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ソウテイの範囲内

 

SOUTEI

 

 昨年秋に買ったまま、ずっと後回しになっていた臼田捷治『装幀列伝』をようやく読了。ついでに、臼田さんのこれまでの装幀関連本もパラパラ再読していて、あることに気づいてちょっと笑ってしまった。

usuda【写真左から】
●装幀時代
 臼田捷治著/晶文社/1999年10月刊
 ISBN4-7949-6413-7
 ブックデザイン:平野甲賀
●現代装幀
 臼田捷治著/美学出版/2003年3月刊
 ISBN4-902078-01-5
 装丁:右澤康之 装画:矢吹申彦
●装幀列伝
 臼田捷治著/平凡社新書241/2004年9月刊
 ISBN4-582-85241-6
 装幀:菊地信義
 
 「装幀」「装丁」「ブックデザイン」と、奥付の表記がみごとに三者三様なんだもの、こりゃ可笑しいよね。いくら著者が本文で「装幀」と統一していようとも、これじゃ一冊の本として首尾一貫してるとは言えないんじゃないですかねぇ。
 
 ご存じの方も多いと思うけど、この「装てい」漢字表記に関しては昔から議論があって、結論から言えば「どれでもOK」なのである。最近は少ないようだが「装釘」「装訂」という使用例もある。珍しい例では「装綴」という用例もあったとのこと(高島俊男『お言葉ですが…(4)広辞苑の神話(文春文庫版・2003年)』「ソウテイ問答集」209ページ)。また、少しニュアンスは異なるのかもしれないが「装本」「造本」という言い方もある。それから「ブックデザイン」、あるいは美術系図書とかだと単に「デザイン」というクレジットの場合もある。
 業界団体はどうなのよ、というとこれが「日本図書設計家協会」というネーミングだったりするのである。なんつーか、問題を最初から放棄してまっせ、という感じがするのは気のせいか。そういえば実際に「図書設計」というクレジットを使用している例はあまり見かけないなぁ(同協会のウェブサイトでは「装丁」を採用しているようだ)。
 
 
 これらの表記は、最終的には誰が決定しているんだろう。試みに、手持ちの本をいくつか任意に開いて、それぞれどうなっているか調べてみたけれども、大半の出版社は「装幀」「装丁」を併用しているようだ。特にどちらが多いとも言えない。もちろん、統一している出版社もあって、たとえば
○新潮社………「装幀」
○晶文社………「ブックデザイン」
○本の雑誌社…「装丁」
 など。あと、サンプルが少ないので何とも言えないのだけれども、岩波書店は「装丁」派、白水社や青土社は「装幀」が主流のような気がする。東京書籍は「ブックデザイン」派かな。また、みすず書房は社内でやっているからだろう、どの本にもクレジットがないけれど、創業者の小尾俊人氏の著作『本が生まれるまで』(築地書館・1994年)では「装幀」を採用している。
 文藝春秋社は1970年代までは「装釘」を使っていたもよう。その後は「装幀」「装丁」どちらもある。もっともいいかげんなのは双葉社で、呉智英氏の言葉に関するエッセイシリーズでは、デザイナーは同じ日下潤一さんなのに、「装幀」「装丁」「ブックデザイン」と見事にバラバラだった。つまりは、その時の気分次第といったところか。
 
 
 出版社の対応は以上として、対するデザイナーの意見はどうだろう。
 
○たとえば和田誠さんは「ぼくも別段、こだわっていません。」としながらも「そんなわけで『広辞苑』を開いてからは、なるべく「装丁」と書くようにしているんです。」(『装丁物語(白水社・1997年)』)と述べている。
 
○平野甲賀さんは、なにしろ晶文社の平野さんだし「ブックデザイン」だと思ってたんだけど、よく考えたら『平野甲賀 装幀の本(リブロポート・1985年)』という作品集もあれば『平野甲賀[装丁]術・好きな本のかたち(晶文社・1986年)』という本もあって、本人的にはどれでもいいみたい。ちなみに、本の雑誌2005年8月号掲載の津野海太郎氏のエッセイで、ちょうど晶文社=平野デザインのはじまりの頃を回顧しているが、津野氏は終始「装丁」と書いている。
 
