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絵を盗む者の論理

 

TheRescueArtist

 
●ムンクを追え!
 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日
 The Rescue Artist by Edward Dolnick, 2005
 エドワード・ドルニック著・河野純治訳/光文社/2006年1月初版
 ISBN4-334-96187-8
 装幀:木佐塔一郎
 
 ムンクの『叫び』の盗難事件といえば、2004年8月22日に、オスロのムンク美術館から『マドンナ』などとともに白昼堂々と強奪された事件が記憶に新しい。私もこのブログで触れたことがある(参照)。
 この本は同じムンクの『叫び』の盗難事件を追ったノンフィクションだが、こちらはオスロ美術館事件のちょうど10年前、1994年にノルウェイ国立美術館から盗み出された事件の顛末を追ったものだ。ちなみに、ムンクが描いた『叫び』は4点あり、そのうち重要作とみなされているのが2点だが、そのひとつが94年に、そしてもうひとつが04年に犯罪に巻き込まれてしまったことになる。野次馬的な興味だが、2004年の事件はアテネオリンピックの真っ最中であり、1994年の事件はこともあろうに地元ノルウェイでのリレハンメル冬季五輪の開会式の早朝に起こった出来事だったのが面白い。いや、面白がってちゃいけないんだろうけど。
 
 邦訳の表題は『ムンクを追え!』で、内容もムンク事件が主な主題なのだが、途中、過去のさまざまな美術品盗難事件やそれを演じた犯罪者たちのエピソードがたくさん散りばめられていて、ちょっとした西洋美術史外伝にもなっている。
 ともあれ、1994年の『叫び』は、同年5月に無事犯人の手から取り戻すことができた。本書にはその一部始終が描かれているが、とても面白い。いや、面白がってちゃ…。いやいや、やっぱり「とても面白い」のだ。まるで映画かなにかのように。
 そう、ノンフィクションだと思って読んでいるのだが、とてもそうはおもえないほど、本書はあまりにもドラマに満ちている。翻訳書だから余計にそう思うのか、よくできたフィクションを読んでいる気分になってしまうのだ。
 本書の「主役」はロンドン警視庁のチャーリー・ヒルという男。囮捜査の専門家で、この人物のキャラクターがあまりに強烈で、まるで小説の登場人物のようなのだ。このほか、本書に登場する窃盗犯も捜査官も、みなそれぞれに濃いキャラばかりで、そのへんも「ノンフィクションぽくない」と思わせる理由だろうか。
 
 なんでノルウェイの泥棒に英国の警察がからむのか? かいつまんで言うと、美術品盗難事件の捜査には、ほとんどの国の警察はあまりあてにならないんだそうだ。メディアが大騒ぎするほどには、どこの国の警察もあまり本腰を入れないらしい。だいいち、美術館自身が、盗難防止に必死になっているとはとてもいえないのだそうだ。だから『叫び』だけでなく、同じ絵が何度となく盗まれるという目に遭っている。どうも美術界は、盗難防止設備や盗難保険にはあまり熱心ではないらしい。
 
 私が昔から不思議だったのが、こういう「世界的に有名な名画」を盗んで一体どうすんだ、ということだった。売ろうにも、誰でも知ってる絵なんて買い手がつかないんじゃないのか。
 この本には、そんな「盗人の論理」にも触れている。ある犯罪者の曰く
 どうして絵画を盗むのか。(中略)絵画には盗む価値がある。なぜなら価値があるからだ。どんな価値かと問われれば、それは“盗む価値”としか答えられない。(中略)
「盗むのがとても簡単なブツがある場合、売れるかどうかなんてことは、どうでもいい。盗むのが難しいブツの場合は、売れるかどうかをきちんと確かめなきゃいけない。苦労して盗んだのに、売れなきゃ困るからだ」
 盗んだものはどうするのか?(中略)
「いいか、売れようが売れまいが関係ない。とにかく盗むんだ。(後略)」(p.316)

