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人生に「勝ってる」女の子のおなはし
サイバラ本は<買っては売って>の繰り返しであります。面白そう、と思って買って、面白く読み終えるんだけど、読後なにか肩のあたりがずっしりと重く感じることが多いんですね。で、再読三読しないまま、古本屋に売り払ってしまう。
嫌いなら読まなきゃいいんだけど、この人の場合、どうも一度は読んでおかなくちゃならない気になって、ついつい新刊書をレジに持っていってしまうんですね。うーん、なんでだろう。
●上京ものがたり
西原理恵子著/小学館/2004年12月刊
ISBN4-09-179274-X
装幀/星野ゆきお(VOLARE.inc)
超マイナーな雑誌で捨てカットだのしょーもない4コママンガだのを描いていて、なんとなくヘンな奴がいるよなぁと思ってたらいつの間にかメジャー誌にも名前が出ていて、そのままあれよあれよという間に人気作家になっちゃった、というパターンのひとがいます。西原理恵子がまさにそれで、初めて彼女の絵を見たのがいつだったか、どんな雑誌でどういう作品だったかまるで記憶にないのだけれど、気がつけば有名人になっていたんですね。
超マイナー時代からずっとファンだったぜ、などとマニアめいたことを言いたいわけではないですが、私にとって昔も今も、不思議なヒトだなあという印象が変わらないんですね。私はバクチにほとんど興味がないから『まぁじゃん放浪記』もいまいちピンとこなかったし、特にグルメでも反グルメでもないので『恨ミシュラン』を欠かさず愛読していた、ということもまるでないし、さらには『ちくろ幼稚園』にも『晴れた日は学校を休んで』にも特に熱中したという記憶もないんですけど、にもかかわらずなんとなぁく気になるので、いちおう手に取るわけですね。
そのたび、読後になんとなぁく気分が重くなってる自分に気がついて、うーん、これは一体どういうことだろうと。
で、買っては読んで、でももういいやと思って売り飛ばして、をくり返していて、今手許に残っているのは『ぼくんち』だけなんですが、これもあまり読み返したいとは思わない。だって、ものすごーく疲れるんだもん。
…というサイバラ本ですが、新刊が出るとやっぱり気になってしまうわけで、で、読んでみたけどやっぱり読後ずずーんと気分が重くなってしまったわけで、でもこの本は売らずに取っておく本かな、などと今はちょっと思ったりしてるわけで。
えー、どういう内容かというと、彼女の自伝的ものがたりでありまして、題名通り、20歳の頃に単身上京してから、売れっ子になるまでの下積み時代の話を、最近の作風でもある美しくも透明感のある着彩で、たいへんキレイに描いた本です、と。こういうまとめ方でいいかな。
この手のハナシは、もしかすると私小説とかエッセイとかになるともんのすごくドロドロしてしまうのかもしれないけれど、それをあっさりと美しく描いてしまえるのが彼女の強み。たぶんサイバラ絵だからこそついつい読ませてしまうんでしょうね。
エピソードをひとつ、引用紹介します。本の最後のほう、すでに彼女が売れっ子になったあとの話。
出版社で女の子が/わんわん わんわん/泣いていた。
どうしたのと聞くと/やっと連載できたのに/お父さんガンで入院してて/私のまんが/たのしみにしてるのに
連載5回目で次で/おわりにしてくれって。/約束は7回だったのに/全部出来てるのに。
ひどいね
でも わるいのは/あんただよ。
あんたが/つまんないから/わるいんだよ。
この くやしいの、今度上手に/かいてごらんよ。(第50話)
そうとも、サイバラ、あんたは圧倒的に正しい。そして本当にやさしい。でもね、やっぱり私には、このエピソードを読み終わったあとに、ずっしりと重いモノが残るんだよ。私がその場にいたら、何の解決にもならないくせに、一緒にわんわん泣いてあげてるかもしれない。そしてきっと、そっちの方がよっぽど残酷んだろうけどね。