○南伸坊さんは「馬丁、園丁みたいでちょっと職人ぽくていい。」(『装丁/南伸坊(フレーベル館・2001年)』)と、自らを「装丁」と規定している。とはいえ「装幀」表記にされてしまう場合もあるようだ。
 
○栃折久美子さんの肩書きはブック・デザイナー(『モロッコ革の本』ちくま文庫・1991年/オリジナルは1975年)だが、『装丁ノート』という著書もお持ちである。
 
○菊地信義さんには『装幀談義』という本もあるとおり「装幀」派のようだけど、「装丁」とクレジットされる場合も少なくない。
 
○そのほか、原弘さんは「装幀」あるいは「装本」、田中一光さんも「装幀」。原研哉さんは「書籍のデザイン」「造本」という言葉を選んでいる(『デザインのデザイン』岩波書店・2003年)。安易に「ソウテイ」と言わないところが、この人のこだわりなんだろう。
 
○松山猛編『日本の名随筆・別巻87 装丁』(作品社・1998年)目次から拾っていくと、「装釘」は谷崎潤一郎、島崎藤村、中川一政、東郷青児、木下杢太郎、丸谷才一、安野光雅など。「装幀」は志賀直哉、津田青楓、萩原朔太郎、高村光太郎、青山二郎、堀口大學、粟津潔など。そして「装丁」が松山猛、田村義也など。よほど本人が意識していないかぎり、終生同じ表記を使い続ける人の方がたぶん少ないかもしれない(時代の流れっていうのもあるし)、以上はあくまで一例に過ぎない。
 
 
 ちなみに、最初に掲げた臼田さんは書名の通り「装幀」派で、その上で「装幀」と「ブックデザイン」を分けて使っている。

なお、ここでは外函やカバー、表紙など本の外装のみを手がける仕事を「装幀」、本文から外装までのすべてにわたって一貫した構造的な視角化をはかる取り組みを「ブックデザイン」とし、ふたつを区別して説明を進めたい。(『現代装幀』16ページ)

 なのだけれども、これも所詮は臼田さん独自の定義であって、どれほど一般性があるかは疑問だろう。大方は<ふたつを区別>しているとはとても思えないのである。
  
 
 と、手元にある関連書を駆け足で眺めてみたけど、結局のところなんだかよくわからない。要するにどの表記も全部正しいとしか言いようがない。
 であるからには、たとえ各個人のポリシーがあったにせよ、それ以外の漢字を使われたとしてもそこはそれ。「ソウテイの範囲内です」と鷹揚に構えておけ、ということなんでしょうな。

2005 07 18 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

ぼくの勤務先は、それぞれの編集者が各自決めてます。途中でその人の考えが変われば、文字も変わります。要するにテキトー(^^;)。「本の外側」と「中味」を分ける考え方に、ぼくはわりと納得いきますが、そもそも中味、つまり本文組みなどを「デザイン」するという発想が伝統的に出版界になかったことが、中味も含めてトータルに本をデザインすることに対して名前がないことの遠因のような気もします。あと、たとえば本文の版面の余白は、ノド→地→小口→天の順番に広いと美しい(だったかなあ? 自信ないです^^;)といった、原則というか基本原理みたいなものを明快に一通りまとめたガイド本が欲しいな、とおもいます。しかし、いつもながら美しい本棚!

posted: beeswing (2005/07/19 1:36:49)

コメントありがとうございます。あ、やはり現場はテキトーでしたか(笑)。なるほど〜。
表紙やカバーはデザインできても、本文は組めないデザイナーも多いんでしょうね。本文の組版こそ、職人芸の腕の見せ所なはずなんですが。…って、ずいぶんエラソーなこと書いてます(爆)

>ガイド本
とりあえず思いつくのは、日本エディタースクールの『標準 編集必携』『文字の組方ルールブック(タテ組編/ヨコ組編)』くらいですかねえ。まあ、勘と経験と見よう見まねでやってる人のほうが多いのかもしれませんが。

posted: とんがりやま (2005/07/19 11:11:58)

 

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