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「特別な人」

Joao2004.jpg

【10月7日:追記あり】

 写真はジョアン・ジルベルト・ジャパン・ツアー2004のパンフレット(Art Direction & Design:Yoshinori Kikuchi(Moon Crow Studio))。
 大阪2日間、東京4日間の予定で行われるツアーの初日、10月2日の大阪公演に行ってきた(会場:フェスティバルホール)。
 
 昨年の初来日公演には行くことができなかったのだが、横浜公演を観てきた人から話だけは聞いていた。昨年の横浜、でピンとくる人も多いだろう。そう、あの「20分間のフリーズ」が起きた9月15日の公演だ。
 
 ——演奏を終えたジョアン・ジルベルトが、ギターを抱えたまま身動きひとつしないのよ。その間、観客はすーっと拍手のしっぱなしでさあ。えーと、20分くらいそのままだったんじゃないかな。ひょっとして寝てるの? それとももしや? なんて思ってたら、ジョアンの様子を見にスタッフがかけよって、それでやっともとに戻って。もう客席は大興奮だったよ〜。
 
 ホントなんだからさぁ、と興奮気味に語るのだが、その話を聞いた時はそんなんあり得へ〜ん、と思わず口走ってしまった。20分間、ステージ上で身動きしない? その間、観客は拍手しっぱなし? ナニ、それっていったいどういうことなのよ。
 
 
 …という昨年の「伝説」は、大阪公演に集まった観客の大半はおそらく事前に知っていたことだろう。開演が予定通りにはじまらないことも含めて、すべては「ジョアン・ジルベルト」だからこそ許されることであり、変な言い方かもしれないが、それもこれもすべては彼の「音楽表現」のひとつである。そんなふうなコンセンサスは、あらかじめ充分に整えられていたとおぼしい。
 だからこそ、「今会場に向かっております」「たった今会場に着きました」という実況中継アナウンス(笑)のたびに、会場から暖かく大きな拍手が飛んでいたのだろう。本人が現れる前から、すでに会場は彼独自の「パフォーマンス」に酔っていたのだ。
 再来日公演の初日のステージは、予想より早く(?)定刻よりわずか40分ほどの遅れで始まった。
 
 
 そして。
 期待通りというか予定通りというか。「フリーズ」はステージがはじまって数曲歌い終えた時点で、やってきた。途中で一度、立ち上がって敬礼したのを挟んで、「それ」は40〜45分間くらい続いただろうか。眠っているのでもなく意識を失っているのでもない証拠に、彼の姿勢には全く変化がなかったし、抱えたギターがずり落ちるようなこともなかった。
 暗黒舞踊でもあるまいし、同じ姿勢のまま数十分間居続けるというのは、肉体的にものすごくキツイ。絵画や彫刻用のプロのモデルでも、見ていて結構たいへんだなと思う。なんなら自分で試してみるといい。おそらく、よほどの意志がなければ、ものの3分ももたないはずである。
 照明が時々変化をつける他は、彼が文字通り微動だにせずそこに座り続けているだけで、全く変化のない舞台上。しかし、私を含めて観客のほとんど全ては何故かステージから一瞬も眼を逸らすことができず、そして彼がそうしている間中、一度も拍手が鳴り止むことはなかったのである。
 
 
 ジョアン・ジルベルトがそこにいる。ただそれだけで、もう充分すぎるくらいの喜びを、私たちはあのとき感じていたのかも知れない。音楽を聴きにきたはずの観客が、音楽が一切聞こえない40分間もの長丁場を、えんえんと拍手し続けたというのは、たとえパフォーマンスであったとしても前代未聞なのだろうけど(なにせジョン・ケージの10倍だぜ・笑)、それは大仰なハッタリなどではもちろんない。私自身、話を聞いていただけでは到底信じられなかったことだから、今ここでその意味をこれ以上詮索することはやめるが、少なくとも「思わず拍手し続けずにはいられなかった」ことだけは、証言として書いておく。
 
 そのあとは、MCも休憩も一切なく、ひたすらジョアンがギターを弾き、歌う。当初の予定開始時刻から数えると3時間後に終了したのだが、開演遅れと「フリーズ」の時間をマイナスすると、実質演奏時間は半分強といったところか。しかし、最初に書いたように、いつ開演するか、そして今度はいったい何分間フリーズするのか、というところまで含めると、私たちがジョアン・ジルベルトと共有したかけがえのない時間は、やはり「たっぷり3時間」と言って差し支えないだろう。
 
 たったひとりでステージに上がり、自分でギターを弾いて、自分で歌う。多人数のアンサンブルやビッグ・バンドやオーケストラを否定するつもりは全くないのだが、音楽の根っこというか根源というかそもそもの始まりというか、そういうものはやはり「ソロ」にあるんじゃないだろうか。彼の奏でるギターも、呟くように囁くように歌われるうたも、恐ろしく豊潤で陰影に富み、しかも無上に心地いい。眼をつぶって聴いていると、こちらの意識がそのままふっとどこかへ連れ去られそうになる。その瞬間がたまらなく愛おしかった。
 
 
 ボサノヴァの神様、みたいな惹句がこのコンサートに冠せられていたが、公演パンフレットの中の、主催者が書いた一文の中の言葉が、やはりいちばんしっくり来るように思う。

あえて言うなら、ただ一言、ジョアン・ジルベルトは「特別な人だ」これに尽きる。(22P)

 「特別な人」と共有した「特別な時間」。これ以上、何を望むことがあろうか?
 
