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[book]:世界は音楽でできている
●世界は音楽でできている
中南米・北米・アフリカ編 ISBN978-4-86171-026-1
ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編 ISBN978-4-86171-027-8
北中正和[監修]/音楽出版社/2007年5月刊
編集:市川誠 デザイン:冨田由比 DTP:今岡祐樹
『世界は音楽でできている』——とてもいいタイトルだと思う。本書はなぜか「雑誌」扱いになっていて、冒頭の「はじめに」でも<ムック>と書かれてあるのが違和感があるけれども、まあそういう細かなところはどうでもよろし。
この手のワールド系ディスク・ガイド、以前は音楽之友社の<Be POP>というシリーズをよく買っていたけど、個人的にはそれ以来かな。手持ちを調べたら同シリーズ14『カリブ・ラテンアメリカ音の地図』(東琢磨編)が2002年3月、同15『世界の民族音楽ディスク・ガイド』(星川京児編)が2002年5月の発行で、ということは5年くらいこの種の本を買っていなかったことになる。ずいぶんご無沙汰だなあ。
もっとも、わたしはこの数年、CDそのものをすっかり買わなくなった。2001年末のiPodの登場で音楽の聴き方が変わったということもあるけれど、2004年のあの「輸入権騒動」、および「CCCD」をはじめとするレコード会社のなんだかなあ的一連の行動で、決定的に憑き物が落ちた感じだ。
今でもたまに新譜を買うけれど、その量は最盛期にくらべひとケタくらい減っているし、「何が何でも買わなくちゃ・聴かなくちゃ」という熱意もかなり衰えている。老化なのか醒めてしまったのか。ま、いろんな要因が絡んでいるんだろうけど。
なので、正直言って、わたしにはこの本の感想を述べる資格はないかもしれない。本書をパラパラと眺めて最初に思ったのは、この本は「CD」のための本なんだなあ、ということだったからだ。
音楽というソフトを容れるパッケージとして、CDがかなりお手軽で便利なのは確かだろう。けれども2007年春の時点で、CDディスク・ガイドというのがどのくらい実用的なものなのか。実のところ、そのへんのところがよくわからないでいる。
早い話が、街の普通のCDショップにいって、本書に紹介されているアルバムのうちはたして何割を見つけることができるんだろう、というハナシだ。
ほんの10年〜15年ほど前なら、私の住んでる地方都市でさえ、タワレコやヴァージンのような大型ストアに行けば、ワールド・ミュージックのコーナーがかなりデカデカと設けられていて、本当に目移りするくらいのアルバムが並んでいた。そこに何時間いても飽きなかったし、たとえ買えなくともジャケットを眺めているだけでもシアワセだった。それが、世紀の変わり目ごろからみるみるうちに棚が縮小され、あるいは店そのものがなくなったりして、今わたしの生活圏にあるショップはほとんどDVD屋みたくなっている。CDも置いてはいるけど、売れ筋の商品ばかりで面白くない。結果としてめったに通わないようになってしまった。
また、これはワールド系だけに限った話でもないけど、一般の市場には流れない自家レーベルのCD/CD-Rを、ライブ会場限定で手売りするミュージシャンもずいぶん増えたように思う。たとえきちんとしたレーベルから「来日記念盤」が発売されていても、街のショップでは全くみかけず、やむを得ずライブ当日に会場で買うっていうことも多くなった。
そんなこんなで、わたしにとって街の路面ショップの重要性は下がっていく一方だ。
今だってあるところに行けばあるもんだとは思うし、それぞれのジャンルの専門店なら、そこにはとんでもなくディープな世界が広がっているのも知っている。けれどもそのテの店は往々にして、いちげんさん、あるいは軽いノリで聴いてみたい向きが気軽に入れる雰囲気ではないのも確かだろう。
マニアではないけれど、でもちょっと変わった(?)音楽が聴きたい——そういう層は、街のショップではなくネットに流れている…のだと思う。わたし自身はネット通販や音楽配信をほとんど利用しないので、実感としてはよくわからないんだけど。
本書で残念なのは、そういうネット方面への目配せがあまり感じられないところにある(ヨーロッパ編の方にわずかに1ページのコラムがある)。ウェブサイトをゆっくり見て回る時間などないって向きには、こういう多くの情報がコンパクトに網羅された本は歓迎すべきなんだけど、それなら紹介している各ミュージシャンの公式サイトや、アルバムが入手できる主要サイトのURLも書いておいてくれよ、とも思う。各自勝手にミュージシャン名を検索して、そこからあとは自己責任でね、ということなのかな。
