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Living in Tradition

 
 

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 今年はじめに祖母が亡くなって、彼女が住んでいた家をとうとう取り壊すことになった。私も幼稚園の頃までここに一緒に暮らしていたから、私の親はもちろん、私にとっても生家がなくなることになる。
 
 
 
 観光雑誌などで「京の町屋」などと言われているものが、実はよくわからない。そういう旧家に住んでいる友だちがいなかったこともある。祖父・祖母の家は確かに古いしいわゆる「ウナギの寝床」だし、台所は土間だったしで、町屋に少しは近かったのかもしれないが、でもちょっと違うような気もする。まあ、あんなものは一種の幻想に近いのではないか、という気分も半分以上あるのだけれど。
 
 
 取り壊しに向けて、休日ごとに身近な親戚が集まっては少しずつ片づけていたようなのだが、私自身はその作業には結局一度も行けないまま終わってしまった。かわりに、最後の最後に30分ほどだけ写真を撮らせてもらった。
 
 ひさしぶりに訪れたその家は、建物じたいももうずいぶん年をとってしまったようだ。正直、今年の台風や地震にもよく耐えたと思う。
 子供にとってはあまりにも急だった階段(上の写真。這ってよじ登っていた)をはじめ、柱の傷や壁の落書きなど、どこを見ても胸がいっぱいになってしまって、予想はしていたことだけれども、少々困った。
 
 
 
 戦前からの家だから、それなりに骨董ぽいのも多い。銘のあるような高価なモノはないにせよ、古道具屋に持っていけばそこそこ売れるだろう、という話である。小物は形見分けとしてそれぞれが少しずつ持って帰っていたようだが、大物となるとたとえ貰っても置き場所に困る。西陣織の古い着物も多い。さすがにいい生地を使い仕立てもしっかりしているし、なにより色や柄がとても上品。こちらは古着屋が喜ぶことだろう。
 
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 左、ホコリを被っているが、油を差せばたぶんまだ使えるはずの足踏みミシン。
 右、この火鉢は欲しかったが、重いし、だいいち置き場がない。祖母はいつもこの横に座って燗をつけながら煙草を飲んでいたものだ。
 
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 左は冒頭の写真、階段の上で光っている電球の笠。今までじっくり眺めたことがなかったが、なかなか昭和モダンなデザインである。どこかの老舗の喫茶店あたりだったら、似たようなものもあるんじゃないだろうか。
 右、商売をやっていたから算盤も多い。もちろん五つ玉である。
  
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 だいどこ(台所)の火の用心の神棚。子供の身長ではなにが置いてあるのか全然見えなかったのだが。
 
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 土間。左がわが住居で、右が台所である。玄関を開けてからこの暖簾をくぐるまでに少しだけ距離があり、子供のころは何故かいつも走っていたものだ。
 
 
 改めて眺めるまでもなくかなり古い家なのだが、私が生まれた時でももうすでにじゅうぶん黴くさかった。とはいえそれがイヤだったことは一度もない。ここを離れてからでも、正月などでこの家に「帰ってくる」のがとても嬉しかったことを、今でも鮮明に覚えている。
 新建材とアルミサッシで作られた新しくて機能的な家に対する拒否感めいたものを、私は漠然と持っているが、それはおそらくこういう家に生まれ育ったこともその一因ではないかと思っている。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだと思う。
 
 

2004 09 26 [living in tradition] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

「living in tradition」カテゴリの記事

comments

わあ、とてもステキな家ですねえ。
私のイメージの中での町屋は、うなぎの寝床スタイルで
隣と隣の境が外からは分からないほど壁がくっついてて
土間が細長く続き、土間から見上げれば
吹き抜け天井のように屋根の構造が見えている商家。
一家に一人、ぼんちがいて、放蕩しまくっている(笑)。
と言った感じでした。

「京の町屋」を売り物にした食べ物屋さんもあるけど
実際、じゃあ本当はどういうのが町屋スタイル?ってなると
結局は外部の民族学者や建築史家が
分類のために後づけで定義したものなんでしょうね。

こういう昔からの建物が消えていくのはとっても寂しいものですが
実際に住まっている人にとっては、新しく清潔な家の方が
住みやすいものなのでしょうか。

私の田舎のおばあちゃんちも茅葺きの家なんですが
屋根が溶けたまま、かろうじて立っている状態です。
これも、おばあちゃん(94歳)が亡くなると同時に
取り壊されることになると思います・・・。

posted: しのぶ (2004/09/27 17:17:50)

 コメントありがとうございます。「ステキ」と書いてくださったのがとても嬉しいです。

 ガクモン的な分類でいえばここもおそらく「町屋スタイル」の範疇に入るんだろうな、とは思います。そういえば、うんと昔には、犬矢来なんかもあったような、なかったような。
 ま、いずれにせよ私にとってはあの家は「京の町屋」なんかではなく、あくまで「自分が生まれた家」、「おばあちゃんの家」だったし、その方が何百倍も重要でした。ていうか、「町屋」なんて言い出したのって、つい最近じゃないのかしらん。京都新聞がひところ多用していた「京の町衆」と同様、個人的にはあまり好きになれない言葉のひとつかも。

 本文に書くのを失念しましたが、この家の記憶といえばもうひとつ、「番茶の香り」がありました。あの一種独特の風味をもつ、京都のお番茶を飲んだ方にしかピンとこないかもしれませんが、この家に足を踏み入れたときの黴くさい匂いは、あたかも家屋ぜんたいに京番茶が染みついているかのようでもありました。

 これからもお番茶を口にするたびに、この家のことを思い出しそうです。

posted: (2004/09/27 18:16:15)

 

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