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NDT I

 

Ndt1

 
●ネザーランド・ダンス・シアター I Nederlands Dans Theater I
 滋賀公演 2006年6月25日 びわ湖ホール 大ホール
 東京公演 2006年6月28日・29日 新宿文化センター 大ホール
 
 公演パンフレット:
 発行・編集 カンバセーションアンドカムパニー
 デザイン:柳沼博雅(VERSO)
 
 
 プログラムは三つ。イリ・キリアン振付の〈Toss Of A Dice〉(2005年初演)、ポール・ライトフット/ソル・レオン振付の〈Signing Off〉(2003年初演)、そしてヨハン・インガー振付の〈Walking Mad〉(2001年初演)。どの作品もそれぞれ見応えがあった。
 
 〈Toss Of A Dice〉は、詩人ステファヌ・マラルメの絶筆「骰子一擲」を モチーフにしているという。全編にわたって女声で詩の朗読が流れるのだが、それがどうやら「骰子一擲 」らしい。フランス語なんで何を言っているのかさっぱりなのがクヤシイところである。帰宅途中に本屋に立ち寄ってみたが詩集は見あたらず、帰宅してネットで検索しても同書の邦訳は品切れで、入手が難しそうである。残念。
 なので、以下の私の感想は制作者の意図とは全くかけ離れたものかもしれないのだが、備忘録がわりに記しておこう。
 
 舞台装置、というか巨大なオブジェ作品がこの舞台には使われる。彫刻家新宮晋氏がキリアンの依頼により製作した、動く彫刻だ。ジュラルミン製だそうだが、鋭利なナイフのような細長い物体が4本、細いパイプで繋げられていて、それぞれがくるくる回る。それがステージ上方からワイヤーで吊されているのだ。
 舞台上では計12名のダンサーが音楽と詩の朗読にあわせて踊るのだが、天井からはこの4本の刃物が静かに動いている。ときどき隠れたり、かと思えば左右に移動したり。照明にあたって時々鋭く光るのだが、これが非常にコワい。
 
 私は特に先端恐怖症というわけでもないと思っているのだが、しかしこんな鋭利な金属が頭上で蠢いていると、それだけで手に汗を握ってしまう。まさかとは思うが、万一不慮の事故でワイヤーが切れてしまったら、真下にいる生身の人間はひとたまりもないだろう。オブジェはしかし、音もなくただ静かにゆっくり回り続ける。
 
 このオブジェが何を象徴しているのか、そこらへんは観る人によって受け取り方が違うだろう。休憩時間に後ろの席に座っていたカップルは「あれは星じゃないか」と話し合っていた。
 私はそれを、人間に突きつけられた宿命のように思った。あるいは、ギリシャ神話のダモクレスの剣。しかもそれは、うねうねとランダムかつ自在に動くのである。ダモクレス×ロシアン・ルーレットである。逃れようにも逃れられない、まるで金縛りにでもあったかのように、ダンサーたちはその下で踊り続けるのだ。
 
 気がつけば、オブジェは徐々に高度を下げている。最後はほとんど頭を貫ける位置にまで降りていた。あのオブジェの動きは外部からコントロールできる仕掛けになっているんだろうか。それとも「骰子の一振り」のように、オブジェ自身の動くまま、その瞬間の偶然性に頼っているんだろうか。おそらく後者ではないかと思うのだが、鋭い切っ先と戯れるかのように踊るラストの数分間は、私の中に鮮烈な印象を残した。
 
 
 〈Signing Off〉は大小のスクリーンやホリゾントに掛けられた布の仕掛けが面白い。使用されている音楽はフィリップ・グラスの「バイオリンとオーケストラのためのコンチェルト」より、ということだが、音楽が少々古典的な意味でドラマティック過ぎるようにも感じられた。
 それと、これは三作品に共通するのだが、照明の使い方が計算し尽くされていて、とても洒落ている。私はモダン〜コンテンポラリー・ダンスを観る機会はほとんどないのだけれど、衣装や装置をできる限りシンプルにし、余分な要素を極限まで削ぎ落とす舞台は、だからこそ装置のひとつ照明のひとつにまで神経が行き届いていて、観ていてたいへん気持ちいい。クライマックスで、ホリゾントの黒い布が大瀑布のようにこちらに向かってなだれ込んでくるかのような演出も迫力があった。
 
