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「戦争とデザイン」ふたたび(1)

 
 2005年8月17日付でアップしたエントリ「戦争とデザイン」には多方面の方が関心を持ってくださり、コメント欄でたくさんのご教示をいただいています。本当にありがたいことで、感謝感激しております。
 
 東京大学 吉見俊哉研究室の山本さんからは、ウェブサイト「東京大学大学院情報学環アーカイブ:第一次大戦期プロパガンダ・ポスター・コレクション」を教えていただき、さらに同コレクションのカタログ・レゾネまでお送りくださいました。
Propaganda●東京大学大学院情報学環所蔵 第一次大戦期プロパガンダ・ポスター・コレクション カタログ・レゾネ
 東京大学大学院情報学環 吉見俊哉研究室/2006年3月刊
 ブックデザイン:佐賀一郎
 
 同書は『戦争の表象—東京大学情報学環所蔵第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスターコレクション』と題して同年11月に東京大学出版会から刊行されており、晴れて一般でも入手が可能になりました(Amazon.co.jpではこちらのページ)。
 ウェブ版と書籍版、どちらも見応えというか使いでがありますが、ウェブ版には作品中のテキストの日本語訳が載っているのがいいですね。わたしは書籍版でざっと眺めて、とくに気になったものをウェブで詳しく知る、というふうな使い方をしています。また、当時の印刷技術について調査した巻頭論文も非常に面白いです。
 このコレクションはもともと第一次大戦後に、当時の外務省情報部が資料として集めたもので、太平洋戦争終結後に東大に移管したものということで、まさしく「国家的コレクション」と言っていいんでしょう。国別にみるとアメリカが圧倒的に多く、次いでカナダ。割合は少ないですがイギリス、インド、フランス、イタリアのものも含まれています。
 外務省がなぜこういうポスターを集めたかというと、先の大戦で「情報を国民に伝達する手段」としてポスターが非常に重要である、という認識を持っていたから。なるほど二十世紀は「情報と宣伝の世紀」でありました。
 技術的に見ると、1910年代のこれらのポスターは石版、凸版が多く、写真製版/オフセット版は少数です。もちろんコストとの兼ね合いもあったんでしょう。文字だけのポスターは凸版、絵が入るものはリトグラフが主体で、ざっと見渡して写真を使ったものがないのが特徴的。そのかわり、描かれた絵はどれもリアリスティックな描写で、絵が写真代わりのつもりだったことが想像できます。デザイン的に凝ったものは少なく、平易で誰にでもわかりやすい表現です。悪く言えば無骨ですが、実質主義というか実用に徹した潔さがあります。
 
Hitler 先のアメリカン・リアリズムのポスター群から20年ほどあとの時代になりますが、「戦争期の情報戦」ということではナチスドイツの徹底ぶりは驚嘆すべきものでしょう。右の本はコメント欄にて九州東海大学応用情報学部の純丘曜彰先生から教えていただきました。
●ヒトラー時代のデザイン
 柘植久慶著/小学館文庫/2000年8月刊
 ISBN4-09-402605-3
 カバーデザイン:大野鶴子+Creative・Sano・Japan
 
 本書は全ページカラーで、巻末にはアドルフ・ヒトラーの複製ポストカードが2葉も附くなど、文庫ながらかなり凝った造りになっています。
 ここではプロパガンダポスターだけでなく、「戦争とデザイン」をもっと広く捉えています。例のハーケンクロイツを使った軍旗や勲章、切手のデザインや各種証明書、さらにベルリン五輪関係のデザインまで扱っていて、ヒトラーが権力を握っていた時代の表象がまるごと浮かび上がってくるかのようです。
 たとえば「ニュルンベルク党大会」では、1932年から記念の絵葉書が発売されます。政治的大集会に記念ポストカードを売り出す、この発想がナチスの凄さでしょう。さらに、カードや切手・コインあたりはまだいいとして、ヒトラーを大きく描いた祝電用紙まであったのには驚いてしまいます。鉤十字という強力なシンボルマークとヒトラーの肖像をふんだんに使った、膨大な種類の“キャラクターグッズ”群。シンボルマークと公式キャラクターを決めて、対外宣伝物からステーショナリーまでの総てを統一デザインのもとに集約させるやり方は、いまではオリンピックや万博などの大規模なイヴェントから、映画やミュージシャンのプロモーション活動まで、ごくあたりまえのように行われていますが、元をたどればここに行き着きます。
 国を挙げての「統一デザイン」ですが、しかしナチスの場合は「版権ビジネス=営利目的」というより政治的・思想的意図が主体だったこと(カルト宗教的でもありますわね)、結局は敗戦国となり首謀者が人類史上最大の犯罪人となってしまったことから、ナチスのデザインは「思い出すのも禍々しい」ものになり果てましたが、その方法論じたいは上でも指摘したように、現在でも広告代理店方面で脈々と受け継がれ、応用されています。
 だからこそ、前のエントリで書きましたが「戦争時代のデザイン」を検証する作業は、近代デザイン史を書く上で避けて通れないトピックであるはずなんですけどねぇ。ま、「あの時代の“黒歴史”を思い出したくない」という以上に、もしかすると「キャラクター・ビジネスという商売上の手の内」をあまりおおっぴらにしたくないという意識が、広告関係者の頭の片隅にあるのかもしれません。マジックはネタばらししてしまえばマジックではなくなりますからね——とはいえ、今ではみんなすっかりわかりきっていますけど。
 
 
 第一次大戦期のアメリカのポスターに見る「わかりやすさ」。第二次大戦期のナチス・ドイツの宣伝手法に見る「徹底した統一性」。じゃあ、そのころの日本はどうだったんでしょうか。
 
 みたびコメント欄からですが、kemukemuさんから、ご自身が運営されてらっしゃるブログ『大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづる』をお知らせいただきました。なかに、戦争期の日本の広告や漫画、雑誌に関するエントリがあります。ブログを拝見しているうちに、そういえば…と一冊の本を思い出しました——以下、続きます。

2007 01 21 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

とんがりやまさん、ご紹介いただきありがとうございました。同コレクションを使った展覧会が、印刷博物館(東京)で始まりました。3月25日(日)までやっております。
http://www.printing-museum.org/

『ヒトラー時代のデザイン』も併せると、まだまだ研究の余地がある非常に面白いテーマであることが改めてよくわかります。

posted: (2007/01/21 19:08:10)

 お知らせありがとうございます。おお、実物が観られるんですね。これはできることなら見ておきたいなぁ。ううむ。
 これらのポスターは外務省が蒐集したとのことですが、どういう基準で選んだのか、入手ルートはどうだったのか、そのへんの事情も興味深いです。

posted: とんがりやま (2007/01/21 23:19:39)

 

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