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戦争とデザイン

 私は軍隊にはまるで関心がないし、兵器についての知識も興味もまったくないのだけれど、先月だったか、自衛隊の護衛艦を二艦、偶然間近で眺めたことがある。全身これねずみ色、すべてのパーツが細部に至るまで濃いめのグレーに塗装されていたのにはちょっと驚いた。海上ではこの色がもっとも「実用的」なんだろうか。確かに視覚的には発見されにくい気もするが、レーダーに捕捉されやすい色、されにくい色とかあるのかな。
 港に停泊していたふたつの護衛艦は、しかしなんだか乗員ものんびりくつろいでいたようで、日没になると盛大にライトアップして、それまでの緊迫した雰囲気が一転してまるでテーマパークみたくなったのが、ギャップがあっておかしかった。見学できるものならちょっと入ってみたかったかも。ま、これもまた<戦後60年>の日本の一光景ではあった。
 
 モダンデザインには<用の美>という考え方があって、とことん実用に徹したデザインというのはそれだけで美しいはずなんだが、軍艦の全身ねずみ色には、私はあまり美は感じられなかった。このへんがモダニズムの限界でもあるのかもしれない…とまでいうのは大げさかな。けれど、「戦争」と「近代デザイン」は、実は、未だにきちんと向き合っていないのかもしれない、とは感じるのである。
 

historyofGD

●グラフィック・デザインの歴史 Le Design graphique
 アラン・ヴェイユ著・遠藤ゆかり訳・柏木博監修
 創元社「知の再発見」双書123/2005年8月刊
 ISBN4-422-21183-8
 造本装幀:戸田ツトム
 
 原著は2003年刊行。創元社のこのシリーズはカラー図版が多く、見て楽しいシリーズなのだが、そのぶん読み応えはあまりない印象が強い。こんどの新刊も、テキストよりも豊富に挿入された図版を楽しもうと思って買った。なのであまり高度な内容はもとから期待していないのだけど、それにしてもおよそ「歴史」を名乗る書物で、近現代史のもっとも大きなトピックである「戦争」をほとんど無視しているのはどういうことだろう。が、しかし。実は、彼らからすればそれはどうもごく当たり前の態度でもあるようなのだ。

 
moderndesign デザイン史をちゃんと勉強したことがない門外漢があまり大きな口を叩くのははばかられるのだけれども、どうもデザイン史の研究者って戦争のことを意識的に避けているのではないかという気がしてならない。なにも上の本一冊だけがそうなのではなく、たとえば2002年10月に美術出版社からでた『モダン・デザイン全史』(海野弘著/ISBN4-568-50253-5/デザイン:中垣信夫+川口利文)にしても事情は同じである。
 早い話が、1930年代のアールデコの記述のあと、いきなり1950年代に飛んでしまうんである。1940年代というのがまるで存在しなかったかのようにふるまっているのである。いや、いちおう、「第二次世界大戦後、世界のデザインはこういう発展をした」というふうに書かれているのだが、肝心の戦争中は、まるで時間がそっくり停止していたかのような印象を読者に与える書き方なのだ。創元社の方はともかくとしても、海野本は丁寧に書かれた通史であり、いわば教科書的な位置付けすらできる本だ。それなのにこの歴史観。いくらなんでもひどすぎじゃないか。
 戦争という行為の是非はともかく、またイデオロギー云々を抜きにしても、戦争が技術を急速に進歩させてきたという事実は残るだろう。軍事に直結する科学技術だけでなく、デザインの技術史においても、戦争というひとつの時代は、とうてい無視できるものではないはずだ。デザインも戦争も、ともに人間がおこなう活動である以上、ほんらい両者をあまり切り離して考えるのは不自然だし、むしろ大いに関係の深いものとしてみていくべきなのだ。
 
 
sekai_design_shi その点では、同じ美術出版社から出ていた『カラー版世界デザイン史』(阿部公正監修/美術出版社/1995年2月刊/ISBN4-568-50174-1/デザイン:中垣信夫+三橋薫)の方が、まだましかもしれない。ほんのわずかなスペースながら、戦争という<非常事態>下のビジュアル表現についてと、亡命などによって(結果的に)国際間の交流を加速させた一面が記述されている。まあ、ぼんやり読んでいれば見過ごしてしまう程度の書き方ではあるんだけれども、このあたりは今後研究が進んでいくことを期待してやまない。
 
