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伝説の?タイポグラフィ本
日本のタイポグラフィ史の紹介本、とくにアカデミックな研究書では、おそらくほとんど触れられたことがないんじゃないか、と思われる本を二冊。いずれもすでに伝説化しているようで、復刊リクエストの声も多いようだ。
●カエルの死
夢枕獏著/光風社出版/1985年1月刊
ISBN4-87519-470-6
殺人的写植張り込み:岩本和夫
小説家・夢枕獏のデビュー作としてつとに有名。ただし小説本ではない。では何の本か、というとちょっと説明に骨が折れる。著者は「タイポグラフィクション」と命名しているのだが、要するに写植(写真植字)文字をグラフィカルに使って何らかのストーリーを表現しようという試みだ。
本書には「タイポグラフィック漫画(コミック)」「タイポグラフィック物語(アクション)」「タイポグラフィック詩編(ポエム)」「タイポグラフィック音楽(ジャズ)」「タイポグラフィック童話(メルヘン)」の5ジャンル、計16篇の作品が収録されている。
20世紀初頭、ダダやロシア・アバンギャルドの詩人たちがタイポグラフィカルな前衛詩をたくさん試みていて、そちらはデザイン書関係では今でも紹介されているのだが、この夢枕本の方はあまり見かけない。というかデザイン研究書方面で専門的に論じられているのを見たことがない。ほとんど黙殺状態? なんでだろう、ギャグが多いからかなあ。ふざけてるとでも思われてるのかなあ。
左の写真は「春風」という作品からの見開き。それにしても、今だったらパソコンがあるけれど、この頃は写植文字をひとつひとつ手で切り貼りしていたはずで、クレジットに「殺人的写植張り込み(「貼り込み」の誤植?)」となっているのはシャレじゃなく、ホントに殺人的だったんだろうなあと思う(いくらパソコンでだって、たいがい肩の凝る作業だろうけど)。
本書の出版は1985年(奥付には1月1日発行とあるから、実際は1984年末か)だが、表題作が発表されたのは1977年4月、当時筒井康隆が主宰していた同人誌「NULL」誌上とのこと。筒井SFといえば、たとえば1984年の『虚構船団』にはホチキスが口からコ
コ
コ
コ
コ
コと針を吐き出すというギャグがあったが、あのへんは夢枕作品に刺激されたのかもしれない。
●じょうずなワニのつかまえ方
ダイヤグラムグループ著/バベル・インターナショナル訳/主婦の友社/1986年10月刊
ISBN4-07-924260-3
デザイン:シティユニオンスタッフ
ダイヤグラムグループ The Diagram Group はロンドンのライター集団だそうで、試しにネットで検索してみると膨大な著作リストが出てくる。編集企画屋さんって感じなのかな。本書もいかにもコピーライターあたりが喜びそうなネタで、「モールス信号の解読法」やら「涙なしにタマネギをむく方法」やら「ヨーグルトの作り方」やら「指揮棒の振り方」、はては「なべで砂金をより分ける方法」から「召使の心得」「吸血鬼の見分け方」まで、マジなんだかシャレなんだか役に立つのか立たないのか全くわからない、トリビアルな豆知識をなんの脈絡もなく無秩序に並べ立てた本である。
で、そんな雑学本がどうして「伝説のタイポグラフィ本」なのかというと、ここに集められた450以上のコラムのひとつひとつが、みんな異なる書体で組まれていて、しかも使用した写植文字のデータが全て掲載されているから、なのだ。
たとえば右の「タランチュラの飼育法」では「写研・岩蔭太行書/15Q正体」、下の「紹介の仕方」では「モリサワ・宋朝体/13Q右長斜体2」と記されているが、これはいずれも記事本文の文字指定をあらわす。「写研」「モリサワ」はメーカー名、次が書体名で、「Q」は文字の大きさをあらわす(1Q=0.25ミリ≒0.71ポイント)。「正体(せいたい)」は変形せずにそのまま使うことを意味し、「右長斜体2」は文字をタテに長くし、さらに右ナナメに傾ける変形加工の「レベル2」を示す。これで、あとは行間の指定をして写植屋さんに持って行けば、これとまったく同じ組版の写植ができあがってくる、というわけ(厳密に言うと、ベタ打ち or ツメ打ちの指定も必要だけど)。と、本書はその時代に流通していたほぼ全ての写植書体を使いしかもその指定データがこと細かに記載されていたので、写研/モリサワ(他にリョービもある)混在の書体見本帳として、この本は当時のグラフィック・デザイナーから非常に重宝されていた…というハナシを聞いたことがある。このアイディアが日本語版独自のものなのか、原書でもやっていたのかどうかは知らないが、コロンブスの卵級のナイス・アイディアだと思う。まあ、業界人にしかウケなかっただろうけどね(笑)。
このころ、出版界ではまだ活字(つまり活版印刷)が使用されていたが、商業デザイン分野では写植(つまりオフセット印刷)が当たり前で、グラフィック・デザイナーや版下職人たちはまず写植指定のやりかたを覚えることからキャリアをスタートさせていた、という。ちなみに本書が出版された1986年というと、MacintoshによるDTPシステムがアメリカで試み出されたばかりで、デザインワークにパソコンが普通に使われ出すのはまだ先の話だ。
現在の商業デザインはMacで扱えるフォントがスタンダードになっていて、写植や電算写植はどうやらかつての活版印刷のような希少なシステムとなってしまったようだ。写植全盛時代には業界2位だったモリサワはいちはやくMac用フォントの開発に取り組んだけれども、シェアトップを占めていた写研は独自路線を歩み、道が分かれてしまった(ちなみに同社はネット上に公式サイトも開設していない)。写研がデジタルフォントを出せば、使いたがるデザイナーは今でも多いんじゃないのかな。よく知らないけど。
2006 02 01 [design conscious] | permalink Tweet
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