「勝ち組・負け組」なんて言葉がありますが、勝った人だからこそ言える言葉というのはやはりあるわけで、そしてそういう人の言葉を聞いてあるいは読んで、明日への活力にしたいと思ってる人間は、今の日本にたくさんたくさんいるわけで、サイバラ本はまさにそういう人たちのもとへまっすぐ届いているんでしょう。
で、私がいちばん泣いたのが第47話。
一番古くからやっていた/えっち本にカットをもっていった。/なんだお前/最近ちょっと/売れててよ
あっちこっちのいい本に話/決まってんじゃんよ。/いい気になってんなあ。
どの人も最初に持ち込んだ時/「えーこの絵でやってんだ/今、仕事ないんだ。」/「ちょっとまってな。オレの知り合いの/とこなら仕事あるかも」
お前が売れたらなあ、/お前の絵みてなあ、/うわコレなんだっつってなあ、/無視したオレらの立場ねーじゃん。売れんなバーカ。/給料日前に庄屋で祝ってくれました。/ずっとずっとお金のない私を/タダ酒にさそってくれて/最後までタダ酒。/ありがとうございました。
ま、人生長くやってると、勝っただの負けただのといろいろあるわけで。でもね、<ずっとずっとお金のない私>だった頃から<タダ酒にさそってくれて>いた時点で、なんだすでに勝ってんじゃん、とも思ってしまったりするワケなんですが。こういうのを「人徳」って言うんでしょうかしらん。
2004 11 28 [booklearning] | permalink Tweet
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comments
サイバラ、実は全く読んでません。でも非常に興味ひかれました。きっと、彼女は1人で完結して立ってて、立ってる姿がやはりいいんだと思いました。だから助け船も出るし。でも、勝っても負けてもきっとこういう人ではいつくばって生きていく人のような感じ。ただ、今勝ち組だからこういう風に表面に出るんじゃないかなあ、という印象を持ちました。
posted: sato (2004/12/01 11:49:14)
コメントありがとうございます。「立ち姿がいい」というのはなるほどと思いました。
このエントリでは、主題というか本の大部分を占めている苦労時代のことを全く紹介してませんが、新宿歌舞伎町でのバイトの話や、ヒモ男との生活など、ぐしぐし来るエピソードの連続です。
女性と男性とでは、話の受け止め方がおそらく違うだろうなあ、あるいは10代と40代でも、感じるポイントが違ってくるんだろうなあ、というところが多くあって、他の方々の感想にすごく興味があります。
posted: とんがりやま (2004/12/01 14:40:11)
場所違いではありますが、1周年、おめでとうございます。
さて、熱心なファンというわけでもなく、件の本はまだ読んでないのですが、サイバラ本は結構好きでして。『晴れた日は』だったか、親に叱られて泣いている女の子の絵に、「子どもにしたら大人は絶対に強いんだから、子どもの逃げ道をふさぐような叱り方をしないで」というセリフというか独白(知人に貸しているので正確かどうか不明)がついているのがあって、「あ、いいなぁこの感覚」と思ったのが、「気になり出した」きっかけだったような。
毎日新聞に毎週火曜に連載している子育て絵日記『毎日かあさん』を読んでいると「自分の書(描)いたことを忘れてないんだなあ」と、しみじみしてしまいます(って、子ども自身はどう受け止めてるかは別なんですけどね)。
わたしも実はバクチ好きなんで(個別のじゃなくて、人生そのものが・・・笑)、機会があれば、ぜひ新宿ゴールデン街、もしくは曽根崎のお寺あたりで朝まで飲みたいなと(それ以上のおつきあいはしたいと思いません_爆_)、秘かに思っていたりしております、はい。
肝心の絵の話をせずに、無駄に容量を食ってしまいました。失礼。
posted: 熊谷 (2004/12/07 1:53:08)
コメントありがとうございます。
そういえば『毎日かあさん』は未読でした。今もまだ連載中なんですか? いちど見てみます〜。
>わたしも実はバクチ好きなんで(個別のじゃなくて、人生そのものが・・・笑)
(笑)ぜひ人生に「勝って」くださいまし。
posted: とんがりやま (2004/12/07 14:08:41)