 
warandgraphic もちろん、このあたりをテーマにした本が、まったく存在しないわけではない。たとえば『戦争のグラフィズム』(多川精一著/平凡社ライブラリー/2000年7月刊/ISBN4-582-76349-9/装幀:中垣信夫)や『「撃ちてし止まむ」太平洋戦争と広告の技術者たち』(難波功士著/講談社選書メチエ146/1998年12月刊/ISBN4-06-258146-9/装幀:山岸義明)はそれなりに興味深く読んだし、当事者のひとりでもあった原弘の『原弘 デザインの世紀』(原弘著/平凡社/2005年6月刊/ISBN4-582-62038-8/装幀:代田奨)も貴重な資料だ。こういうものを読むと、戦後から高度成長期にかけての日本の広告界の人脈形成とか基盤が、戦争中にすでに準備されていたことがよくわかる。というか、新製品を買おうという気にさせるのも戦意を高揚させるのも、扇動するテクニックからすればあまり違いがないのだろう。あたらしい百貨店にひとりでも多くの人間を引っ張り込む技術と、戦場にひとりでも多くの人間を送り込む技術が同じ、だと言うとおだやかでないかもしれないが、プロパガンダというのは元来そんなものである。
 この三冊からでは日本のデザイン界のことしかわからないが、同時期、戦争に参加していた国々ではどこも似たような状況であったことは容易に想像できる。だからこそ、専門書ではなく、創元社本や海野本のような一般概説書に、そのへんの事情を多少なりとも触れていないのはまったく奇妙である。
 
 戦時体制というか、国家の管理体制にまるごと組み込まれていった例としてはロシアが有名で、「ロシア・アヴァンギャルド」はもちろんどの本でも大きく扱われている。けれど、特に一章を割くことによって、かえってこの国の<悲劇>がことさらに特殊化されてしまっているように見えるのは考えすぎだろうか。全体主義国家であろうとなかろうと、戦争という<国家的な大イヴェント>のさなか、広告やグラフィックのみならず、ファッションやインダストリアル、建築なども広く含めたデザインの職人たちはみな否応なくどこかで関わらざるを得なかったはずであり、純朴な愛国心か平和主義かは措くとしても、それぞれが時局にどう関わったかを検証し伝え残しておくことは、決して無意味な作業ではないはずだ。
 
 
 とはいえ、上に述べたことと矛盾するようだけど、戦時下のグラフィックスって、実はそんなに面白いものでもない(原弘らの「FRONT」などはむしろ例外的としていいんだろう)。表現が画一的で、どれも似たような手触りになってしまうのだ。<モダンデザイン史>という観点からみれば、たしかにこの時期を<不毛な空白の10年>としたい気持ちもわからなくもないのだが…。
 
 

eurodeco


●EURODECO Graphic Design Between The Wars
 Steven Heller and Louise Fili
 CHronicle Books/2004年
 ISBN0-8118-4532-X
 Book and Cover Design:Louise Fili Ltd.
 
 最後に洋書をひとつご紹介。表題にあるとおり、両大戦間時代のヨーロッパのグラフィックデザインを収集した本である。フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、オランダ、イギリスという6つの章にわかれている。どうやらこの本、もともと1993年〜1998年にかけて国別に出版されていたものの合本ヴァージョンのようだ。同時期のヨーロッパ各国のグラフィックスが比較できるので、たいへん興味深い一冊である。
 両大戦間、つまり1920年代から1930年代の、それぞれの国の広告や商品パッケージなどのグラフィックスをフルカラーで紹介しているのだが、ポリティクスつまり政治的なテーマをまとめて掲載しているのは、このうちイタリア、スペイン、オランダの3国。さすがにナチスドイツの戦争グラフィックは載ってないが、ワイマール期の(ナチズム臭の少ない)デザイン表現がたくさん見られるというのは、あるいみ貴重なのかもしれない。

2005 08 17 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

やや、これは、素人ながら、とっても大事な指摘のような気がします。広い意味での政治性を排除したい、という意識が働いているような。これまた広い意味でのデザインといっていいだろう建築にも通じるような。しばらく意識して本屋をぶらついてみたりしたいと思います。

posted: (2005/08/17 1:19:18)

