が話が通じやすいかもしれないが、根本的な資質は初期からずっと変わっていないと思う。すなわち、淡彩の素晴らしい色遣いは別にして、確かなデッサン力に裏打ちされた洗練された描線と、生きることの苦みと哀しみを受け止めながら、しかし軽やかに人生を肯定する態度。このふたつが、サンペを読んでいて心地いい理由と言っていいだろうか。
 ただ、若い頃は毒気も少なからずあって、時になかなか強烈なブラック・ユーモアで笑わせてくれていたことも書いておく。洒落た描線がその毒気を和らげていたのだ。年齢を経るにしたがってブラックな面が潜み、洒落たタッチが残り、老若男女誰もが親しめる画風となった。しかし、一見甘いだけのように見えるペンタッチの背後には、けして消すことのできないほろ苦さがあることも見逃すべきではないだろう。
 
 
 おすすめするなら、入手の容易なものとしては『サン・トロペ』。1968年の作だが、高級リゾート地に群がるスノッブどもの、この退廃ぶりはただものではない。上で言うところの「毒気も少なからずあった」時代の作品である。
 洋書では、『Vacances』(1990)あたりで近年のサンペの淡彩画の美しさが満喫できる。音楽好きなら『Les Musiciens』(1979)の枯れたスケッチも捨てがたい。しかし、その前に、やはり60年代の才気煥発だったサンペをぜひ読んでいただきたい。『Rien n'est simple』(1961)、『Tout se complique』(1962)、『Sauve qui peut』(1964)、『La grande panique』(1965)などである。爆笑から微笑・苦笑まで、ここにはあらゆる笑いが詰まっている。

【追記】
※なお、文中に挿入した写真は『The Complete Book of Covers from The NEW YORKER 1925-1989』(KNOPF刊/ISBN0-394-57841-4/1989年)より、1984年のページ。いちばん手前に写っているのがサンペの作品である。気づいた方も多いと思うが、この絵は上述の『季刊 考える人』2003年秋号にも使用されている。余計なことながら、『考える人』表紙の印刷は、毎回若干キツめに仕上がっているように感じられる。もっとも、私は原画を見たことがないのでうかつなことは言えないのだが。

2004 07 25 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

サンペですか、いや懐かしい。というか、最近まで活躍されてたんですね、知りませんでした。「わんぱくニコラ」は1969年文藝春秋「ポケット文春」のシリーズとして発行されたのが日本での初版です。これより先、曾根元吉が訳した部分が雑誌「こども部屋」に「わんぱく通信」のタイトルで連載されてたそうです。ケンカのとき、フランス人は子供でもつかみ合わずにグーパンチで殴り合うというのをニコラで覚えましたね。

posted: 漫棚通信 (2004/07/26 20:21:27)

コメントありがとうございます。
ニコラの件、ご教示ありがとうございました。本文に追記させていただきました。そういえばニコラも生誕50年になるんですねえ。

今回サンペを調べていて、つい10年ほど前までは確実に活躍されていたということがわかって、実は自分でも少しばかり意外でした。もっと早くに引退されていたような気がしていたもので。今世紀に入ってからのご様子はよくわからないですが、考えてみれば72歳っていうとまだまだ若いし、お身体さえお元気でしたら、もっともっと描き続けて欲しいですね。

コメントいただいた上に、重ねて質問するのもたいへん恐縮なんですが(^_^;)、サンペの絵を使ったアニメーション作品もあっておかしくないはずなんですが、どこかでご覧になったことはありますか?

posted: とんがりやま (2004/07/26 21:12:42)

サンペのアニメーションというならニコラということになるんでしょうが、残念ながら知りません。ニコラでのサンペの相棒のルネ・ゴシニは、ご存じのとおりあの有名なバンド・デシネのシリーズ「アステリックス」「ラッキー・ルーク」の作者でもあるわけで、こちらは山のようにアニメがあるんですけどね。このあいだはモニカ・ルビッチ主演で実写映画にもなってましたが。

posted: 漫棚通信 (2004/07/26 22:29:33)

モニカ・“ベルッチ”でしたね。重ね重ね失礼しました。

posted: 漫棚通信 (2004/07/27 11:15:30)

 いえ、こちらこそ、不躾で失礼しました。

>ルネ・ゴシニは、ご存じのとおりあの有名なバンド・デシネのシリーズ「アステリックス」
 あ、そうだったんですか。それは知らなかったです。
 今までなんとなく敬遠していたんですが、やっぱ『アステリックス』は読んでみようかなあ。ケルトネタだし…

posted: とんがりやま (2004/07/27 18:42:51)

サンペさんのファンの方にこうしてめぐり会えてよかったです(あ、実際にお会いしていませんが…)もっともっと彼の作品や、ポストカード、ポスターを集めたいと思っていますが、一度フランスへ行ってみると色々と手に入るんでしょうが、すぐには実現しそうもありません。彼の絵、心がふわあとするんです。言葉じゃ表現できません。

posted: 内海 知子 (2005/09/29 15:57:01)

