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「戦争とデザイン」ふたたび(2)

 
 前回の続きです。第一次大戦期の<平明なリアリズム路線>、第二次大戦期のナチス・ドイツの<シンボル&キャラクター戦略>…と見てきて、ではかつての日本は、どういう宣伝手法をとっていたのでしょうか。
 
Japan_poster●明治 大正 昭和 日本のポスター
 三好一著/京都書院アーツコレクション28/1997年6月刊
 ISBN4-7636-1528-9
 装丁者名記載なし
 
 版元の京都書院は1999年に倒産してしまいましたが、本書は2003年に紫紅社が再刊しています(左の写真は京都書院版)。
 本書に集められたポスターは明治期からのものなので「戦争もの」はごく一部ですが、それでも大まかな傾向はつかむことができます。ここに収録されているポスターを眺めて、では、外務省情報局が蒐集した大量のプロパガンダポスターは、太平洋戦争に至るまでの日本でどのように活用されていたのか、あるいはされなかったのか。
 
 結論から言うと、どうもさほど活用されてなかったんじゃないのかという気がするんですね。意匠というか様式的な面では、当時の日本のデザイン業界は確実にヨーロッパ志向だったんじゃないかと。
 たとえば、ウクライナ生まれで、パリで活躍したカッサンドル(1901-1968)が日本人図案家(デザイナー)に大人気だったことはその一例でしょう。1995年に大阪のサントリー・ミュージアム[天保山]で開かれた「カッサンドル展」のカタログのなかで、広告評論家の中井幸一氏はこう述べています。

 (…)カッサンドルだけがどうして突出して人気が高かったのかといえば、私は彼の作品の特徴である平明な描写に加え、大胆に細部を省略した衝撃的視覚と、もうひとつは香り高い叙情性が日本人の嗜好にほどよくマッチしたらかではないかと思う。ついで重要なことは、彼が紹介された当時の日本の社会状況も見逃せない。(中井幸一「日本でのカッサンドル」、『カッサンドル 巨匠の知られざる全貌』p12。サントリーミュージアム編/クレオ/1995年7月刊/ISBN4-906371-87-6)
  日本人が島国にとどまっている時代なら違っていたのでしょうが、この頃は日本が大陸へ大陸へと、支配地域を拡大させていくダイナミックな時代でした。そんな動きに呼応して、「悠久なる北の大地」というロマンティックな憧憬と、そこを驀進する日本軍の勇猛なイメージが広く大衆に植えつけられます。そのイメージを表現するのにぴったりなスタイルが、カッサンドルの「香り高い叙情性」であり「衝撃的視覚」だった、というわけです。
 (…)このようにカッサンドルの持っている叙情と卓抜な表現感覚は、「大陸派」の人々、特に鉄道関係のポスターを描いた人々の格好のテキストになり、やがて日本軍の宣伝政策に一役買わされるようになった。(同上、p14)
 そういえば数年前に、胃腸薬かなにかのパッケージでカッサンドルをそのまま模倣した図柄が製品化され、大きな問題になったことがあります。パッケージデザインの担当者はカッサンドルの名前を知らなかったそうですが(ホントかなァ)、昔も今も、日本人の好みにはさほど変化がないってことでしょうか。
 
Japan_russia とはいえ、日本人はひとりカッサンドルだけを“信奉”していたわけではありません。同時代の他のスタイルも盛んに吸収しています。たとえば右に掲げた二冊の本は、小さい方が前出の『日本のポスター』。下に敷いた本は、2002年にニューヨーク近代美術館で開かれたロシア・アヴァンギャルド展のカタログ『THE RUSSIAN AVANT-GARDE BOOK 1910-1934』(The Museum of Modern Art, New York/2002年/ISBN0-87070-007-3)です。赤色の使い方、ナナメ構図、極端なパースと大胆なデフォルメ、写真のコラージュのやりかたなどなど、こうやって並べてみるとまぁ見事な換骨奪胎ぶり。この辺のアレンジ力のうまさと器用さは、さすがです(笑)。
 『日本のポスター』が面白いのは、こういったロシア風もあればカッサンドル風もある、(時代は少し前後しますが)ミュシャばりのアール・ヌーヴォーもあれば朴訥なリアリズムタッチもある、もちろん日本画家の筆による伝統的な絵もある…というぐあいに、その無節操ぶりがよくわかるところにあります。つまるところ「なんでもアリ」だったんだな、と。以前「関西美術院展」を観たときにも思いましたが、新しい流行だとかスタイルに対してこれほど貪欲な国っていうのも珍しいかもしれません。嗚呼、素晴らしき哉ミーハー魂(笑)。
 
 たぶん、当時の日本に導入されなかったのは、同盟国ドイツの「徹底した統一ぶり」だけだったのかも。仮に試みられたとしても、こういった日本の風土ではついに根付かなかったでしょう。あくまで想像ですが、ナチス・ドイツのデザインを見せられた日本の図案家たちは「うへぇ、こういうのはついてけねぇ」なんて感じたんじゃないでしょうか。
 「戦争とデザイン」で『EURO DECO』という本をご紹介しましたが、いま改めて欧米各国の同時期のデザインを眺めていると、どうせ同盟組むのならドイツよりも、フランスあたりと一緒になってたほうがセンス的に共通するものがあったんじゃないのかなあ(^_^;)。フランスのアール・デコ・デザインは、東洋趣味も含めてそれこそ「なんでもアリ」なところがありますしねぇ。

2007 01 23 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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