 コメントありがとうございます。
 広告屋の場合、情報技術者として<自身も戦争推進に荷担した>という意識と、普通の市民/民間人としての戦争被害者という感覚がないまぜになっているんじゃないかという気がしますね。作家や芸術家ならレジスタンスという<ヒロイックな>行動を選択することも可能だったかもしれませんが、広告屋は大衆を動員するのが目的ですから、大喜びで仕事に邁進していた人も結構いたのではないかと。
 そういう具合で、明確に戦争責任を問うまではいかないにしても、片棒を担いだひとりでもあったことから、これまで適度な距離をおいて冷静に見ることがなかなかできなかったのではないかと推測します。
 まあ、デザイン分野に限らずとも、戦争や政治を冷静に語るのって難しいんでしょうね。あるていど突き放したものの見方をするには、やはり100年くらいの時間の経過が必要なのかも知れません。

posted: とんがりやま (2005/08/17 10:46:51)

山本拓司です。ご無沙汰しております。
ずいぶん前にお話ししておりました第一次世界大戦期のポスターの整理が一段落いたしました。まだまだこれからなのですが、戦争とメディア、デザイン、広告といったテーマについての研究も展開していく予定です。ご参考まで紹介させて下さい。

>どうもデザイン史の研究者って戦争のことを意識的に避けているのではないかという気がしてならない

まさにご賢察の通りでして、調査に参加して下さった専門家の話によると、戦後ずっと、戦争中のことは黙して語らない雰囲気があったようで、その結果、デザイン史において、その期間(アメリカの影響も含め)がなかったかのようになってしまったのだそうです。このポスターコレクションの調査で多少埋め合わせることができるのでは、と考えております。

http://www.yoshimi-lab.org/
http://archives.iii.u-tokyo.ac.jp/

posted: yoshimi-lab (2006/04/05 10:29:29)

 山本さん、お知らせありがとうございます。これはすばらしいアーカイヴですね。古いグラフィック好きにはたまらないです(^_^)。さっそくブックマークさせていただきました。

 先日、藤田嗣治の評伝を読んでいて、戦争に関わったことを隠したがるのはなにもデザイン関係者だけじゃないということを改めて教えられました。まぁ、敗戦国ですしね。
 そのあたり、勝った国と負けた国では当然差があるでしょうけど、欧米各国ではデザイン史の教科書をどう書いているのか、ちょっと興味があります。

posted: とんがりやま (2006/04/05 20:01:47)

以前、私もドイツの戦前のデザインについて調べたのですが、いくつかの困難な事情があります。
 1 ナチスデザインについては、当然にハーケンクロイツ等を含み、ヨーロッパでは出版そのものが困難。
 2 ヒットラー本人によるもののほか、シュペーア、バウハウス出身者、ポルシェ博士、○ャネル、○ューゴ○ス、など、戦後も活躍することになる有名なインダストリアルデザイナーやファッションデザイナーが関わっていたようで、正確な関与事実が封印されている。
 3 職人生産と工業生産の端境期にあって、また、ナチス内部の複雑な組織間対立によって、統一規格の大量生産品に対して、ドイツのランツクネヒトの伝統である自己主張的のための勝手なデザイン改良が個々人や現場で加えられ、これがまたデザイナーにフィードバックされて、この国家的集大成が、あの結果となった。
 そんな中で、まともにデザインとして採り上げているのは、日本の柘植さんの本くらいではないでしょうか。ナチスの政治道徳的是非とは別に、スタイルというもの(のみ?)を前面に打ち出して国民を熱狂させた奇妙な政府の問題は、デザイン史において無視する方が無謀でしょう。

posted: 純丘曜彰 (2006/06/23 16:07:38)

 コメントありがとうございます。
 なるほど、いろいろと難しそうですね。
 中でも1)と2)に関していえば、関係者がみな物故者になる頃にはその「封印」も緩むんじゃないかという期待もあります。あと1〜2世紀も経てば、歴史対象としてもっと冷静に分析・研究されていると思いたいものです。

>柘植さんの本
 柘植 久慶 『ヒトラー時代のデザイン』(小学館文庫)のことでしょうか?今度読んでみます。

posted: とんがりやま (2006/06/23 21:17:14)

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
「撃ちてし止まむ」が入った昔の広告などについても
とりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

posted: kemukemu (2007/01/19 20:28:15)

 ブログのご紹介、ありがとうございます。このエントリはコメント欄でみなさんから教わったことが多いので、新たにエントリを立てました。そちらもあわせてご覧くだされば幸いです。
http://www.tongariyama.jp/weblog/2007/01/1_6c04.html

posted: とんがりやま (2007/01/21 0:12:51)

 

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