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進化か変容か〜ragúsのこと・ふたたび〜
昨年(2006年)に次いで2度目の来日ツアー真っ最中のラグース ragús。その大阪公演に行ってきました(2007年7月21日・22日/NHK大阪ホール)。
東京ではCDも売っていたそうですが[gandalf.jp]、早々に売り切れたのか、こちらでは影も形もありませぬ。がっくり。かわりに(?)イルン・パイプス奏者の Mikie Smyth のソロアルバムを売ってましたが、これも大阪公演2日目のインターミッション時に完売したもよう。えーい、なんて商売っ気のないツアーなんだ(笑)。

昨年と今年、なにが変わったか? わかりやすいところでは、まずダンサーの人数が増えています。2006年は10名だったのが、今年は総勢14名。当然、そうとう迫力が増しています(ダンサーの中に、ホイッスルの名手ショーン・ライアンと名ダンス教師アン・カラナン夫妻の愛娘、キアラ・カラナン・ライアンがメンバーに含まれています=参考・この記事の翌年には一家揃っての来日コンサートをやってました。今年も秋に一家のライブがあります=。ただし、本パンフレットでは<シアラ・キャラナン・ライアン>というカナ表記)。それから演目が「大幅に」と言っていいほど変わっています。告知チラシの宣伝文句を信用するなら、これは「日本ツアー用の新プログラム」だそうで、わたしは特に第二部冒頭のケーリー・ダンスと、中ほどに出てくるセット・ダンス〜デッキ・ブラシを使ったシャン・ノース・ダンスの、それぞれの<ラグース・ヴァージョン>に狂喜しました。なかでも West Kerry Set の第一フィガー(ポルカ)をステージ用にぶっぱやくアレンジした〈West Kerry Gets Reel Set〉は見事のひとこと(リール・セットといいながらステップはやっぱりポルカでした)。そうか、セットダンスにはああいう「見せ方」もあったんだなあ…と感心しきり。
細かくいえばバンドメンバーも若干替わっていますし女性ソロ・ヴォーカリストも違いますが、全体の印象をおおきく覆すほどのものではありません。やはり、なんといってもダンサーの増加とプログラムの変更、この2点が最大の変化でしょう。
これをラグースの「進化」と言っていいのかもしれません。じっさい、昨年の公演はともかく、上の写真奥に写っているDVD(2001年のダブリン公演)と比べてみると、ほとんど別ものと言えるほど内容がまったく異なっています。
しかしわたしは、あえて2007年日本公演『ラグース』を「進化」とは呼ばないでおこうと思います。「進化」というと直線的なイメージがありますからね。そうではなく、これは無数に存在しうる「バリエーション」のひとつではないかと思うのです。要するにフレキシブルさのあらわれではないかと。
『ラグース』にはとくに決まった<物語>があるわけではありません。大まかなフォーマットさえ用意しておけば、その中で各人がその持ち味を生かした個人技をいくらでも発揮できるようなつくりになっています。ミュージシャンやダンサーの数もとくに決まりはありません。極端な話、3〜5人くらいのごく小規模なユニットであっても『ラグース』は成立するでしょう。このショウが成功したポイントは、一にも二にもここにあります。つまり、規模も内容もフレキシブルに変容可能なしくみをつくったこと、これがファーガル・“大将”・オ・マルクルの功績です。
『ラグース』はアイルランドのはじっこにあるアラン諸島の小さな島、イニシュモア島で誕生しました。もとはといえば観光客誘致のためのショウであったと聞いています。日本でも観光ホテルの宴会場に行くと地元の民謡と踊りをパッケージしたショウがありますね。基本的なコンセプトはそういうものです。物語性を排除したこと、会場の大小や出演者の増減に左右されにくく自在に取り替え可能な演目構成など、『ラグース』ショウの独自性はそういう条件から生まれたと想像できます。
観光客が相手ですから、テーマは自然と「アイルランドのパブリック・イメージ」を上手に演出して観客に提出する、というものになります。小難しい文学性や政治的メッセージはここではほとんど必要ありません。ファーガルの時に軽妙、時にベタなMCも含めて、このショウはあくまで「気軽なエンターテイメント」なのです。
「アイルランドのパブリック・イメージ」を音楽/ダンス方面で具現化したひとたちというと、まず真っ先に挙げられるのはチーフテンズでしょう。自他共に認める「アイルランド文化大使」としての長年の功績は特筆すべきものがあります。彼らはアイルランドがまだヨーロッパの片隅のささやかな存在でしかなかった時代からずっと、この小さな島国の存在を世界中に懸命にアピールし、その音楽のユニークさ、ダンスの面白さを観客に提示し続けました。外国でのコンサートでは現地ミュージシャンと積極的に共演し、アイルランド音楽のもつグローバル性をも証明しました。