はじめまして、コメントありがとうございます。
サンペは、海外の漫画家にしては比較的入手が容易なので、日本でもファンがたくさんいることでしょう。
コレクションというのはどれもそうなのかも知れないですが、特にこの方の作品集の場合、ゆっくりと少しずつ集めていけば、かけた時間の長さの分だけ、いっそう愛着が増してゆくような、そんな気もします。

posted: とんがりやま (2005/09/30 14:02:03)

はじめまして!私は今サンペ氏のポストカードやポスターを探して何件ものお店を廻ってきて、どのお店も取り寄せ不可能との事でした。サンペ氏のポスターをはじめてみたのは、ファミリーレストランに飾ってあって、なんか癒される絵だなぁと感じました。私は絵の値段や価値など全くわからないんで、この絵が手に入るなんてその時は思ってもいませんでした。それから何年後かに友達からポストカードが送られてきて、それがサンペ氏のカードだったので、私はもぅすごく嬉しくて今でも大事にしまっています。ポストカードがどうしても手に入れたいのですが、どこで手に入るかご存知であれば教えてください。

posted: カヤッチ (2006/01/09 15:21:55)

はじめまして。コメントありがとうございます。
ポストカードは、いま何処で入手できるかはわかりません。私の持っている数枚は、何年も前にたぶんどこかの輸入雑貨店でたまたま見つけたものと思います。おそらく継続して取り扱っているものでもないでしょうし、そもそもどの店だったかもすでに失念しています。
お力になれず、すみません。
かわりに、と言っては何ですが、2004年にフランスで発行された、サンペの切手を通販している日本のサイトをひとつご紹介しておきます(私自身は利用したことはないですが)。
http://philatelist.jp/Shopping/ComicAnimation/Comics.htm

posted: とんがりやま (2006/01/09 15:49:20)

はじめまして。サンペのポストカードはフランス雑貨のキャトル・セゾンによくおいてあります。また洋書の丸善でもたびたび見かけますね。
キャトル・セゾンは都内では有楽町の阪急や自由が丘にお店があります。
六本木のアクシスビルのリビング・モチーフにも新刊の画集は必ず並んでいます。
私は20年来のサンペ・ファンで毎年フランスに出かけては書店廻りをして
何かしら物色しています。サンジェルマン・デ・プレの本屋は特出して品揃えが充実、またシャンゼリゼのヴァージンやモンパルナスのフナックもかなりありました。
ポスター類は意外に、ロンドンのコヴェント・ガーデンのポスターショップ
が充実しています。
サンペの切手はパリの郵便局をいくつか聞いてまわりましたが、どこもつれない反応で「売り切れ」。残念です。
今、東京都内で暮らしていますが我家はサンペ・ギャラリー。
実家の博多もサンペの作品で埋め尽くされています。
本当に癒されます。そして、これだけ音楽が聴こえてくる作品はめったにありません。。。
いつぞや海外雑誌で証券会社などサンペの広告を見たことがあります。
国内でも数年前、高級マンションの広告にサンペの作品がありました。
当方メーカー勤務。いつの日か、我社の広告に起用できる日が夢(のまた夢)であります。

posted: ゆりこ (2006/03/01 1:14:17)

 はじめまして。詳しいご紹介、ありがとうございます!
 やはりお江戸は充実してるんですねぇ。いつか機会を見つけてゆっくりお店巡りをしてみたいものです。

posted: とんがりやま (2006/03/02 12:11:25)

昨日はサンペさんの家で、キリストの降誕祭のお祝いに呼ばれて行ってきました。とてもおげんきでいらっしゃいます。
はじめまして。Kippyと申します。
カレの仕事場はパリのモンパルナスにあって、6階なのですが、サンルーフみたいになっているので、大通りから、明かりが見えるんですよ。
普通にカフェのテラスで巻きタバコを作っていたりもします。
サンペさんの鉛筆。ペンのタッチは、ユラユラしているように感じるけれど、
時にとても直線的で、それが直線に見えずにふわりとなるところがいいと感じます。そして、一本の線で、カーテンが風にゆれる軽い感じや、初夏の陽射しやら、いろんなニュアンスが出てしまうのが、カレの素晴らしさですね。

posted: Kippy (2007/01/08 21:01:40)

 つい先日、近所の書店でPhaidon社が出している24枚組の大判ポストカードセット(ISBN4-902593-54-8)を見つけて喜んでいたら、さらに嬉しいコメントまでいただいてしまいました。Kippyさん、どうもありがとうございます。
 そうですか、お元気そうなご様子、なによりですね。
 
 パリから遠く離れた日本にも、あなたの絵を心から愛している人はたくさんいますと、なにかの折りにでもお伝えいただけたら幸いです。

posted: とんがりやま (2007/01/08 21:57:41)

 

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