本書の編集方針として、そこいらへんの購入チャネルはわざと曖昧にしているように思う。ていうか、巻頭対談なんかを読んでいると、かつてにぎやかだった頃のCDショップを懐かしんでいる風だし、どちらかというと目線は路面ショップがわに向けられてるんじゃなかろうか。
もっとも、路面店であろうがネット通販であろうが、どこで買ってもCDはCDなんだし、だからこそこういうディスクガイド本の存在意義があるんだろう。けれど、路面ショップではCDが絶対唯一のものに対して、ネットではその存在が相対化されてしまいがちだ。本書にネットへの言及がほとんどないのは、読者をネットに誘導することによってCDの優位性が崩れてしまうのを、ひどく恐れているから…ではなかろうか。このあたり、本書が『CDジャーナル』のムックとして刊行されていることも、編集方針を大きく左右しているように感じられる。いや、邪推しすぎ、と叱られるかもしれないけれども。
わたし自身は「CDは街のショップで買いたい派」だ(CDに限らず本や家電も)。たとえ試聴できなくとも、ショップでなら平気でジャケ買いできちゃうヒトでもある。一風変わったジャケットデザインならそれだけで許せるんだけど、ウェブサイト掲載のジャケット写真ではそういう<モノ>としての存在感なんてほとんど伝わってこないので、あまり衝動買いをしなくなった。最近の購入量がうんと減ったのはそういう側面もある。
もっとも「音楽の容れ物」として見た場合、今でもCDよりもLPレコードの方が好きなんだけど、LPはいちどに大量購入しちゃうと持って帰るのに苦労するからなあ(満員電車でエラい目に遭ったことがある)。
いち消費者としての漠然とした印象にすぎないけれど、手軽で便利だったはずのCDが、それ故にかえってみんなの重荷になっているような、そんな<煮詰まってる感>みたいなものを感じてしまう今日このごろだ。ミュージシャンもレコード会社も、あるいはネット上で一方的に罵倒されることの多い著作管理関係も、そして小売店も、それぞれがそれぞれの局面でそれぞれに問題を抱えていて、みんなどうにも身動きがとりにくくなっているのが現状なんだろうなあ、という気がする。
音楽好きとしては、<世界は音楽でできている>には諸手を挙げて賛同したい。けれども、2007年のいま、<音楽はCDで流れている>か? ——あるいは、こう問い直してもいいかもしれないな。
CDはいまでも音楽の中心に存在しているか?
2007 04 18 [face the music] | permalink Tweet
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comments
はじめまして。
『世界は音楽でできている』をとりあげていただきありがとうございます。
本ではなくムックなのは、雑誌の増刊号扱いという出版社・取次の都合によるものなので、正直、どうでもいい区別なんですが、書店によっては、音楽書の棚ではなく、雑誌の棚に置かれることも多いので、そのことを知っておられる方のためにムックと書くようにしています。もちろん音楽書の棚に置いてくれる本屋もあります。
CDは、おっしゃるように、大きな曲がり角を迎えています。iPODでOKという人が増えれば、CDを購買する人はどんどん減っていって、音質etcを求める人のためにだけ残っていくという状況になるのかもしれません。音質にしてもダウンロードできる音質は向上していくでしょう。80年代のCDをかけようとして、再生できないとことも体験ずみなので、アナログのような保存性がどこまであるのかも不安です。
専門店の状況に関しては、東京では90年前後のブームのころも、いまも、実はそんなに変わってないのではないかと思います。売り上げは下がっているでしょうが、ロックやR&BやJ-POPの減少のほうがはるかに深刻で、お店はCDの減った分はDVDでなんとかしのいでいる状態のようです。ま、このへんは統計的な裏づけなしで書いているので、そのつもりで読んでください。
ムックの中でネット方面への目配せが少ないというご指摘は、そのとおりかもしれません。まえがきにも書きましたが、このムックでめざしたのは音楽探しの基本的なガイドとして便利な出版物を作ることでした。ネットも対象として重要ですが、ネットは流動性がきわめて高いので、定期刊行物でない出版物でフォローするのはとても困難です。そこでネットを紹介するより、ネットと相互に補完的な存在になるほうがいいだろうと考えました。
考えてみれば、もともと町の普通のCD店ではあまり見かけることのなかった音楽ですし、大都市圏以外のところに住んでらっしゃる方たちにとっては、今も昔も手に入りにくい音楽であることに変わりはありません。そんな方たちにとっては、アマゾンなどのほうが町の小売店よりずっと身近ということもあるのではないかと思います。ちなみにぼくもいまではネット・ショップで買うほうが多いです。特に古い作品は概してネット・ショップのほうが手に入りやすいです。
とはいえ、
2007年のいま、<音楽はCDで流れている>か?
