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『メリーポピンズ』とミュージック・ホールとジュリー・アンドリュースのこと
ロンドンにミュージック・ホールが誕生したのは19世紀半ばだとか(ちなみに、映画『スチーム・ボーイ』の舞台になったロンドン大博覧会が1851年)。最大のピークを迎えるのは世紀の変わり目を挟んだ前後20年間ぐらいで、しかしアメリカからやってきた新たな娯楽の登場(映画や、あるいはラグタイムなどの新しい流行音楽)によって急激に凋落し、第一次世界大戦が勃発する頃には大衆娯楽産業の最先端というポジションを失ってしまいます。
映画『メリーポピンズ』の設定を1910年のロンドンにした理由を、「この時代なら空飛ぶ乳母がいても不思議じゃなかったからさ」とスタッフの一人は説明しています。“笑うと宙に浮いてしまう”アルバート叔父さんみたいな奇人変人がいても、ぜんぜん不思議じゃないのがこの時代のロンドンだったんでしょう。そういえば主役のメアリー・ポピンズだって、映画ではともかく原作ではかなり気むずかしい変な人です。そんな<摩訶不思議な人たちが集まる摩訶不思議な魅力たっぷりの大都会>が1910年のロンドンだったとすれば、それはミュージック・ホールが陽気で騒々しい享楽を謳歌していたこととおそらく無関係ではないでしょう。

ジュリー・アンドリュースは1935年生まれだから、もちろん1910年のロンドンを歩いていたワケではありません。父は小学校教師、母親はダンス教室のピアノ弾きでしたが、ジュリーが6歳のときに母親が旅回りの芸人テッド・アンドリューズと恋におちてしまい離婚→再婚。ジュリーは12歳の頃にはウエストエンドの舞台に立っていて、1950年代初期に渡米します。ミュージック・ホール全盛時代とは時代が異なるとはいえ、ロンドンのヴァラエティ・ショウの世界を知っている人と言っていいでしょう。舞台『マイ・フェア・レディ』(映画化の際にオードリィ・ヘプバーンに取られましたが)が彼女の最初の当たり役となったのも当然といえそうです。映画では、世界的ヒットとなった『メリーポピンズ』と『サウンド・オブ・ミュージック』の両方ともが子どもたちへの教師的な役だったし、もともと端正でクールな顔立ちと美しく澄んだハイ・トーンの歌声を持っているから、映画でしか知らない人なら「厳格で生真面目」という印象を持ってしまいがち。ですが、たとえば『Julie Andrews Live in Concert』(1989年8月、ロサンゼルスにて収録/COBY-90113/日本コロムビア)などではけっこうきわどいジョークも言ってますし、あとこれは商品化されてないのかな、ずいぶん昔NHKが放送していた「世界のバラエティ・ショウ」(という番組名だったかな、部屋のどこかに録画テープが残っているはずなんだけど)でもけっして上品とは言えないコントを実に生き生きと演じていたこともあります。ただ、それがまったく「下品で猥雑」にならないのがこの人の持ち味なんでしょう。
これは日本でもニュースになりましたが、ジュリー・アンドリュースは1997年に喉のポリープ除去手術を受けたところ、声が出なくなってしまい、歌手としての活動を断念せざるを得なくなるという不幸に見舞われています。その後のことが気になっていたんですが、実はつい先日もプロモーション来日していたというのを知って嬉しくなりました。DVD『メリーポピンズ スペシャル・エディション』では、最近のまだまだ元気なジュリー・アンドリュース(もちろんディック・ヴァン・ダイクも)を観ることができて、それだけでもこのDVDは価値があると思います。
『メリーポピンズ』はアカデミー賞13部門にノミネート(受賞は5部門)され、興行収入的にも当時の記録を作ったほどの大ヒット作品です。今ならすぐさま続編が作られることでしょうが(英国産の魔法ファンタジーって今でも人気ですしね)、『メリーポピンズ』はただこれ一作だけなのが実にいさぎよい。
原作者のパメラ・L・トラヴァース(1906-1996)は映画を野蛮なものと考え、ましてや自作がアニメーションになることには猛反対していた(だからディズニーが映画化権を取得するまで20年近くかかったし、試写を観てアニメーション部分のカットも要求したらしい)のですが、映画が当たったと見るや、このオーストラリア生まれの原作者は自ら映画の続編の脚本を書いていたという話が残ってます。なんとも<らしい>というか、ま、少々困ったお方ではありますかな(笑)。
(了)
【参考サイト】
●素晴らしき哉、クラシック映画!:
・メリー・ポピンズ Mary Poppins
・ジュリー・アンドリュース Julie Andrews
2005 02 15 [face the music] | permalink
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