【10/07追記】

A R T E N I A のサイトに、セットリストが掲載されている。初日はたっぷり26曲も演奏してくれたようだ。以下、同サイトより曲名のみ引用させて頂く。

1. Doralice
2. Caminhos Cruzados
3. Brigas Nunca Mais
4. Wave
5. Um Abraco no Bonfa
6. Voce Vai Ver
7. Disse Alguem (All of Me)
8. Pra Que Discutir com Madame
9. Curare
10. So em Teus Bracos
11. Samba de uma Nota So
12. Corcovado
13. Mulata Assanhada
14. Aos Pes da Cruz
15. Eu Sambo Mesmo
16. Pra Machucar Meu Coracao
17. Retrato em Branco e Preto
18. Desafinado
19. Isto Aqui o Que E
20. Chega de Saudade
21. Eclipse
22. A Felicidade
23. De Conversa em Conversa
24. Preconceito
25. Estate
26. Isaura

時々日記@jangadaさん経由。thanx!

2004 10 03 [face the music] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

「face the music」カテゴリの記事

comments

わたしは日曜の方へ行ってまいりました。約40分押しの約25分フリーズでした。実際に体験してみると、「え、こんなに短いの?」でしたね。

「特別な時間」→「至福の時間」てのはいかがですか?(実感)

posted: (2004/10/04 22:04:26)

コメントありがとうございます。
40分間もの時間は、やっぱ初日だったからかな。それでも、そんなに長くは感じなかったです。
ただまあ、今後必ず出てくる「予定調和的イベント」になってしまうと、それはそれでどうなんだろう、とは思いましたが。昨年も行った方の感想も、聞いてみたいものです。

>「特別な時間」→「至福の時間」てのはいかがですか?(実感)
ええ、それはもう各々がそれぞれに実感すればいい類のものですから、いかがも何も(^_^)。

posted: (2004/10/04 22:29:03)

こんにちわ。いつもこっそりとロムさせて頂いてました。
毎回、とても楽しくて、むむう、とうなってしまいます。
(だからコメントができない!笑)

ジョアンのコンサート評、もう、びっくりです。
あまりに心に残ったので、TBさせていただきました。
私が行ったらどうだっただろうなあ…。

posted: sato (2004/10/06 8:56:31)

コメント&TBありがとうございます。
私の方も、いつもこっそりとROMさせてもらってます(笑)。

>あまりに心に残ったので、TBさせていただきました。
ありがとうございます〜。
「一生もの」になることは、たぶん間違いないと思います。

posted: (2004/10/06 13:08:08)

私めも初日に行ってきました。
私には、「つまらぬことに拘泥せず、本当に大切な(本当に好きな)ことを見つめ、見失わないように!」と聞こえました。
それは、本当に大切な(本当に好きな)「音楽」を見つめることに長い歳月を費やしてきた彼が、身をもって指し示してくれたことなのでしょう。
(うまくTBできなっかので、コメントさせていただきました。)

posted: やま (2004/10/06 21:11:19)

>やまさん
コメントありがとうございます。
一緒に行った友人は「これまでに味わったことのない不思議な時間」と言ってました。
会場に集まった方それぞれに、いろんなメッセージを届けてくれた、そんなコンサートだったのかもしれませんね。

6日から東京公演も始まってますが、大成功のうちに終わることを願ってます。

posted: (2004/10/07 22:52:19)

昨年、横浜で20分ほどのフリーズを体験しましたが、
あのときはフリーズそのものがどうというよりも、
それからあとの“演奏”がほんとうに凄まじかった。
まさに神懸かり的な名演、
ソフトな音楽には似つかわしくないかもしれませんが、
鬼神のような演奏でした。
終わったときは「いったい今聞いたのはなんだったんだ?」と、
友人と思わず顔を見合わせて、
しばらくのあいだ茫然としていたほどです。
なので、もうお腹いっぱいなんですけど、
でもやっぱり見に行かないというわけにはいかず、
明後日の最終日に出かけます。
さて、どうなりますやら?

posted: (2004/10/09 17:07:22)

>beeswingさん
 最終日はいかがでしたか。届いたばかりの『ラティーナ』誌(2004年11月号)で、中原仁さんが全公演のレポを書いてらっしゃるのを読んでるうちに、またあの日の興奮が甦ってきました(それにしても、全公演観られるとは心底羨ましい…)。

posted: (2004/10/20 21:48:22)

 

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