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デジャヴのような

 
 最近読んだマンガから、2冊。
 

moroboshi

 
●グリムのような物語 トゥルーデおばさん
 諸星大二郎著/朝日ソノラマ/2006年2月初版
 ISBN4-257-90546-8
 装丁者名記載なし
 
 諸星大二郎の(たぶん)最新刊。隔月刊誌『ネムキ』[asahisonorama.co.jp]に2002年〜2005年にかけて連載されたものをまとめたもので、ネムキといえば『栞と紙魚子』シリーズを連載していた雑誌じゃなかったっけ。あの連作は大好きだったので、一も二もなく買った。
 この作品は完全なオリジナルではなく、表題でわかるようにグリム童話を諸星流にアレンジしたものだ。グリムといえば、「本当は怖い〜」とかなんとか、そういう題の付いた本がちょっとしたブームになったのって、もう5〜6年くらい前になるんでしたっけ。私はなんとなく世間で流行ってるらしいという情報だけで、当時どれひとつ読んでいなかったクチだけど、童話とか童謡の類は、解釈次第ではホラーだよなあ、とは思っていた。
 諸星大二郎もけっこう怖い話を描くので、そういう意味ではハマりすぎなんじゃないかな、と思って読み始めたんだけど、『栞と紙魚子』同様、確かにコワいんだけどどこかすっとぼけている読後感で、面白かった。
 
 元ネタにしている童話は〈赤ずきん〉や〈ヘンデルとグレーテル〉など誰でも知っているものもあるが、表題作の〈トゥルーデおばさん〉は知らなかった。〈ブレーメンの音楽隊〉や〈いばら姫〉あたりは、タイトルは間違いなく知っているけどどんなストーリィだったか思い出せない。うーん、そういえばグリムにしてもアンデルセンにしても、きちんと読んだことってなかったかもしれない。こういうのって、子供のころに絵本で読んだだけで、その後しっかり読み直すってことがあんまりないしなあ。
 何年前だかのグリムブームには完全に乗り遅れたけれども、この機会に童話をいろいろ読み直してみようかな。著者が原作をどうアレンジしたのか、やっぱりもとを知ってないとわからないしねえ。とはいえ、原作をあまり覚えていない私でもこの作品集を面白く読めたのも確かではあります。
 収録作品8篇のうち、〈ラプンツェル〉がいちばん好き(これも原作を知らない)。他の作品は悲劇にしろ喜劇にしろ、わりとわかりやすいオチがついているんだけど、この作品は奇妙な余韻を残したままで、読後しばらく夢の中を漂っているようだった。ワケがわかるようでわかず、滅茶苦茶なようで筋が通っているような通っていないような、悪夢ではあるんだけれどももう一度見たいような見たくないような…そんな浮遊感を味わえる作品だと思った。
 
 
bannies

 
●短編マンガ集 バニーズ ほか
 笠辺哲著/小学館IKKI COMIX/2006年2月初版
 ISBN4-09-188308-7
 装丁:笠辺哲+山本淳洋
 
 夢…といえば、私はよく夢を見るほうで、それも同じシチュエーションが多かったりする。シチュエーションというか、舞台が同じというか。(ああ、またこの街か)などと、夢の中で思ったりする。現実に自分が住んでいる街ではない。似ているんだけれども全然違っていて、たぶんこれまでに見た風景が記憶の中で無秩序にリミックスされているだけなんだろうけど、夢の中ではその「街」が子供の頃から今に至るまでかなり長期にわたって何度もあらわれるから、それはそれでどこか郷愁に似た感情さえ抱いてしまっている。
 
 私の「夢の中の街」は「現実とは別の、それはそれ」として別フォルダにメモリされているような感じだけれど、初めての経験なのに、以前どこかで確かにおなじような光景に出会った気がする…という感覚を「デジャヴ」と言うんでしたっけ。笠辺哲の処女短編集『バニーズ ほか』を読んだ時は、デジャヴのような、そうでないような、ちょっと不思議な感覚に陥った。
 
 
 まず、このひとの描くキャラクターからして「どこかで見たような」感がいっぱいなんである。少女マンガかあるいは少年マンガか、以前こういう感じの絵を見たことがある気がするんだけれども、かといって具体的に誰だったか思い出せない。「誰かの絵に似てる」というのともちょっと違う。昭和中後期あたりのちょいレトロ、略してちょいレトな(略すなよ)画風だから余計にそう思うのかもしれないが。
 
