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iPod Shuffle のマニュアル
1月末、iPod Shuffle にカラーバリエーションが増えた。正直 iPod はもういいやと思っていたんだけれど、近所の電器屋に寄った際に、ついフラフラとグリーンを衝動買いしてしまった。

iPod は、いや iPod に限らず Apple の製品はどれもだけど、その洗練されたデザイン性が賞賛される(ただし今度の Shuffle も完璧ではないとは思う。日本人男性の20人に一人とも言われる赤緑色覚異常、いわゆる色弱者にとって、オレンジとグリーンのパイロットランプはかなり識別しにくいはずである)。なるほど、製品そのものだけでなくパッケージまでちゃんととっておきたいと思わせるモノは他にあまりないと思う。パッケージデザインだけで言えば初代の Shuffle(スティックタイプ)のはちょっといまいちだったけど、今度のはとてもいい。
すでにさんざん語られているとは思うけど、Apple のよいところは、たんにプロダクト/パッケージがよくデザインされていることだけでなく、附属のマニュアルの編集デザインにまでその美意識が及んでいるところにある。わたしはクリップ Shuffle のマニュアルを見て、おや、久しぶりに Apple らしくなったなと思った。
製品が小さいからパッケージもそれにあわせて小さくなり、ということは付属品やらマニュアルやらも、相当コンパクトなスペースの中に収めなければならない。なかでもマニュアルは、商品の小ささに比して伝えなければならないことが往々にして多すぎるものであり、わずかな紙面にぎっしりと文字の詰まったものになりがちである。おそらく担当者はかなり頭を悩ませたことだろう。
はたしてクリップ Shuffle のマニュアルは、本当に必要な部分以外をばっさり切り捨てた、非常にシンプルかつ大胆なものとなった。
こう言ってはミもフタもないが、だいたいこの世にマニュアルを熟読する人なんてほとんどいないんである(→踊る阿呆を、観る阿呆。:華麗なるトリセツ・グラフィックスの世界)。熟読したくなるような良いマニュアルがない、という方が正確なのかもしれないが。そうでなくてもPL法以降、免責事項やらなにやらで、本来の使用方法以外にも書かなければならないことがやたらに増えた。それに最近の家電商品はコンパクトなボディにあれもできるこれもできると多機能をウリにしているから、その説明も複雑にならざるを得ない。結果、細かい文字がぎっしり詰まったものとなり、とてもじゃないが喜んで読みたくなるようなものとはならないのが通例である。
左がそのクリップ Shuffle のマニュアル。「iPod+iTunesクイックスタート」と題しているが、iTunes の使い方にはほとんど触れておらず、もっぱら iPod Shuffle 本体の使用方法を述べるにとどめている。余白を充分に取って製品イラストを中心に配置し、その下にごく短いキャプションをつけただけの、非常に単純なものだ。他のメーカーの社員がこういうのをプレゼンしたら、どこからか必ず「まだスペースがあるじゃないか、アレとコレとソレも入れろ」と指示が飛ぶに違いない。「全部入り」でないとどうも不安になるんだろう。なんというか、この余白=余裕こそを見習って欲しいものなんだけど(そういえば昨年のいまごろだったか<Microsoft redesigns iPod packaging>というケッサクなパロディ動画が話題になりましたな→Google Video)。
先にわたしは、こんどの Shuffle のパッケージ・デザインは初代に比べて良くなっていると書いたが、その勝因はもっぱら iTunes ソフトウェア CD-ROM を同梱しなくなったことにあるだろう。初代 iPod からずっと継続されていた CD-ROM 附属をやめることで、パッケージのコンパクト化がはかられ、さらにそのおかげでソフトの説明も省くことができた。クリップ Shuffle では、iTunes はウェブサイトからダウンロードせよとURLが書かれているのみで、具体的な使用方法はウェブサイトにゆだねてしまっている。さらに、これはあくまで「クイックスタートガイド」なので、iPod 本体のより詳しい使い方さえもヘルプメニューを見よ、としている。
専用ソフトを附属しない、詳しい説明もウェブにまかせる。この点でのみ見れば、Apple はとんでもなく不親切である。しかし、説明書を見てみようという気にさせるには、せいぜいこの程度の情報量が限度だろう。やたらに懇切丁寧に書かれても、それはメーカーの「ホラちゃんと説明してるでしょ」という言い訳以外、実際はあまり意味がないのだ。
写真右は、上がスティック Shuffle の「ユーザーズガイド」。32ページあるうちの、本体のコントローラを説明したページだ。左ページに製品の簡単な線画と各部名称、右に基本的な動作(再生する/早送りするなど)とその方法の説明。下はクリップ Shuffle の「クイックスタート」で、ジャバラ折りにされた1ページに各ひとつ、使用方法の説明が書かれている。ここだけを取り出してみれば、どちらがよりわかりやすいのか、つまりどちらがより親切かは明らかだろう。スティック Shuffle もすっきり整理されていてそう悪くはないのだが、このページに辿り着くまでに何度もページを繰らなければならず(右の箇所は14ページ目にある)、しかも左右のページを交互に睨みながら読んでいかなければならないので使い勝手がよいとは言いにくい。これに対してクリップの方は、パッと拡げるだけなんである。Apple はあえて大きな部分を不親切にすることで、そのぶん目前の親切さだけに集中させたと言っていいと思う。
実は Apple は、こういうやりかたを初代 iPod(5ギガモデル)の時からすでにやっていた。
