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Michael Flatleyの自伝が出たぞ
●LORD OF THE DANCE My Story
Michael Flatley with Douglas Thompson
Touchstone N.Y./2006年3月刊
ISBN0-7432-9179-4
Designed by Elliott Beard
先日発売されたばかりのマイケル・フラットリーの自伝本。US amazonで予約注文していたのが、今日届いた。ちなみにamazon JPだとこのエントリを書いている2006年3月5日現在まだ「予約受付中」となっているが、USの方ではもう発売中で、すでに読者レビューが1本上がっている。素早いなあ。
まあ、こういう素早い反応(どうやらこの Jeannieさんという方はかなり熱烈なファンっぽいけど)が出てくるのもマイケル・フラットリーならでは、という気がする。
…と、こう書いてきて、しかし、日本でのこの人の知名度ってどのくらいあるんだろう。少なくともアイリッシュ・ダンス・ファンならその名前は知っているはずだが、案外「嫌い」もしくは「興味ない」という人が多いんじゃないだろうか。まあ、そもそもアイリッシュ・ダンス自体がマイナーなジャンルでもあるから、一般的な知名度となると無いに等しいか。
ひとことで言うなら、度重なる日本公演でもはや「ステージ・ショウとしてのアイリッシュ・ダンス」の代名詞となっている《Riverdance》を創った人——となるだろう。もっとも「創った」と言っても、あのプロジェクトにはプロデューサーやディレクターではなく、振付および主演ダンサーとして参加していたに過ぎないのだが、しかしマイケルがいなければ Riverdance があそこまでの成功を収めることが難しかったのは、誰しも認めるに違いない。残念ながら制作サイドと契約問題がこじれたためごく早い段階で解雇されてしまい、彼が Riverdance で主役を務めたのは1995年の秋まで。ショウはその翌年晴れてニュー・ヨーク公演を果たすのだが、シカゴ生まれのマイケルが故郷に錦を飾ることはできなかった。
その Riverdance との“確執”の頃から、いやその前からも、マイケルはカリスマ的な熱狂と痛烈な批判を同時に浴び続けてきた人である。毀誉褒貶が激しいというべきか。女性問題などプライベートな面でスキャンダラスな話題に事欠かないというのもあるが、やはり彼が「アメリカ人」であり続けていることが、「アイリッシュ・ダンス界の異端児」的な存在の理由としてはいちばん大きいように思う。
Riverdance 以降に彼が創ってきた作品——《Lord of the Dance》から《Celtic Tiger》に至るまで——を見れば、マイケルがいかに「いわゆるアイリッシュ・ダンス」を彼なりにショウアップさせようとしているか、その苦闘のあとがよくわかる。登場するダンサーは、男はあくまでマッチョで女はとことんセクシー。本物の火や火薬をふんだんに使ったステージは、セットも衣装も照明もひたすら大仕掛けで超ド派手。そして一度に何万人も集めるような、巨大なスタジアムでの公演を好むなど、どれひとつとっても「従来のアイリッシュ・ダンスの常識」をことごとく覆すようなことばかりを、彼はすすんでやってきた。
そこまでやったらもうアイリッシュ・ダンスじゃないじゃん…という地点にまで、マイケル・フラットリーは達してしまっている。実際、私も Lord of the Dance 三部作の掉尾を飾るビデオ《Michael Flatley's GOLD》(2000年)を観たときは、そのあまりに過剰な「こってり」さに唖然とした。それはもはやアイリッシュ・ダンスを越えた「別の何か」だとも思った。マイケル自身ここでいちど現役を引退しているから、集大成との思いもあっただろう。それに陶酔するにせよ辟易するにせよ、いずれにしろあの過激で過剰なステージ世界を受け継ぎ乗り越えていくパフォーマーは、今後もう二度と現れないだろう、とそのとき思ったものだ。
2005年に彼が《Celtic Tiger》(写真左=DVD、Universal/29469/2005年発売)をひっさげて「現役復帰」したときは、だから本当に驚いた。アルコールのせいで一時期すっかり肥満していた身体からは、さすがに全盛期のような迸るステップはもう影を潜めたが(もちろん年齢のせいもあるだろう)、彼の真骨頂でもある大がかりで過剰なほどの華麗なステージ作りは健在だった。
それにしてもなぜ——と思う。なぜこの人は、ここまで「アイリッシュ・ダンス」にこだわり続けるのだろう、と。なぜなら、アイルランドの神話世界に材を取っていた《Lord of the Dance》以上に、《Celtic Tiger》ではアイルランドの歴史(古代から現代まで)をダンスで表現し、アイリッシュネスをよりストレートに打ち出そうとしているからだ。
