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描線のひと・画家マティス

 

「あの…
 そんなことより部屋へ行かないか?
 マチスのデッサン集借りてきたんだ」
 
「へえ…
 しかし気の毒に!
 これでますますきみは自信をなくしちまうってわけだ」
 
「よしてくれよ!
 マチスとくらべるほうがおかしいんだ」
 
「そらまそーだ」
(吉田秋生『ナサナエルの肖像』1978年)

 
 
Matisse_exbition.jpg

 
  
 現在開催中の「マティス展」は、期待を裏切らない面白さだった。
 
●マティス展カタログ Processus / Variation
 発行:読売新聞東京本社、NHK/2004年9月刊
 ISBN4-906536-28-X
 編集デザイン/梯耕治
 
●マティス展 Henri Matisse Processus / Variation
 2004年9月10日〜12月12日
 国立西洋美術館
 主催:国立西洋美術館、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
 企画協力:ポンビドゥーセンター・国立近代美術館
 
 マティス没後50年を記念して開催されたこの展覧会は、総花的にマティスの画業を紹介するものではなく、サブタイトルが示すように、マティスの仕事を「過程」と「変奏」という観点から捉え直そうという試みだ。日本での大々的なマティス展は23年ぶり(1981年、東京/京都)だそうで、私が行った日も朝9時半の開場前に、すでに客が門前で列をなしていた。
 
 冒頭に引用した、吉田秋生の古いマンガのなかのセリフが長年アタマに残っているからというわけではないのだが、私はマティスのデッサンが好きだ。もう少し正確に言うと、彼の描線のファンなのである。
 だから今回、主に線描画に時間をかけて見て回った。鉛筆や木炭で描かれたクロッキー、ペン画、そしてリトグラフなどの、要するに色の付いていない方の作品群だ。それから油彩画や切り絵に向かい、その筆あとやハサミの入れ具合を楽しんだ。1981年の展覧会ではそのまぶしいほどの鮮やかな色彩と、意外な大画面(たとえば『ダンス』があれほど巨大な絵だとは、画集からでは想像もつかなかった)に圧倒されっぱなしで、それにものすごい数の観客にもまれそうになりながら見ていたので、そこまでディテールを追う余裕が、私の側になかったのだ。今回も人は多かったけれども、ひとつの絵の前に好きなだけいられる程度のゆとりがあったのがありがたかった。マティスのデッサンの実物を、ごく間近でたっぷり見られたというのは、大げさに言えば生まれて初めて、と言ってもいいかもしれない。眼福とはまさにこのことである。
 
 
Matisse_poster.jpg なにもマティスに限った話ではないのだが、モノクロのデッサンのなにが面白いって、画家が何を見、どこを描こうとしていたのかが追体験できるところである。とくに早描きのクロッキーにそれが顕著なのだが、ひどく慎重に手を動かしている部分と、バァーッと一気に描いている部分が、たとえば鉛筆で描かれたものなんかだととてもわかりやすい。ペン画や筆を使ったものよりも木炭、木炭よりも鉛筆やグラファイト、という風に、画材によって違いはあるけれども、いずれにせよ画家の息づかいがダイレクトにあらわれているように思えて、見ているこちらまでなんだかドキドキしてしまうのである。そういう具合に画家の手グセというか呼吸する生理みたいなものになじんでから、改めて油彩画に向かうと、筆づかいなんかがより深く味わえるような気がするのだ。
 会場では、あるドキュメント映画の中の、制作中のマティスを捉えた部分を繰り返し上映していたが、あれも面白かった。マティスの完成作品は、いかにも感覚的で即興的なもののように見えるのだけれども、そしてたしかに何のためらいもなく筆を動かしている箇所もあるのだけれども、ある部分では非常に慎重に手を進め、あるいは逡巡していたようだ。
 
 たとえモノクロの鉛筆デッサンであっても、印刷された画集よりもナマの原画の方が数十倍すばらしい。内包している情報量に圧倒的な差がある。
 どれほど丁寧に作られた高額な画集であっても、ナマの絵には圧倒的なパワーが秘められている。それはちょうど、音楽をCDで聴くかライブで聴くか、くらいの差がある。今回のように好きなデッサンをじっくり鑑賞できた展覧会は、さしずめ小さなハコでマイクなしのアコースティック・ライブを聴いたような感じ、と言えばいいかも。堪能いたしました。
 
 ただし、マティス後期の代表作『JAZZ』は、原画よりも本の方がより純粋で面白いと思う。原画はなんだか印刷用の版下原稿みたいだった。

2004 11 08 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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