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ヌレエフ版『白鳥の湖』の悲劇性について考えてみた

●パリ・オペラ座バレエ団 2006年日本公演プログラム
財団法人日本舞台芸術振興会発行/2006年4月
デザイン:プラスアイ(箭内早苗)
* * *
…一人の青年がいる。性格は、どうも暗い。ちょっと引きこもり気味なところもあるようだ。成人したばかりだが、さぁこれから社会に出てバリバリ活躍するぜ、というような気概はあまりみられない。
ニート、と呼ぶとちょっとアレかもだが、ま、それに近いかもしれない。
現実を受け入れたがらず、むしろ空想というか妄想というか、よく言えば自分なりの理想は持っており、しかしそれを現実世界のなかにはまだ見いだせていない。
そんな息子に、惜しみない愛を注ぐ母親がいる。彼の父親は亡くなったのか、あるいはどこかに単身赴任中なのかわからないが、とりあえず彼とその母親の日常には入ってこないようだ。快活で賢しらな家庭教師がおり、彼の教育を一手に引き受けている。家は裕福で、おそらく名門の一家なんだろう。
引きこもりのニート青年は、成人の祝いに弓を貰う(あぶねーって)。家にこもってばかりいないでちったぁ運動しろよこのガキ、といったところか。青年は言われるまま、弓を持って夜の湖に散歩に出かける。…をいをい、狩りに行くなら昼間だろーが。なんで夜に徘徊するかね。だからてめーは暗い奴だと(以下略)。
ともあれ、その湖畔で彼はこの世のものならぬ“美しい存在”と出会う。これだ、と彼は確信する。そういえば、ママンから「そろそろお前も結婚しなきゃねぇ」と言われていたんだっけ。しかし彼は生身の女にどうも興味がもてないのである。きっと二次元アニメキャラにしか萌えない奴なんだろう。知らんけど。
さて、母親は息子を溺愛しているんである。うちは名門なんだかんね、というプライドも少なからず持っているかもしれない。世界各地から選りすぐりの美女を取り揃え、息子にお見合いさせる。よりどりみどり、どれでも好きなのをお選びなさいましな。
しかし青年は誰も選ばない。さっきも書いたが、残念ながら彼は三次元には萌えないのである。彼の心は、ゆうべ見つけた“オデットたん”に萌え萌えなんである。するとそこへ、「ちわー。ロットバルト商会でーす。息子さんがネットオークションでゲットされた等身大フィギュアをお持ちしましたー」と商人がやってくる。
パッケージのイラストはゆうべ見た“オデットたん”に限りなく似ているが、ちょっと派手になってるよーな気もする。“オデットたん”ってこんな黒服コスチュームだっけ? 昨日は白いメイド服だったのになー。
しかし、残念ながら息子にはそこんトコを見抜ける力がなかった。なにしろ世間ズレしてない、ウブで純真な奴なんである。「うーん、ちょっと違う気もするけどー、でも“オデットたん”だよねきっと。萌え〜」と、喜んで飛びついてしまうのである。「ボク、彼女といっしょにいたいのー」
息子のたっての願いに、母親も「あらまあ、じゃあしょうがないわねえ」と納得する。ところが、箱を開けてみるとそれは“オデットたん”ではなかった。よく似ているけれどまったく違う、ツンデレ腐女子キャラ(?)の“オディールたん”だったのだ。おまけに請求書はとんでもない金額だった。なんのことはない、「一人でできるモン」とばかりに生まれてはじめて一人で挑戦したネットオークションで、彼はものの見事に詐欺にあってしまったのだ。しまったダマされた、と言ってももうアフターフェスティバル。ロットバルト商会の営業マンはたちまちヤクザと化して家屋敷を抵当に取り、高笑いしつつ去ってしまった。母親はショックで寝込み、一家は破産。かわいそうな青年は、思い出の湖畔でひとり泣き崩れるのでありました…。
* * *
世界中のバレエファンからぶっ殺されそうだが、今回パリ・オペラ座バレエ団が上演した『ヌレエフ版 白鳥の湖』を、私はざっとこんな感じに受けとった。いや、もちろん、ネットオークションとかは“モノの喩え”でありますよ(^_^;)。舞台上でジークフリート王子がパソコンをかちかちやってるシーンなんてありませんので、誤解なきよう(誰も間違わないって)。
『白鳥の湖』にはさまざまなヴァージョンがあって、異色といえば最近ではマシュー・ボーンが試みた『オール男性版白鳥』などもあるのだが、ルドルフ・ヌレエフが演出・振付を手がけたこのヴァージョンも、なかなか興味深いものだった。なにより、エンディングの救いの無さが、リアリティがあってたいへんよろしい。
だいたい、昔の『白鳥』では、結末は王子の愛の力が悪魔ロットバルトを打ち負かすハッピーエンドになっていたと思う。お祝いで貰った弓矢が、その武器として最後に使われていたんじゃなかったっけ。紆余曲折はあるものの最後は真実の愛が勝つんだぁ、正義はやっぱり強いんだぁ、みたいなシンプルなドラマは、しかし、もはや現代の観客にはウケないんでしょうかね。