左は2001年に発売された初代モデルの「スタートアップガイド」。B4判に近い一枚の紙を六ツ折りにしただけの、たいへんシンプルなマニュアルだ。ガイドは1.接続する 2.ダウンロードする 3.再生する の3項目しかなく、それ以上の詳しい説明はオンラインヘルプを見よ、という指示だ。たったこれだけなので隅々まで読んでしまう。Apple の大きな不親切=小さな親切は今に始まったことではないのである。
わたしは歴代の iPod を全部持っているわけでもないので、そのマニュアルの変遷を詳しく知ることもないのだが、iPod の説明書がやたら詳しくなった(その結果非常に見にくいものになった)のは、おそらく Windows 対応になってからだと考えている。初代 iPod はMacintosh 専用機で、iTunes ソフトウェアもパソコンにインストール済みだったから、iPod の方で詳しく触れる必要がなかった。加えて本体の操作感もMac 流儀で、マック使いならさほど混乱することなくすぐに理解できるものだった。だからマニュアルもこと細かく説明する必要性がなかったのだ。
しかし iPod はほどなく Windows に対応し(2002年)、それにともない「Mac の流儀」に縁がなかったひとにまでちゃんと説明しなければならなくなった。iPod のマニュアルに iTunes の使い方まで加わったのは、そのためだろう。
二代目 iPod Shuffle は、ずっと Apple がやりたかった自らの流儀(大きな不親切=小さな親切)にようやく復帰できた。それは同時にこの商品が、はじめて iPod なる製品を手にする人を対象としていないことをも意味しているだろう。これは2台目3台目の、iPod および iTunes をすでによく知っている人に向けて販売されている商品だということが、マニュアルを通して見えてくるように思う。
ところで、こういうふうな Apple のマニュアルに対する考え方は、おそらく同社創立以来の伝統でもあるのだろう。
それで思い出したのだが、津野海太郎さんが『本とコンピューター』(晶文社/1993年8月初版/ISBN4-7949-6133-2/ブックデザイン:日下潤一/カバー・イラストレーション:南伸坊)の中で、高橋悠治氏の仕事場ではじめてみた「マッキントッシュPLUS」(1986年発売)のマニュアルのことを書いている。
ピカピカの白い表紙で、背を、やはり白いエナメル塗りのリングで綴じてある。したがって普通の本のような背がない。そこで表紙の袖をブックカバーのように折り込み、そこを仮の背にして背文字を記すようになっている。アメリカのマニュアル類にはよくあるしくみなのだが、そのときは、まったくはじめて目にした本のかたちだったので、とても新鮮に感じられた。その瞬間、よし、おれもこいつを買うぞ、と決心した。たいていの人はまずパーソナル・コンピューターを買って、それを使いこなすためにやむなくマニュアルを読むのだろう。だが私はマニュアルが欲しくて、そのためにパーソナル・コンピューターを買ったのである。(「マニュアルに憧れて」p.82)
以下津野さんは、よいマニュアルの中には一般的な書物と違ってそれ自身で完結しない「道具としての本のかたち」があることを発見する。そしてこの文章は、同時にすぐれたマニュアル論ともなっている。しかし、この本が書かれてから15年ちかくたっているが、家電品やその他の製品マニュアルで、読んでいてたのしくなるような、隅々まで読んでみたいと思わせるような取扱説明書には、わたしはまだ出会ったことがない。クリップ Shuffle の「クイックスタート」は、その中でもとてもよくできている部類に入るに違いないだろうけど。
あるいはこれは、米 Apple 本社が今年になって社名から Computer の文字を外したこととも関係があるかもしれない。なるほど、新しい Shuffle はパッケージもマニュアルもコンピュータ臭をできるだけ感じさせないつくりであり、パソコン周辺機器というよりもむしろ文具やガジェットのそれに近いと思う。
以下余談——そういえば、マニュアルが欲しくてパソコンを買う決心をした津野さんがあまりに熱く Macintosh のことを語っているこの本に煽られて、わたしも自分用のパソコンを買おうと当時心に決めたのだった。わたしがずっとマック使いなのは、ひとえに津野さんのせいなんである。
2007 02 05 [design conscious] | permalink
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comments
>正直 iPod はもういいやと
確かに。何台目でしたっけ?(爆)
posted: 熊谷 (2007/02/05 10:44:39)
それはヒ・ミ・ツ(はぁと)。
…かろうじて片手で数えられます(笑)
posted: とんがりやま (2007/02/05 19:52:51)
2/14発売の週刊アスキー、寺島令子がipod shuffleマニュアルネタのマンガを描いてます。立ち読みでどうぞ。ちなみにわたしは最近ウチにあるふたつのipod miniを両方電池交換サービスに出しました(2年たつと2曲ぐらいしか聴けなくなるとは)。ひとつ6800円。電池だけ交換されるのかと思いきや、ふたつとも新品のipod miniに交換されてびっくり。
posted: 漫棚通信 (2007/02/16 20:16:33)
読みました読みました(笑)。やはりみなさん目の付け所は同じなのかも。
私の持ってる初代iPodはいまだにバッテリーは健在です。もっともShuffleが出て以降、こいつはもっぱら自宅の据え置き機となっているので、現在は電源つなぎっぱなしなんですが。
その後買った3rd Generation(30GB)の方がなにかと不具合が多い困りものです。もはや修理に出す気もないですが。
100GBを超えたら買い直したいんですが、iPhoneみたいな全面ディスプレイはどうもあまり使い勝手がよくないんじゃないかと思ってます。iPhone発表時には各所で絶賛の嵐でしたが、わたしはアレはあまりよいデザインじゃないと思うんだけどなぁ。
posted: とんがりやま (2007/02/17 1:49:53)