演出こそド派手で過激だが、マイケルが使うダンスのイディオムは、実はアイリッシュ独自のそれからはさほど逸脱していない(できない、と言ってもよい)。その点で言えば《Riverdance》がフラメンコやロシアのダンス・チームを起用したのとは好対照だ(事実、当時マイケルは Riverdance で他のダンスを取り入れることには反対していた)。
あえて言うなら《Riverdance》は、アイリッシュ・ダンスをスペインやロシアといった他の国々のダンスと並列させることで「世界と対等に渡り合えるアイルランド」を謳いたかったのだろう。それに対して、マイケルは自身のダンス言語ひとつだけで「世界の全てを語れる」と主張したいのかもしれない。少なくともマイケル・フラットリーにとっては、アイリッシュ・ダンスこそが自分の母語であり、そのステージはだから非常に個人的な思いを発現する場であるに違いない。
自伝の終わり、第5部はずばり《Celtic Tiger》というタイトルだが、そこで彼はこう語っている。
My parents are Irish. So were their parents, and all of my ancestors, going back thousands of years. I may have been born away from home. But if you take all these thousands of years as opposed to the years I've been alive, which do you think is going to win?
So I'm very Irish. Ireland is the closest thing to my heart. There are an estimated eighty-four million people of Irish descent living outside of Ireland. There's four million in Ireland. We're all Irish. We should all stick together.(p.290)
とは言えなぁ。《Celtic Tiger》にはたとえば、アイルランドからの便でアメリカに到着したスッチーのおねいさんが、マイケル扮するパイロット集団とひとしきり絡み合ったあと、緑色(アイルランドを象徴する色だ)の制服をストリップよろしく大胆に脱ぎ捨て、星条旗柄の下着姿でセクシーに腰を振りまくるシーンなんかがしっかり入っているのだ。コレに限らず、場面がアメリカに移ってからはセンセイの好色趣味全開で、そんなセクシー路線(これ自体もかなり今さら感が漂うが)以外にも、星条旗のデザインが至るところで使われている。こういう演出はマイケルのようなアイルランド系アメリカ人以外には、ウケはあまり良くないだろうなあ。
若きマイケル・フラットリーは、北米のアイリッシュ・ダンス選手権大会でチャンピオンになったあと、勇躍本場アイルランドに乗り込み世界選手権大会に出場するのだが、最初はさんざんな結果に終わってしまう。アメリカ人として、というより非ヨーロッパ人としてはじめて世界チャンピオンの座を獲得するのは1975年、三度目の挑戦にしてようやく掴んだ栄冠だった。
アイリッシュ移民の子としてのマイケルと、シカゴに生まれ育ったアメリカ人としてのマイケル。どれほど自分のことを「Irish」であると主張しようとも、彼はどこまでも「Irish American」なのであり、その二重性こそが良くも悪くもマイケル・フラットリーという存在を規定し続けているように、私には思える。彼の創造したダンス世界を、純アイリッシュ・ダンスの文脈で冷静に評価するには、まだかなりの時間が必要なのかもしれない。
【参考/関連サイト】
●Lord of the Dance Japan[lordofthedance.jp](日本のファンサイト)
●Air的・リバーダンス関連用語辞典[riverdance.org](日本でいちばん早くマイケルについて解説したページ)
●BOOK REVIEW by Louise Owen[celticcafe.com](自伝本の書評)
●CELTIC TIGER Official[celtictigerlive.com](Celtic Tiger 公式サイト)
2006 03 05 [dance around] | permalink Tweet
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