上にだらだらと書いた私の“解釈”、おいおいヌレエフはそんな演出なんかしてねーよバカ、と多方面からお叱りを受けそうではある。でもですね、こういう感じの受け取り方も、なんかイマどきの日本のいち風景ぽくてアリじゃね? こんな一家、ふつーに新聞ダネになってね? などと思ってしまうわけで。もちろん、ヌレエフはなにも21世紀の日本の風景を予見してこの『白鳥』を創ったわけではないとしても(パリ・オペラ座の初演は1984年10月)。
女性客の感想はさておき、男性からすればいろいろ身につまされるっつーか、とりあえずモラトリアムな男の子(ジークフリート王子)の視点からこの物語を眺めるならば、こんな風に読めるんじゃないかと思うのだ。そういう点では、家庭教師と悪魔ロットバルトを一人二役で演じてるってのも意味深だよな。母親(王妃)も含めて、ジークフリート青年を取り巻く人々は、全員彼に対する抑圧者でしかないんだもんな。そりゃ息子は“非現実”に逃げようとしてもおかしくないんじゃないかなあ。
私が観た回の王子役はエルヴェ・モローが踊った。第一幕・第二幕あたり、ちょっとバランスを崩しかけていたり、ぴたっと制止すべき部分でぐらついていたりしていたが、それが別に失敗には見えず、逆に王子の頼りなさというか情けな〜い感じというか、ある意味こころの不安定さを表現していたかのようにも思えた。たとえば、これが筋肉隆々のマッチョ王子だったら、私とて上記のような“解釈”はしなかっただろうと思う。他のダンサーの回を観ていないからなんとも言えないところもあるんだけれども(他の回のキャストはこちら[nbs.or.jp])。
第二幕、第四幕の白鳥の群舞は圧巻。ほんとに“この世のモノとは思えぬ”美しさで、ただただ溜息。なるほどこりゃあヒッキー王子でなくとも夢中になるわ。こんなの見せられたら人間のオンナはいらねーや、という気になるよな…あ、そもそもオデット姫はじめ白鳥たちは、ロットバルトの邪悪な魔法で白鳥にさせられていたって設定でしたっけね。しかし、王子こそがオデット姫とその“美しさ”を<発見>できたのは、彼が普段から“現実ではない何か”に対する感受性の高さを持っていたからだとは言えるだろう。たとえば母親や家庭教師が同じように深夜に湖を歩いたとしても、彼らには“オデット”は見つけられなかったはずだ。同じように、王子が簡単にダマされてしまうのも、要はその純真さ故に…ではあるんだろうけど。
以下余談。その白鳥の群舞の場面、どすんどすんとやたら足音が大きく響いていたような気がする。タップダンスの舞台じゃあるまいし、もちろん足元にマイクを附けてる筈もないので、単に音楽が静かなパートになった時にことさら耳に入っただけなんだろう。けれど、靴音を音楽の一要素として聴かせる種類のダンスではないだけに、たとえば一斉にジャンプして一斉に着地する際の音が、揃ってるようで揃っていない感じがなんとも微妙だった。ま、トゥシューズの着地音やキュッと鳴る音って、歌舞伎における黒子役と同じく「無いモノ」として受け流すのが正しいバレエ鑑賞者のありかたなんでしょうけどね。私はたまたまタップダンスやアイリッシュなどの打撃系ダンスを観る機会が多いので、余計に気になっただけなのかもしれない。それだけに、ときおり着地音と音楽とのタイミングがピタッと合った時は、それはやっぱりえもいわれぬ快感でありました。
パリ・オペラ座バレエ団 日本公演<白鳥の湖>全4幕
○音楽:ピョートル・I・チャイコフスキー
○振付・演出:ルドルフ・ヌレエフ(プティパ/イワーノフに基づく)
○装置:エツィオ・フリジェリオ
○衣装:フランカ・スクァルチャビーノ
●オデット/オディール デルフィーヌ・ムッサン
●ジークフリート王子 エルヴェ・モロー
●家庭教師ヴォルフガング/ロットバルト ステファーヌ・ファヴォラン
○指揮/ヴェロ・ペーン
○演奏/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
○音楽:ピョートル・I・チャイコフスキー
○振付・演出:ルドルフ・ヌレエフ(プティパ/イワーノフに基づく)
○装置:エツィオ・フリジェリオ
○衣装:フランカ・スクァルチャビーノ
●オデット/オディール デルフィーヌ・ムッサン
●ジークフリート王子 エルヴェ・モロー
●家庭教師ヴォルフガング/ロットバルト ステファーヌ・ファヴォラン
○指揮/ヴェロ・ペーン
○演奏/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
(2006年4月22日マチネー・東京文化会館大ホールにて)
2006 04 24 [dance around] | permalink
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