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いま、神話を語り直すということ——《ラーマーヤナ》

 

Ramayana

 
●ラーマーヤナ1 蒼の皇子(上)
 ISBN4-591-09306-9
●ラーマーヤナ2 蒼の皇子(下)
 ISBN4-591-09315-8
 
 アショーカ・K・バンカー著/大嶋豊訳/ポプラ社刊/2006年6月
 装丁:荻窪祐司
 
 本ブログのコメント欄でもおなじみのおおしまさん[blog.livedoor.jp]が翻訳された、ファンタジー冒険小説シリーズの1、2巻。発売されたばかりですが、私もさっそく読ませていただきました。
 いやもうファンタジーの王道といいますか、藤川球児も真っ青の150km/h直球ど真ん中ストライク。冒険あり対決あり成長あり愛あり友情あり策略あり陰謀あり、もちろん魔法(というか超人的パワーというか)もたっぷりで、ページを繰る手がもどかしいんであります。
 
 〈ラーマーヤナ〉といえば古代インドの長編叙事詩で、私はダイジェストというかあらすじめいたものをずっと昔に読んだかなぁという記憶はあるものの、細部はほとんど覚えておりません。わずかに、孫悟空のモデルというか原型と言われている猿の軍神が出てきたっけ、ということだけ覚えておりました。
 んが、そのキャラはまだ登場していないみたい。このシリーズ、最終的にどのくらいのボリュームになるのかわかりませんが、この先美味しいところが続々出てきそうで、楽しみです。
 というか、この1、2巻って、物語ぜんたいからすればまだまだほんの導入部なんじゃないかしらん。すでに今後の展開に向けていくつも種まきをしてるんですが、それらがいつどこでどういう風に出てくるのか、期待が高まります。
 
 
 ファンタジー小説といえば映画とはたいへん相性がいいというか、ハリウッドの貴重なソースになってますよね。神話的世界が舞台で魔法や超常現象がふんだんに出てくるから、映像作家の職人魂がうずくんでしょう。同時に、最近の小説も映像的な描写がますます多くなっているようにも思います。最近のベストセラーってどれもまるで映画を観ているような感じだし。本書もまさに映画のように楽しめる一冊で、たとえば上巻のオープニングなどは、私は《マトリックス》シリーズみたいな乾いたディジタルな映像を脳内に浮かべておりました。
 
 それにしてもなぜ——と思います。どうしてファンタジーはこれほどまでに読み手をわくわくさせるんでしょう。本作の場合は神話の枠組みを借りた創作というのではなく、古典中の古典の語り直し、現代の読者にあわせて再構成した物語ですので、なおさら「こんな古い物語がなぜ」とも思います。
 きっと、よくできたストーリーというのは人類が最初に言葉を覚えて「物語ること」を始めたときから、ずっと変わらずそこに在り続けているからかもしれません。そう、ファンタジーは人類の最古の記憶とまっすぐつながっているからこそ、2000年たってもなお新鮮なのでしょう。
 
 そういえば作者のバンカーは、本書中で、登場人物の口を借りて「物語論」を語っています。
「時が経つうちに真実は事実となり、事実は歴史として書きかえられ、歴史は伝説へと移ろい、そしていずれ伝説は神話として残る。されどあなた方はまだ幸運なのじゃよ。あなたがたはトレーター・ユガ、理性の時代に生きておるのじゃから。サティヤ・ユガすなわち真実の時代ほどめでたくはないが、それでもまだそれほど遠ざかってもおらぬゆえ、かつて神々が生き、愛し、戦ったその場所をあなたがたも実際に歩くこともできるし、それにあなた方が神話と呼ぶ物語はあなた方自身の行動と同様に生きた現実のできごとでもあったのだ。時が経てばこの物語すら記憶の彼方へと薄れて、カリ・ユガ、暗黒の時代が来る頃にはただの民族の潜在意識、自分たちは合理的で科学的だと信じている者たちからは神話や夢まぼろしとしてかたづけられるようになっておるじゃろう。されど今ここに生きておるわれらにとっては、これこの物語こそが科学的で合理的なのだ。(下巻p.123)

 作者にとって神話を語り直すことは、神話→伝説→歴史→事実と辿ってふたたび真実に戻るための、もっとも重要な第一歩なのでしょう。上に引用した箇所のすぐ直後、同じ登場人物に、作者はこうも語らせています。
「物語を語る科学はわれらの天職の重要な部分なのじゃ。われらの唯一の財産といっても良かろうし、物語が宝物ならば、われらここにいる者はひとり残らず金持ちということになる。そうではないか、わが仙者たちよ」(同p.124)
 
 ぜんたいのストーリーとは直接的には関係のない箇所ですが、なぜかとても印象に残りました。
 
【関連リンク】
●Wikipedia:アショーカ・バンカー[ja.wikipedia.org]
●おおしまさんのブログ:新ラーマーヤナ日記[hatena.ne.jp]
●ポプラ社:紹介ページ[poplarbeech.com]

2006 06 27 [booklearning] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

 おお、お楽しみいただけたようで、何よりです。
 やはり、面白いと言っていただけると、惚れこんで訳した甲斐があります。

 引用されてるアナンガ仙の「語り」のところはぼくも大好きです。本筋と一見関係ないんですが、いろいろな意味で面白い。著者のユーモアのセンスが一番出ているところでもあります。さすがにこの話では前面に出すわけにいかなかったらしい。

 神話についてはレヴィ・ストロースを踏まえた中沢新一の仕事に最近大いに啓発されてます。この新しい『ラーマーヤナ』もそういう視点から見るとまた面白いです。

 冒頭が『マトリックス』のイメージというのは意表をつかれました。
 話が進むにつれて、ますます「映像的」になってきます。
 すると当然映画化は?という話になるんですが、これについては長くなるんでブログで書きます。

posted: おおしま (2006/06/28 9:38:54)

 こんなに面白い小説を日本にご紹介くださったこと、本当にありがとうございます。息長く読み継がれるようになるといいですね。

>すると当然映画化は?という話になるんですが、
 ををを。なんだか色々と楽しみですねえ。続刊(今秋でしたっけ)も含めて、今後の展開から目が離せません。

「われらかねもちっ\(^o^)/」

posted: とんがりやま (2006/06/29 0:28:13)

 そうそう、中国に行って孫悟空(日本に来ると桃太郎)になる「猿の軍神」はハヌマンですね。かれは原書では第4巻、邦訳では7巻か8巻から登場します。
 邦訳は全体で少なくて12巻、多くて14巻になります。

 続巻の第二篇『聖都の戦い(仮)』ではヒロインのシーター、ラーマのパートナーが登場します。これがまたいいんだ(^_-)。10月に出る予定です。

 いや、ほんと、こういう話を読むと、なんか心がが「かねもち(金持ではなく)」になりますな。

posted: おおしま (2006/06/29 8:35:05)

 

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