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[book]:Latino Latino!

 

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●南米取材放浪記 ラティーノ・ラティーノ!
 垣根涼介著/幻冬舎文庫/2006年4月刊
 ISBN4-344-40765-2
 カバーデザイン:米谷テツヤ
 カバーフォト:垣根涼介
 
 電車の中での暇つぶし用に、と何の気なしに買ってパラパラと読み始めて、一気にのめり込んでしまった本。
 
 本書は Web Magazine 幻冬舎 のVol.54(2002年8月1日号)から Vol.84(2003年12月15日号)まで連載されていた紀行エッセイ〈南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン〉がもとになっている(書籍化に際し全般にわたって加筆修正されているようだ)。文庫本の方は写真がモノクロでわかりにくいので、文庫化された今でもウェブ版にアクセスできるのはありがたい。
 ただ、文章そのものは本の方が圧倒的に読みやすく感じるのは私がオジサンだからかな。ウェブマガジンの方も行間をゆったり取って読みやすさに配慮されたデザインだと思うんだけど、パソコンで読んでるとどーも文章がアタマに入りにくいんですよねえ。「ウェブで読んだからいいや」という方も、文庫の縦書きテキストで読み直すとまた違った読後感を得られるかも。
 
 
 白状すると、著者の名前はこれまでまったく知らなかった。なにしろ、ふだん小説のたぐいはほとんど読まないのであります。
 この紀行エッセイは、小説『ワイルド・ソウル』(大藪賞+吉川賞+日本推理作家協会賞受賞作)の取材のために南米を旅した時のものとのこと。ブラジルとコロンビアに暮らす戦後日系移民一世の人々に会いに行くのが旅の目的だ。
 インタビューそのものは、しかし本書にはあまり出てこない。大事な部分は小説に生かされているんだろう。これはぜひとも『ワイルド・ソウル』を買ってこなくちゃ。
 
 旅は2ヶ月間、サン・パウロを皮切りに20以上の街を巡っている。たぶん、けっこうなハードスケジュールだと思う。心身共にタフでなければ、こういう旅はできないんだろうなあ。立ち寄る街には治安の良くない地域もかなり含まれているから、危ない目にも遭っている。でも、著者はその危なさを冷静に見つめているところがあって、ヤバい場面でも飄々と切り抜けるのがハードボイルドっぽくて格好いい。地元のチンピラや物乞いと怒鳴りあいの大ゲンカを演じるなんて、私みたいなヘタレなんかにゃ逆立ちしてもできないなぁ。
 
 さすが小説家だけあって——という言い方がいいのかどうかわからないが、著者が出会うどの人物も、みなとても魅力的に描かれている。まるでドラマのなかの登場人物のような、ひとクセもふたクセもある人間ばかりだ。これは南アメリカという土地柄なのか、あるいはそういう人間を呼び寄せる著者の人柄のたまものなのか、おそらくはその両方がいい具合にからみあっているのかもしれない。
 
 
 この本を読んでいてもっとも胸に響いたエピソードをひとつ、最後に引用させていただく。冒頭に書いたように、もともと私は電車の中での暇つぶしのつもりで買った本なのだが、夢中で読み進み、ここへきてほとんど泣きそうになった。正直、少し困った。
 
 * * *
 
 著者はサン・ルイスという海岸沿いの街へ向かう飛行機の中で、著者と同い年の女性エルレインと知り合う。機内で会話が弾んだこともあって、彼女に誘われるままサン・ルイスからバスに乗り、ある小さな田舎町に向かう。町に着いたときにはすっかり夜も更けていた。
 

「ここがあたしの生まれた町」エルレインは満足そうに言った。「でも、もうすぐこの灯りは消える。だからその前にどうしても見せたかった」
 うまく言えないが、その瞬間、ぼくは危うく泣き出しそうになった。
 ゆっくりと灯台まで歩いていった。ライトアップの光で、自分たちの影が足元から四散して踊っていた。
 灯台まで行き着き、岬の突端から背後を振り返ると、エルレインの生まれ育った町の全景が望めた。人家の灯りがところどころに散らばっている小さな町だ。少し潮風が吹いていた。彼女は髪を押さえながらぼくを振り返り、笑いかけてきた。
 あなたは今、自分の住んでいる町を愛しているか、と。
 ぼくはその予想外の質問にうろたえた。挙句、答えた。
 いや、と首を振った。気に入ってはいるけど、とても愛すまではいかないよ、と。
 当然だろう。同じ質問をされて、一体どれほどの日本人がそうだと答えられるだろう。
 すると彼女はまた笑った。鼻の穴を思いきり膨らませ、両手を広げ、こう言ってのけた。
 あたしはこの世界を愛しているよ。ぜんぶ、全部好きだよ。
 だからあなたもそうすればいい、と。
 
 ぼくはたぶん、この言葉も一生忘れない。(pp.135-136)

2006 04 14 [wayfaring stranger] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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