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ブリューゲル・セット・ダンサーズ(3)

 
 ブリューゲル『婚礼の踊り』とアイリッシュ・セット・ダンス(以下「セット・ダンス」)の共通点を妄想する、その3。いやはや、ただのネタエントリなのにこんなに長くなるとは思わなかった(冷汗)。
 
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Sets ここでセット・ダンスの基本ポジションについてごく簡単に説明しておく(左図)。
 セット・ダンスは男女ペア4組・計8人が「1セット」となり、中心に向かって方形を形作る(ハーフセットもあるけど例外)。ペアの並びは男性が左、女性が右側に立つ(このへんはいわゆる“社交ダンス”と共通のはず)。ダンス音楽を演奏するミュージシャンにいちばん近いペアをファースト・トップ・カップルと呼び、その対面にいるカップルをセカンド・トップ・カップルとする。この2組4名(左図青のグループ)が「トップ・カップルズ(トップス)」、他の2組4名(左図緑のグループ)が「サイド・カップルズ(サイズ)」となる。

Top_side ブリューゲル『婚礼の踊り』では、ミュージシャンの位置からみてA/B組がトップスとなる。対して、対面ステップをしているC/D組はサイド・カップルだ。この絵ではトップス(A/B)、サイズ(C/D)という二種類の動作が同時に踊られているが、パートナーを回転させているトップスの方がより派手な動作をしていると言えるだろう。
 現代のセット・ダンスでは、トップスが動いてるときはサイド・カップルはなにもせず直立していることが多いけれども、そこはそれ。サイズはトップスが踊っている間も、この絵のようにずっと向かい合わせでステップを踏んでいる方が楽しくってよろしい。だいいち、その方が絵になるし。
 
 
Ab しかし、ブリューゲルの絵がAとB、またCとDのそれぞれの動作が微妙に違っているのはなぜだろう。この絵がセット・ダンスなら、A/BとC/Dは、全く同じ動作で描かれていなければならないはずだ。それに、より注意深く見ていけば、男性と女性の立ち位置もA/BとC/Dで異なっている。サイド・カップルで言えば、手前のC組は男女の位置が逆(つまり男性が左)でなければおかしい。
 
 これにはふたつの理由が考えられる。ひとつは、なんだかんだいっても宴会の余興ダンス、音楽(とそのリズム)に乗ってさえいれば細かいところが揃ってなくてもいいんだし、この種のダンスにそこまでの厳密さを求めること自体が間違っている、とする見方だ。だいたい、彼らは年がら年中踊って暮らせるようなひとたちではない。画題のような、婚礼などの特別な日でもなければダンスに興じることもできなかっただろう。多少のステップの違いや自己流アレンジなんかは当たり前、細かいことなど言うだけ野暮、である。
 そう言う目でみれば、Bのカップルが見つめている先はファースト・トップ、つまりAのカップルで、Bはフィガーに自信がないのでAのダンスを見よう見まねでついていこうとしているかのようだ。たしかにAの男がパートナーを回転させる腕さばきは手慣れていて、この中ではいちばんダンスが上手なペアにも見える。
 

Cd 妄想ついでに、さらにトンデモを考えてみる。上のような「余興ダンス=動きはテキトー説」ではなく、彼らはそれなりにきっちりとフィガー通りを踊っていたと仮定してみたらどうだろう。というのも、この絵のダンサーはみなとても真剣で、踊りながらヘラヘラ笑っている奴など一人もいないからだ。とするともうひとつ別の理由、つまりブリューゲルはここでわざと時間をずらして描いているという可能性が出てこないか。 
 A組の動作とB組の動作のあいだには、実は数小節ほどの時間が流れているのだ。同じように、C組とD組の間にも2〜4小節くらいの時間差があると思えば、この絵はじつに自然に思えてくる。セット・ダンス的に見ればCの男女の立ち位置が逆なのも、ポジションを移動したところを描いてると思えばよろしい。
 C組の男は左足を、女は右足を前に出している。D組はその逆で、男が右足、女は左足が前だ。単に「デタラメなステップ」というにはきっちり法則性をもったまま「逆に」描かれている。つまりこれは、サイド・カップルズが「その場でステップしながら、パートナーの立ち位置を入れ替える」というフィガー(動作)の数小節分を同時に描いているのだ。
Fig サイドの2組と同じように、トップスも動いている。これはセット・ダンスのポピュラーなフィガーである lady's chain の、いちばん面白い部分を選んで描いているのだ。lady's chain を大雑把に説明すると、(1)A/Bふたりの女性がそれぞれ対面の男性の場所まで移動、(2)男性がやってきた女性の手を取り一回転させる、(3)女性はふたたび元のパートナーの位置まで戻る。以上をふつう8小節で踊る。途中で女性どうしがすれ違う際に片手を軽くつなぐ(チェーン)するので、レディース・チェーンという名がある。左図、青い点線はB側の女性の動きだけを示しているが、Aの女性も同じタイミングで同じ動きをしている。ブリューゲルはこのうち、女性を回転させているところ(A)と、回転がおわって女性がもとのパートナーの位置まで向かおうとしている瞬間(B,Bの男性は勢い余って自分も回っちゃっている)を描いている。
 
 このように、ブリューゲルは農民のダンスを熟知していた。それどころか、彼らがそのときどういうフィガーを踊っているかまでちゃんと理解した上で、その<ダンスの時間>を一枚の画面の中に閉じこめようとしていたのである。さらに言うなら、ブリューゲル自身もこの種のダンスを多少なりともたしなんでいたのではなかろうか。わたしにはそう思えてならないのである…。
 
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 …しつこく言うけど、以上の一切はあくまでトンデモ妄想なので、決して本気で受けとらないよーに(汗)。
 

2007 05 29 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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