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ふたつの“スワン”

【写真左】
●氷の上のスワン・レイク—白鳥の湖—
2007年08月22日〜08月26日 兵庫県立芸術文化センター大ホール
2007年08月29日〜09月09日 東京厚生年金会館
プログラム/デザイン:竹内克明(ブラウニー)
【写真右】
●アクロバティック白鳥の湖
2007年08月09日〜08月19日 Bunkamuraオーチャードホール
2007年08月23日〜08月26日 フェスティバルホール
2007年08月30日〜08月31日 福岡サンパレスホール
プログラム/デザイン:タカハシヨシノリ(triple-O)
ピュアなクラシック・バレエ好きからするとひょっとして<邪道>とかなんとか言われそうなふたつの《白鳥の湖》公演を、2日連続で立て続けに観てきた。おかげで、いま私の頭のなかはチャイコフスキーのあのメロディがぎっしり充満している。
* * *
《アクロバティック》版は昨年に続いて2度目の来日公演(前回の感想はこちら)。初演は2005年・上海。《氷の上(以下フィギュア版と記す)》は初来日、初演は2006年6月・オーストラリア。
まずは《アクロバティック》版の感想から。関西公演は昨年と会場が変わっており(梅田芸術劇場→フェスティバルホール)、そのせいなのかどうか、昨年感じたこってりさはいくぶん薄らいでいたように思った。ステージが広くなったせいだけでなく、2度目なのでこちらの目が慣れたせいもあるとは思うけど。それと、<アクロバティック>要素が若干減り、そのぶん<バレエ>が増えたような気がする。その<バレエ>シーンは、昨年に比べてかなりぎこちなさがなくなり、ぜんたいにとても上手くなっていた。
個人的には、この変化はちょっと残念だ。アクロバティック・スワンは、とことんコッテコテにやってくれればいいと思うんである。息つく間もないスペクタクルの連続を、これでもかと見せつけてくれればいいと思うんである。暴言を承知で言うが、あえてバレエが上手くならなくたっていいとさえ思うんである。
どのみち、チャイコフスキーの音楽を自在にカットして都合良くつぎはぎにして流しているのだ(たぶんマジメなダンスファン&音楽ファンにはこの時点ですでにアウトだろう。わたしでさえ、せめて細切れ・ブツ切れが気づかれない程度には編曲してきちんと録音しなおせばいいのにと思ったほどだ)。それくらい大胆不敵なことをやってるんだから、ならばこそ<お芸術>に色目など使って欲しくないと思うのだ。
対する《フィギュア》版の方は、演出が英国人、出演者はオールロシア人で、ある意味正統派である。ストーリィ構成もチャイコフスキーをかなり研究し、プティパ以前のオリジナルを意識しているという(ただし、この物語の原型は悲劇で終わるのだが、《アクロバティック》版はもちろん《フィギュア》版もハッピー・エンドである)。この物語に明確な時代設定がなされているのも新鮮で、プログラム解説によると衣装と舞台デザインはロマノフ王朝、1900年代初めごろをイメージしているとのこと。こういうファンタジーで20世紀初頭という設定はけっこう大胆なように思うのだが。
わたしが面白く感じたのは、《アクロバティック》《フィギュア》どちらの版もジークフリート王子がかなり快活で行動力があり、たとえば昨年パリ・オペラ座バレエがやったヌレエフ版のような、どうしようもない救いの無さとか抑圧者に囲まれた王子のダメダメっぷりがみじんもないことである。《アクロバティック》版では物語のどこにも母親(王妃)は出てこない。《フィギュア》版の母親も一定の節度と距離を持って息子と接しており、決してバレエ版で定番の<マザコン王子>などではないのである(加えて、《フィギュア》版の王妃は控えめながらもソロを踊ったりして存在感があり、ほとんど踊らない一般バレエ版とは違った役柄で、これにも好感を持った)。さらに《フィギュア》版ではオデット姫が自らの自由を賭けて悪魔ロットバルトと対決するという行動力すら見せていて、これはかなり良いと思った。黒鳥オディールが自ら身を引くというのも演歌っぽくて泣かせます(欲を言えば、それならオディールの<魂の救済>まで描いて欲しかった)。
《フィギュア》版、最初は王子がふたりいる! 兄弟? と思ったんだけど、王子とその友人という役柄なのね。誕生祝いの弓(というかボウガンですな、あれは)を二人とも貰ってるし、第一幕が終了するまでこれはきっとダブル王子という新解釈に違いないと思い込んでしまっていた(いつBLになるんだと期待しながら舞台を眺めていたのは内緒 ^^;)。
で、クライマックス、王子がロットバルトをやっつける武器が弓じゃない! 《アクロバティック》版ではものすごく唐突に弓が出てきて面食らうのだが(この唐突さは昨年と一緒)、《フィギュア》版では第一幕の弓がまったく伏線にならないという、これまた別の意味で意表を突かれるものだった。まあ飛び道具より、ロットバルトとの決闘がきちんと描けるという点では《フィギュア》版のフェンシング対決もアリなんだろうなあとは思うんだけど。このあたり、ふたつとも小道具の使い方にはちょいと不満が残る。
それと、これは「遊び」のたぐいと思うんだけど、《フィギュア》版第二幕冒頭の、各国のお姫様が集まる舞踏会の場面で、なんとアイルランド王女が登場するのにびっくり。原作ではスペイン・イタリア・ハンガリー・ポーランドぐらいじゃなかったっけ。《フィギュア》版はイタリア・アイルランド・スペイン・ロシア・ハンガリーというラインナップである。あれれ、これってロマノフ王朝下のロシアが舞台じゃなかったのか?
