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笑う彫像

 

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入定310年 円空展 庶民の信仰・慈愛の微笑み
●兵庫展 大丸ミュージアムKOBE 3月9日〜3月21日
     主催:神戸新聞社
     
●富山展 富山県水墨美術館 4月8日〜5月8日
     主催:富山県水墨美術館、NHK富山放送局
     
●京都展 大丸ミュージアムKYOTO 5月12日〜5月24日
     主催:京都新聞社
     
●神奈川展 そごう美術館 5月27日〜6月19日
      主催:財団法人そごう美術館
      
●香川展 香川県歴史博物館 7月16日〜8月25日
     主催:香川県歴史博物館、香川県教育委員会
     
協力:円空学会

 円空(1632〜1695)を観るのは初めて。というか、名前は聞いたことがあるけどどんなことをやった人なのか殆ど何にも知らない、という状態で展覧会場に足を運んだのだけれど、これが非常に面白かった。
 なにしろ、生涯に10万体の仏像を造ったとも言われているのである。現在確認されているのは5200体あまりで、今なお新発見のものもあり、今後も増える可能性があるんだそうだ。
 いや、5200体という数でも、充分すぎるほど凄いと思うんだけど。一日一体としても、年中無休で造り続けて14年以上かかるワケで。しかもこの方、日本各地を旅しているから、作品が遺された土地も非常に範囲が広い。実にダイナミックというかパワフルというか、旺盛な創作力だったんである。
 
 「円空仏」は主に個人の家や小さなお寺などに多く所蔵されているのが特徴らしい。展覧会の副題に「庶民の信仰」とあるように、神像も仏像も同じように造ったというのがいかにも日本の民間信仰ぽくていい。図録の解説を読むと、いったい何の像なのか解読が難しい像も数多いようだ。おそらく円空独自の造型だったんだろう。
 
 円空の「作品」は、宗教/信仰のための木彫りの像だから、宗教的な観点から眺めるのが正しい「お作法」なんだろうけれど、むしろモダンな彫刻作品として鑑賞する方が面白いと思う。というか、その造型は並の「宗教用具としての仏像」なんかのレベルを遙かに超えてしまっているのだ。その意味で、仏教美術にあまり詳しくない人の方が、より新鮮な眼で観ることができるんではないだろうか。
 
 仏像と言っても、大きな寺院の中央にでんと据え付けられた金箔塗りのご立派なそれとは違い、円空の手法はほとんどが荒削りなままで、とくに仕上げも施されていない。絵画でいうところのクロッキーかスケッチのようなもので、しかしだからこそ、特徴だけをズバリ言い当てて余分な作り込みをしない造型の的確さが、際だって見事なのである。
 会場を彷徨っているうちに西洋近代絵画の巨匠である、たとえばピカソやマティスのデッサンを連想していた。鉛筆一本で、ほとんど一筆書きに近い筆致であるにもかかわらず、人体の動きや骨格を巧みに掬い取っている、あのデッサン群をである。円空の彫像には、彼らの描線と共通する「スピード感」と「洗練された熟練」が生き生きと感じられる。そう、特にこのスピード感が堪らない。円空の彫った像は、どれも近代的な造型センスを備えていると思う。
 
 と、非常に近代的な円空作品だけれども、凡百の近代人と比べ大きく異なっている部分がある。それは、「自我」を作品に表現していない、という点である。やっかいな「自我」に悩まされ続けた近代人からすると、ある意味非常にうらやましい境地だったかもしれない。
 円空は自己を芸術家としては規定していなかった。彼は宗教家であり、その作品は宗教活動の一環でもあった。だから、彼がどれほど独自の造形力を示しどれほどスピーディな彫りを見せたとしても、その「作品」は芸術作品として受け止められる心配がなかった。そのくせ、その作品群は時に専門家が分類に困るほど判別不能な「なにか」であり、かつ円空以外にはとうてい造り得ないほどのオリジナリティに溢れているのだから、よりユニークさが際だっているのだけれど。
 
 何の迷いもなくスッとノミを入れただけで、なんとも柔和な微笑みを湛えたお顔が出来上がる。こういう「表現」は、「芸術=自己の表現」という公式に捉えられた「芸術家」にはなかなかできないことだろう。一方で、「仏像とはかくあらねばならぬ」という様式に縛られた仏師にも、まったく手が出せない領域であるはずだ。
 そういう意味で、円空の膨大な彫刻作品は、新しいと思う。そして、この新しさは、支持体となった木片が風化し消滅するその日まで、ずっとずっと続く「新しさ」であるように思うのである。

2005 05 22 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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