次いで「アイルランドのパワー」を強力にプレゼンテーションしたのはダンス・ショウ『リバーダンス』でしょうか。アイルランドが経済的に大きく飛躍・発展していくなかで「ケルティック・タイガー」なる言葉が生まれましたが、このダンス・ショウはまさに「ケルティック・タイガーの申し子」と言えるような活躍を成し遂げたのです。『リバーダンス』は、チーフテンズ流の「俺たちは世界中どこでも生きていけるさ」という逞しさとは別の、「世界のどんな文化をも呑み込んでみせるぜ」という風な気概に満ちていました。まさしく大河のごとく、アイルランドという国の大きなうねりを表現してみせたのです。
『ラグース』は、ひょっとすると、それらに続く第三の流れをあらわしているのかもしれません。「ポスト・ケルティック・タイガー」時代ならではのステージだと言い換えてもいいでしょう。
ここでは地に足が付いた「等身大のアイルランド」が淡々と、時に飄々と、演じられています。ことさらに異文化を意識することなく、また「アイルランドの伝統」に教条的にこだわるでもなく、自然体でリラックスした雰囲気のまま、ステージが進行していきます。
* * *
日本でも「アイルランド/ケルト音楽」がブームになっていた時期がありました。具体的には1990年代後半から2000年代はじめごろまで、でしょうか。マスコミ的、レコード・セールス的な意味ではその「ブーム」は今ではすっかり下火になりましたが、そのぶん愛好家たちはもっと深く、もっと静かにかの国の音楽や文化に親しんでいます。
これは昨年の公演でも感じたことですが、実は『ラグース』日本公演の客層は、そういういわゆる「コアな」アイリッシュ・ファンとは少し違うようです。おそらく主催者の宣伝方法に由来するのでしょうが、「アイリッシュ・ダンス」というコトバをなんとなく聞いたことはあるけれども見たことがない、アイルランド音楽といっても今まで意識して聞いたことがない、そういう風な観客層がかなりの部分を占めているように思います(アンケートをとったわけではないのであくまでわたしの第一印象に過ぎませんが)。そういう人たちに向けての「アイルランドの今」を紹介するものとして、この『ラグース』は特上の逸品ではあるでしょう。奇をてらわずフレンドリーで、躍動的・情熱的でありながら叙情と哀愁を感じさせる演目の数々。「大将」のユーモラスなおしゃべりと深みのあるうた、各ミュージシャンのハイレベルな演奏、めくるめくタップ…。もしもアイリッシュ・トラディショナルの世界とのファースト・コンタクトが『ラグース』だったという人がいたなら、その人はけっこう幸せ者かもしれません(って、なんだかいかにも宣伝文句みたいな言い方になってますが・笑)
* * *
上の方で、わたしは<『ラグース』には決まった物語はない><いくつもの演目がTPOにあわせて取り替え可能>と書きました。あえてなくてはならない柱を挙げるならファーガル・オ・マルクルその人であり、『ラグース』とはいわば彼が主宰する気の置けないアイリッシュ・パブのような存在なのかもしれません。
今回の「日本向けプログラム」は個人的にツボで、大満足のステージではありましたが、では来年以降(も来日ツアーがあるとして)、『ラグース』はどう「変容」していくのでしょう。
ちょっと夢みたいなことを考えます——『ラグース』がもし本当に「なんでもありのパブ」みたいなものだとしたら、たとえば、途中でセッション・タイムなんかがあると楽しいかもしれない。チーフテンズ流の「地元の一流ミュージシャンとの共演」ではなく、あくまで「パブ・セッション」。観客が自由に楽器を持参して会場に入り、ラグースのメンバーとセッションを繰り広げる。その横ではダンス・シューズに履き替えたアマチュア・ダンサーの一群が、ステージ・ダンサーたちとケーリーを繰り広げている…。
『ラグース』はあくまでショウなので、こういう「ハプニング性」を実現しようとすればよほどの事前コントロールが必要でしょう(要するに「仕込み」でなければ成立しない)。でも、もし上手くいったら非常に面白そうではあります。あるいは——これは以前別のところに書いたことがありますが——日本中のアイリッシュ・パブに各メンバーが少部隊で乱入し、一晩だけ全国一斉に『ラグース』になる、というのもかなり面白そうです。
現実的であるかどうかは別にして、そういう風な、いろんな可能性を夢見させてくれるところに『ラグース』の楽しさがあると、わたしは思います。
2007 07 23 [dance around] | permalink
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comments
そちらの方が良かったかも>Mikie Smyth のソロアルバム
内容は東京と同じかと思うのですが、大阪の盛り上がりはいかがでしたでしょうか。
レベル高いですよね、溜め息出るくらい。
言葉で例えちゃうと決め付け的かも知れませんが、懐の深さみたいなもんですかね。
「(日本の客は)こういうステージが好みなら、こんな風に味付けしてみようか」なんて事を考えているかも知れませんし、またそれをサラッとやっちゃいそうな人達ですから、決まり切った演奏リストなんか無しにして大枠だけ決めて、その場の空気を見ながら好きにやってもらったらもっと面白いことになりそうですよね。
> 日本中のアイリッシュ・パブに各メンバーが少部隊で乱入し、一晩だけ全国一斉に『ラグース』になる
あー、分身の術でも使えないと観られなかった分だけ悔いが残りそう・・・
posted: Fujie (2007/07/23 23:59:48)