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高校野球の不祥事をいちばんたくさん描いたのは
例年ならすっかり時期はずれな話題のはず…なんだけど、2005年は、8月も終わろうとしている頃になっても高校野球が新聞や週刊誌を賑わしている。なにしろ、大会直前に優勝候補の一角と目されていた学校が不祥事発覚のため出場辞退、さらに2年連続で優勝旗を得た学校までもが、暴力事件を隠していたとして大問題になっているのだから、異常な事態ではある。
タカラヅカでもあるまいし、いまさら高校野球が「清く・正しく・美しく」あるはずだなんて誰も思っちゃいないだろう。もちろん、純粋にまっとうに正々堂々と戦った選手の方が圧倒的に多いのは確かだろうけど、甲子園まで来る強豪校が「普通に」バカ正直にやっただけで勝ち抜いて来た、なんていうのももはやメルヘンの世界に属するんじゃないか。
今回の優勝校の件など、新聞報道だけではナニがどうなっているのか、さっぱりわからない。きっと報道されない部分での確執やしがらみやらがうんとあるんだろうな、とは想像できるんだけど。ともあれ、高野連があくまで「高校野球は(ただの興業ではなく)教育の一環である」というタテマエを貫きたいのならば、ここは頑とした姿勢を見せてもらいたいと思う。ま、どうでもいいんだけどさ。
…という話は実はただのマクラで、本題はマンガの話。そういえば、高校野球マンガってこれまでどのくらい描かれてきたのかな。
そう思って、『戦後野球マンガ史 手塚治虫のいない風景』(米沢嘉博著/平凡社新書154/2002年9月刊/ISBN4-582-85154-1)をパラパラめくってみたんだけど、はっきりとは書かれていない。が、少年マンガの世界ではたぶん1960年代後半あたりからだろう。やはり『巨人の星』(梶原一騎+川崎のぼる/1966年〜)がその最初期と思われる。物語の時代設定としては『紀元2600年のプレイボール』(大和和紀/1979年〜)がもっとも古いだろうけど、これはまあ例外。主人公がプロに行かず、純粋に高校野球だけで物語が完結しているのは、タイトルだけで判断すると『甲子園の土』(梶原一騎+一峰大二/1968年)が最初なのかな。一度もみたことがないのでなんとも言えないけど。
野球マンガは、もちろん野球がテーマだから、登場人物はみな野球をする。野球を通じてライバルとたたかい、重いコンダラ(笑)を引きずりながら汗と涙で成長していったりいかなかったりする。高校野球ならとうぜん甲子園出場が目標であり、そこで勝ったり負けたりすることがストーリィを形作ることになる。だから「不祥事による出場停止」なんて描かれることはまずない…はずだ。そんなのがあったら、そこでマンガが終わってしまうんだもの。
おっと、ひとりだけ、例外があった。マンガで「高校野球の不祥事」を誰よりも多く描いてきたのは、おそらくこのひとに違いあるまい。

●嗚呼!栄冠は君には輝かない
いしいひさいち著/双葉文庫/2005年8月刊
ISBN4-575-71301-5
カバーデザイン:関善之(ボラーレ)
カバーイラストレーション:いしいひさいち
今さら説明するのもナニだけど、この文庫シリーズは新作ではなく、いしいひさいちの過去の作品からの再編集ものだ。ここにも、けっこう初期の作品が収録されている。
表題とカバーイラストから想像できるとおり、この巻は膨大ないしい4コマの中から高校野球をネタにした作品が多く集められているのだけれども、本書後半は陸上競技やボクシングなど、野球以外のスポーツネタで占められている。うーん、野球ネタってもっとたくさんあったのになぁ。しかも、けっこう毒の効いたヤツが。
この文庫で出場停止ネタというと、<卒業する先輩があとを後輩に託そうとしたところ、「先輩たちさえいなければ大丈夫です」と答えてしまって先輩が激怒、暴力沙汰になって「はやくも出場停止」と新聞に載ってしまう>など約3本。<甲子園初勝利だけれども「いつどこで不祥事を起こして出場停止になるか心配で」ゲームセットまで気を抜けなかった勝利監督>のインタビューネタなどは、描かれたのはずいぶん昔だろうけど、今でも通じるギャグなのがなんともはや。
と、不祥事〜出場停止ネタもあるにはあるんだけれど、実はここに収録されてないのでもっと面白いのがたくさんあるのだ。これって作品をセレクトした編集部の<配慮>なのかな。かつて不謹慎だとお怒りの向きが多かったのかな。

で、毒気たっぷりの<不祥事ネタ>はここらあたりの単行本にもっとも多く見られる。たとえば、『タブチくん』第1巻の冒頭からしてすでにこんなネタ。
◎不祥事をおこした野球部を予選に出場させるわけにはいかない、と厳しい態度を示す高野連。大阪府下の全校に通達したところ、残らず出場辞退届を送り返してくる。
かと思えば、
◎暴力事件をおこしてセンバツを辞退した某高校。一部の部員のケンカというかわいいものではなく、部員全員でチンピラをフクロにしたらしい。で、「このままでは我が野球部の名誉にかかわる」ということで、キャプテンがOB会に「相手の暴力団へお礼参りをするので」その助っ人を頼む。(第2巻)
暴力事件ではないけれど、試合中に
◎レフトが大ファインプレー。「くずれかかったピッチャーの鈴木くんもいっぷくついたというところですね」と解説者が言えば、当のピッチャー、ほんとにマウンドでタバコを一服(第1巻)。
は、なんかカワイイ。
そのほか、試合後のベンチにビールの空き缶やらエロ雑誌やらが散乱している高校、俊足の一番バッターにはボディ攻撃だといきなりデッドボールをくらわす高校、ノーアウト三塁のピンチに相手のバッターを呼び出し「ホントにスクイズはないんだな」と脅しをかける高校(以上、いずれも第1巻)…とまあ、こうやって文字で書き写すとホントにひでぇ学校ばかり出てくる出てくる(笑)。
いしいマンガが高校野球を徹底的に笑い飛ばしていた1970年代終わり頃だって、不祥事だとか出場停止だとかは、毎年のように問題になっていただろう。だからこそこうやってマンガのネタになって笑いを共有できたのだ。
それから30年ちかくたって、もはや、所詮マンガだからな、と笑ってばかりもいられなくなった…のが現在なのかもしれない。だとすれば、現実の高校野球にとっても、それを笑いのめすマンガの側にとっても、どちらにも不幸なことだろう。ナンセンスマンガで笑い転げるためには、肝心の<現実>にはしっかりしてもらわなければ困るのであります。
2005 08 27 [booklearning] | permalink
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