というご指摘の問いは鋭いです。
ブックレットも含めたCDの利便性には、ダウンロードしたデータとはまたちがうものもありますし、入れ物がどう変わろうと、音楽は必要としている人がいるかぎりなくならないと、そのへんはわりと楽観的に考えるようにしていますが。
とりとめのないことを長々と失礼しました。
posted: wab (2007/04/23 17:30:41)
コメントありがとうございます。
クラシックやポップスなどの他ジャンルの音楽に比べると、ワールド・ミュージック系はもともとレコード/CDへの依存率が低いのではないか、という気がします。ワールド系と言っても種々ありますからひとくくりに決めつけてしまうのはよくないでしょうが、セールスを狙ったリリースではない、ヒット・チャートとはまったく別の世界/別の論理でやっている音楽が多いのが、このジャンルの最大の特徴ではないかと思うんです。
よくよく考えてみると、作り手/売り手がわの事情はLPレコードの時代からさほど変わっていないのかもしれません。むしろ大きく変化したのは聴き手の方で、かつてはレコード屋さんの店頭こそが異文化との出会いの場でした(もうひとつ、FMラジオも非常に重要でしたが)。それが今ではネットで、あるいは来日ライブも頻繁にあり、さらに海外へ直接出かけて楽器やダンスを習う人も増え、そんなこんなで<未知との遭遇の場>が拡散するようになった…と言えないでしょうか。
> 専門店の状況に関しては、東京では90年前後のブームのころも、いまも、実はそんなに変わってないのではないかと思います。
> 考えてみれば、もともと町の普通のCD店ではあまり見かけることのなかった音楽ですし、大都市圏以外のところに住んでらっしゃる方たちにとっては、今も昔も手に入りにくい音楽であることに変わりはありません。
なるほど、おっしゃるとおり、そのあたりの受け止め方は生活圏によって変わってきますね。わたしの周辺に限って言えば、90年代のつかの間の黄金時代を知っているだけに、余計に現在の状況が寂しく感じられます。ただそのかわり、上にも書いたように、出会いの場や機会それ自体は大幅に増えてますので、かえって豊かになっているのだ、とも言えそうですが。
posted: とんがりやま (2007/04/23 22:47:47)
いや、ワールド系ではCDの登場で確実に作り手の事情は変っています。LP時代には地元ではカセットで出ていたものもあったとしても、こんにちのような「爆発」的なものではなかったはず。安価にコピーが作れる点ではカセットもCDの敵ではありません。
実際、まだまだワールド系ではCDが音楽流通をになう割合は大きいと思います。「周辺」地域では、ネットのインフラ自体がまだ未整備だったりします。アイルランドでさえ「線の細さ」を感じる時があります。とんがりやまさんと同じく、ぼくもあの騒ぎで一時CDをほとんどまったく買わなくなりました。その後、また買うようになったのは結局それが一番確実に新しい音楽を聞く手段だからです。
将来的にメディアが録音パッケージからネット上のリソースに移って行くことは確実で、YouTube や MySpace が当面その核になってゆくと思われます。ワールド系ではそれが中心的になるのはもう少し時間がかかるでしょうし、また地域間「格差」も目立ってくるでしょう。
posted: おおしま (2007/04/25 14:55:19)
<未知との遭遇の場>が拡散するようになった…と言えないでしょうか。
とお書きになっているのは、まったくその通りだと思います。
最近はレストランやフェア・トレードの店などの小さなスペースで、簡単なアコースティック・ライヴをやるところが全国的に増えているという話を聞きます。ほとんどは日本人のミュージシャンですが、アイリッシュ・フォークの人などはよくそんなところにも出ているようです。
先日もたまたま近所のイベント・スペースで小さな落語会があって、20人くらいのお客さんが集まって楽しいひとときを過ごしました。ぼくは終演後は残れなかったんですが、その後、ちょっとした交流会などもあったそうです。音楽もこんなふうに、ネットの輪の広がりとはまたちがった形で、楽しめるようになればいいなと思います。
ビジネス的に見れば、誰ももうからないのかもしれませんが、メジャー展開のものはそれはそれで価値があるとして、楽しみとしては、ご近所づきあい的なものもおもしろいと思った次第です。
posted: wab (2007/04/25 21:05:51)
いろいろとありがとうございます。
コメントを拝読しながらなるほどなぁと思ったんですが、わたしは今まさにそういう「ご近所つきあい的」音楽とのつきあい方が楽しくなっている時期なのでしょう。それは同時に「新しい音楽を聞く」必要性をさほど感じなくなっていることと表裏一体なのかもしれません。
とは言え、もしもわたしの生活圏に良いCDショップができたら、たぶんまたぞろ足繁く通ってしまうんだろうなぁとは思います。まあ、アンタ新しいのを買いたいなら、その前にいま持ってるCDの山をなんとかせーよ、と家族から突っ込まれること必至ですが(^^;)
posted: とんがりやま (2007/04/27 22:51:17)