 
 装置の使い方の面白さでは、最後の〈Walking Mad〉も見応えがあった。こちらは前二作と違ってかなり具体性を帯びた作品で、コミカルなシークエンスが多く、よく受けていた(客席の一部に、いくらなんでもウケすぎじゃないか、と思うくらいケタケタ笑っていた一群がいたが、かなり熱心なファンだったのかな)。衣装(クラシカルなスーツやワンピース、帽子)や装置(隠し扉のついた古い木製の塀)を使った、セクシャルな意味合いがたっぷり含まれている作品だ。「トム&ジェリー」ばりのドタバタの追っかけをしているバックでは、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」が盛大に鳴っていて、なんだかそれだけでも充分おかしい。このコメディが、後半のシリアスさを余計に引き立たせるのだろう。「面白うて、やがて哀しき」作品だった。
 途中、音楽がふっとミュートするところがあったんだが、あれはひょっとして音響事故だったんだろうか。私はそういう演出と受け止めて、面白いことをやるなと思っていたんだけど、実のところはどうなんだろう。
 
 
(2006年6月25日・びわ湖ホールにて)

2006 06 25 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

 マラルメの詩集は鈴木信太郎訳の岩波文庫が手に入りませんか。
 それと、図書館に行けば、筑摩書房の『全集』があるはずです。
 井上究一郎のフランス訳詩集がちくま文庫に入ったとおもいますが、ひょっとするとそのなかにもあるかも。
 マラルメの詩は一つの語に究極ともいえるほど何重にも意味がこめられていて、到底翻訳では捉えつくせないそうですが、多分、フランス語ができたとしても簡単にはわからんでしょうから、もののわかった人の翻訳をいくつも読む、というのが凡俗にできるところかと。

posted: (2006/06/26 12:11:39)

 いつもありがとうございます。
 岩波文庫には入ってないです。15年ほど前に思潮社から単行本が出ていますが、それでなければ筑摩の全集かな。いずれにしろ図書館とは縁遠い生活ですので、機会をつくるのもちょっとした苦労です。
 もっとも、私の場合はマラルメの詩を「理解したい」というよりも「感じたい」という方が正確かもしれません。発せられる言葉のイメージが、その瞬間のダンサーの動きとどう調和(あるいは対立)していたのか。細かな意味内容や解釈などはどうでもよい——と言ってしまえば乱暴ですが、それよりも音楽として感じてみたいと思いました。そういえばこの作品には音楽も使われていたはずなんですが、こちらに余裕がなく、そこまで覚えていません。せめてあと3,4回くらいは観たいなあと思いました。
 もうひとつ、「骰子一擲 」にはタイポグラフィ作品としての、ビジュアル的な関心もあります。ならばなおのこと翻訳ではなくオリジナルを手にするべきなんですが、それこそそんじょそこらの図書館には置いてないだろうしなあ(^_^;)

posted: とんがりやま (2006/06/27 13:22:33)

 岩波文庫の鈴木信太郎=訳の『マラルメ詩集』は最近重版再開されてました。
 「骰子一擲」のタイポグラフィまで日本語で再現されているかは、未確認ですが。
 筑摩の『全集』では確か再現されていた気がします。
 オリジナルを図書館で探すとすると、大学図書館とか、都道府県立クラスでしょうね。朗読の方が手に入りやすいかも。
 一応ネット上のテクスト。
http://www.mallarme.net/index.php?title=Coup_de_dés

posted: (2006/06/28 21:38:14)

 ご紹介いただいたサイト、PDFが嬉しいですねえ。これは是が非でも、活版でしっかり印刷された古き良き本のかたちで観なければという気になります。
 そういえば京都に国立国会図書館(関西館)ができてずいぶん経ってますが、ワタクシまだ一度も足を向けてませんでした。これを機に、近々訪ねてみようかなと思います。

posted: とんがりやま (2006/06/29 0:36:03)

 ぼくなどは夢枕貘の「カエルの死」なんてのを連想してしまうんですが(爆)、言葉の究極の表現のひとつではありましょう。

 1914年のNRFのあの号は国会図書館よりも京大の図書館の方がある可能性は高いのではないでしょうか。東大の仏文科にはありそうです。こと仏文に関しては東大みたいですね。

 それからマラルメとその詩については菅野昭正『ステファヌ・マラルメ』(中央公論新社)がすごいです。値段も半端ではありませんが、いまだに売れつづけているのが納得できます。深遠で微妙で複雑なことを、日本語が読める人間なら誰にでも理解できるように平明に説いた本です。マラルメというひじょうに特異な存在(むしろ現象?)について知る悦びと、美しい本に浸りこむ歓びと二重に楽しめます。

posted: (2006/06/29 8:24:54)

マラルメの詩の難解さは言語の問題ではなさそうですね。
何度手にとっても入ってくるときと入らないときがハッキリしています。意味かした世界を逆手に取った「骰子一擲 」をWebでやってみました。xima.jp/
よろしかったらご覧くださいませ。

posted: sakaguchi (2008/10/21 15:15:35)

 

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