 そこに山があるから登るんだ——。まるでそう言わんばかりの論理である。しかし、私は妙に納得した。世界的な“名画”を鮮やかな手口で盗み出したとなると、同業者の間でそれなりの箔が付くということもあるだろう。
 しかし、「名画盗難」にもっとも興奮し熱狂しているのは、実は他ならぬ私たち一般の庶民なんである。レンブラントが盗まれたといっては騒ぎ、ムンクが盗まれたといっては新聞記事に目を凝らす、そういう「普通の人々」がたくさんいるからこそ、名画は盗まれるのだ。
 そもそも「絵の価値」とは何だろう。名画はどうして何億円、いや何十億円もの値段が付くのだろう。一枚の絵画作品に法外な値段が付くようになったのはたかだかここ数十年のことだが、その「値段」はいったい誰が決めているのか。
 
 私たちは展覧会に出かける。あるいはコンサートに足を運ぶ。どうして絵を見に行くのか。なぜなら価値があるからだ。どんな価値かと問われれば、それは“見に行く価値”“聴きに行く価値”としか答えられない…のではないだろうか。盗人の説く論理と私たちとのそれは、ほんの紙一重の差しかないようにも思える。もし違いがあるとすれば、それが合法か違法かだけの差(むろんそれは大きな差ではあるが)でしかないのではないか。そもそも、その「価値」を決めているのはいったい誰か。どうやら自分一人で価値を決めているのでもないんじゃないか。ある展覧会について「これは見に行く価値があるぞ」と決めるのは、いったい誰なのか——。本書を読んでいるうちに、そんな哲学的とも言えそうな命題にぶつかって、私は少なからずとまどってしまったのである。
 
 
 2004年8月22日にオスロ美術館から盗まれた『叫び』は、いまだ見つかっていない。盗難事件からちょうど一年たった2005年8月22日、時事通信はこんな記事を配信していた。
ムンクの「叫び」はもう戻らない?=強奪から1年 
2005年 8月22日 (月) 11:40(時事通信)
 
【オスロ21日】ノルウェーの画家エドバルト・ムンク(1863−1944)の有名な絵「叫び」(スクリーム)と「マドンナ」がオスロのムンク美術館から強奪されて22日で1年になるが、同美術館はこれら傑作を永久に取り戻せないとあきらめているようだ。同美術館のスポークスウーマンは21日、「望みを捨てたわけではないが、長い時間がたったので、盗難作品を見つけ出す可能性は薄れている」と語った。
 
2つの絵は武装した覆面の2人組が白昼、肝をつぶす見学者たちの前で、館員を銃で脅して強奪した。ノルウェー警察は事件に最優先で取り組み、数人を逮捕したが、彼らは端役を務めただけと見られている。オスロ市は絵画発見につながる情報提供者に200万クローネ(約3400万円)の賞金を出すと発表したが、ノルウェーのメディアによれば、新しい手掛かりはなく、捜査は行き詰っている。タブロイド紙によれば、犯人たちは足跡をくらますため絵を破壊した可能性があるといわれる。
 
犯人たちの動機もよく分からない。専門家によれば、両方の絵は合計1億ドル(約110億円)の価値があると見られるが、あまりに有名な作品のため、売りさばくのは難しい。犯人側から「身代金」の要求もきていない。
 
事件以来閉鎖されていたムンク美術館は、警報システムなど防犯体制を一新し、今年6月に再開された。〔AFP=時事〕

2006 03 26 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

大変興味深く拝見。本も読んでみようかと思いました。
盗品だけの裏高級オークションや、大金持ちの隠しコレクションに
陳列される運命とか、世界の無くなってしまった美術品をネタに
お話ができたりしますが、実際どうなっているんでしょうね。

posted: ひで (2006/03/26 22:25:49)

 コメントありがとうございます。
 そうそう、アラブの石油王とかが密かに集めてたりするんですよね。で、窃盗団の来襲を事前に察知した学芸員が、実はこっそり贋作と入れ替えていた!とか(笑)。
 でも、もし自分が大富豪でも『叫び』はあまり欲しくないなぁ。あの暗い絵を、屋敷のどこに飾れと(^_^;)
 
 まあ、本書によると、現実にはそういうことはなくて、おカネのかわりとして闇から闇に流されるってことらしいですが。

posted: とんがりやま (2006/03/27 18:33:57)

 

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