なんでアイルランドかと思っていたら、プログラムによればプロデューサーのジェームス・カンデルというひとが《リヴァーダンス》の制作に関わっていたことがあるんだそうで、なるほど。音楽はどことなくケルト風味と言えば言えそうな程度のものだったんだけど、あれもチャイコフスキーのオリジナル・スコアなんだろうか。
* * *
どちらの《白鳥》も、人間の身体はかくも驚異的な体技を行えるのかという感動に満ちている。とくに《フィギュア》版なんて、最後の最後までよくぞここまで体力が続くなあと感嘆してしまうほどの、力業の連続である。フィギュアスケートならではのスピード感もあるし、エッヂの効いた小刻みなステップにも感嘆させられた。そもそも、いつも見慣れているコンサートホールがアイスリンクになっているという時点で、すでにワクワク感がいや増す。加えてセットや衣装デザインも見応えのあるお洒落なものだった。
2日連続で東洋・西洋それぞれが解釈するまったく違う「白鳥」を観る機会など、おそらく二度とないだろう。非常にスリリングな体験をさせてもらったと思う。どちらも個性的で独自性があり、なおかつ伝統を踏まえるポイントと革新させてゆくポイントが、互いに完全に異なっていたのが強く印象に残った。
おそらくは、両者ともまた来年以降も来日公演があるんじゃないかと思う。そのときにそれぞれ舞台がどう変化しているのか、それを見届けるのも楽しみである。
余談だが、ロビーの<グッズ対決>も面白かった。《アクロバティック》版はプログラムの他はTシャツやタオルなど。Tシャツでも買おうかと思ったけど、残念ながら個人的にはもう少しデザインをなんとかしてくれ〜と叫びたい出来だった(^^;)。《フィギュア》版ではさらに、早くもDVDやサントラCDまで並んでいたのに感心。マーケティング方面ではこちらの方が抜かりがない感じ。《アクロバティック》版も早くDVDを出せばいいのになあ。
2007 08 27 [dance around] | permalink
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comments
「アクロバティック白鳥」は今年初めて見たのですが、
まあ、エンターテインメントとしてこのような舞台を作ってくれて
ありがとう!と思いました。
フィギュアのペアはやはり中国にはかないません;;
で、「氷の上のスワンレイク」はいかがでしたか?
9月に東京で見るので期待はしていませんが、楽しみにはしてます。
posted: まるみ (2007/08/27 0:15:39)
完成度と芸術性という点では「氷上」の貫禄勝ち、意表を突くエンターテインメント性という点では「アクロバット」のうっちゃり勝ち、といったところでしょうか。バレエ好きの層とフィギュアスケート好きの層はある程度重なってると思うんですが、そのあたり、両方にとてもお詳しいまるみさんの感想もいつか聞かせてくださいね。
posted: とんがりやま (2007/08/27 0:29:59)
えっ・・・アイルランド王女なんていましたっけ。<スワンレイク
気づきませんでした。
英国人の、といえばマシュー・ボーンのスワンレイクがありましたね。
(といいつつこちらは観ていないから何とも言えないのですが)
英国人はやはりどこかちょっと変えてみたがるものなんでしょうか。
posted: kumi (2007/08/27 1:21:38)
2番目に登場するグリーンの衣装のがアイルランド組でした。音楽とダンスは、言われてみればそう思えないこともないというもの。「そう言われてみれば」なんとなくケルト風味な音楽、「そう言われてみれば」どことなくアイリッシュ・ダンスっぽいステップという感じでした。
マシュー・ボーンのも変わりダネでしたねえ。それにしても「スワン」に魅せられる人たちがとても多いのに驚かされます。いろんな解釈とか深読みが可能な物語だから、演出家ゴコロをくすぐるんでしょうね。
posted: とんがりやま (2007/08/27 10:10:48)