 書き下ろしを含む9篇の作品が収録されているが、ストーリィの方も「どこかでみたようなそうでもないような」感でいっぱい。これはオリジナリティに乏しいと言いたいのではなく、むしろその逆なのでお間違えなく。あまりに独創的な設定だと作品世界になかなか入り込めないけれど、この作品集はとてもスムーズに入っていける。そして、むしろ「ありがちな発端」からどこでどういう風にどんでん返しするか、そのあたりが作家の腕の見せ所のはずで、私は実に気持ちよく何度もどんでん返されました。
 
 新宿駅新南口のコインロッカーがタイムトンネルになる〈ロッカー貿易〉、わらしべ長者を下敷きにした〈渡る世間〉、惑星民俗学者のお話〈イパネマの娘〉あたりがお気に入り。コテコテの関西弁の宇宙人がかわいい〈エデュケイション フロム アウタースペース〉の非情さ加減も捨てがたい。まことにヒドいエンディングだけど(笑)。
 
 同じ著者のはじめての連載作『フライングガール』第一巻(小学館IKKI COMIX/ISBN4-09-188309-5)もこのあと出たが、こちらも適度に牧歌的、かつ非常にヒドくていい感じ。続刊が楽しみであります。

2006 03 13 [booklearning] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

私も諸星はけっこう好きで、たいていの本は持ってるんですが
これは見たことないなあ、と思ったら、つい最近出たものなんですね。
この人の作品は、どれも基本的には怖いんだけど
なんとなくにくめないというか、
ちょっと笑ってしまうようなところが良いですよね。
諸星作品は中国とかアジアを題材に使ってることが多いけど
ヨーロッパってのはあんまり見かけたことがありませんね。
「栞と紙魚子」同様、少し少女漫画っぽい作品になってるのかな?

絵は相変わらずうまいんだかヘタなんだか、ですね(笑)。
私もさっそく手に入れて読んでみようと思います。

posted: しのぶ (2006/03/15 1:38:21)

 コメントありがとうございます。
 そうですね、掲載誌がネムキだけに、やはり女性が主人公の作品が多いです。そのあたりは栞と紙魚子シリーズを引き継いでますね。

>ヨーロッパってのはあんまり見かけたことがありませんね。
 中世ヨーロッパのどこかの国のお話かしらん、と思って読み進めていると、オチでいきなり○○風に…とかいうのもあって、笑いました。他の中国やアジアを舞台にした作品とは違い、西洋は苦手意識があるのかな、どこか作者も手こずっているような気はします。

 絵は…うーん、この人は相当うまいと、私は思いますよ。

posted: とんがりやま (2006/03/15 22:18:43)

というわけで、さっそく買ってきました!!
本屋に行ったら目立つ場所に平積みされてたので少しビックリ(笑)。
やっぱ映画の影響なんでしょうか。
「トゥルーデおばさん」は私も知らなかったので原作を知りたくなりました。
きっと結末は違うんでしょうね~。
「鉄のハインリヒ」は巨神兵が出てきて「あれ?」って思ったけど
巨神兵のような物(者?)はヨーロッパの伝説などでは
ポピュラーな存在なのかしら?

ヨーロッパの童話を題材にしたものであっても
やっぱり諸星ワールドは全開で、
「Gの日記」の1ページ目から「わあ、諸星だー」と叫んでしまいました(笑)。

posted: しのぶ (2006/03/25 2:50:10)

おーっ、買われましたか(^_^)
>やっぱ映画の影響なんでしょうか。
そうそう、この本とは関係ないですが、最近やたらレオナルド・ダ・ヴィンチ関係の本が目立つところに置いてますね。
やっぱ映画の影響力ってすごい…。

>巨神兵
どうなんでしょうねぇ。北欧神話にはわりと巨人の話がでてきますが、ゲルマン系も同様なのかな。「鉄のハインリヒ」のアレは“風の谷”というよりモロに“天空の城”ですよね(笑)。
まあ、宮崎さんも諸星マンガから影響を受けているそうですので、やはり相互に呼応しあうところがあるのかもしれませんね。

posted: とんがりやま (2006/03/26 20:38:16)

 

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