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風は太陽を追いかけて
もしもあの風を この身に感じることができたなら
僕は死ねるだろう 幸せのうちに死ねるだろう
TALITHA MACKENZIE--Indian Summer
Sonas Multimedia, 2007
Graphic design by Talitha MacKenzie & others
ここ数週間ほど、まるで取り憑かれたように一枚のCDばかり繰り返して聴いています。もっと正確に言うと、特にリピートしているのはその中の一曲なんですが。
ニューヨーク生まれで、現在はエディンバラに住むタリサ・マッケンジーの最新作『Indian Summer』は、彼女がこれまでもっとも力を注いで取り組んできたスコッツ・ガーリック(スコットランドのゲール語)のうたの世界から少し離れ、そこにネイティブ・アメリカン(いわゆるインディアン)が入り込むというちょっと不思議な一枚です。チェロキー族のことばで歌われる〈Amazing Grace〉という、実にユニークなトラックもあります。
タリサはアイリッシュ系アメリカ人だという記述をどこかで見かけたんですが、本当かどうかは知りません。マーティン・スワンと作ったヒット作『mouth music』(1990年、日本盤は「マウス・ミュージック」CBS/SONY・CSCS 5314)やソロでのセカンド・アルバム『sòlas』(1993年、ちなみに以上2作はiTunes Storeでも購入できます)は特にスコットランド色が強いので彼女自身にスコットランド系の血が流れているのかなと思いがちですが、どうもそうではないようですね(エディンバラ大学で学んだあと結婚してそのまま彼の地に住んでるから、縁は深いのでしょうけど)。
独身時代のTalitha Nelson名義で発表したソロ第一作『Shantyman!』(1986年)はアメリカを含む世界各地の海の歌を、その十年後に発表したサード・アルバム『spiorad』(1996年)ではセルビアやブルガリアのダンス曲にも挑戦するなど、単なるゲール語歌手という枠には収まらない活動をしています。トラッド畑の音楽家はあらかじめ自らの民族的ルーツを持っている人が多いんですが、彼女の場合はどちらかというと外部の世界の人であり、"トラディショナル"は勉強して身につけていったという感じでしょうか。
とはいえ、この新作でネイティブ・アメリカンを全面的にフィーチャーしたのには面食らいました。一瞬「同姓同名の別のミュージシャンのアルバムを買ってしまったのか」と思ったほど。サウンド面も前作までとはがらりと変わり、よりアコースティックでナチュラルな印象。年齢を重ねて行くにつれ(タリサは1956年生まれ)、肩の力が抜け自然体で表現できる術を身につけたのかもしれません。
エントリ冒頭の詞は、アルバム10曲目の〈Wind Cheses the Sun〉のリフレイン部分を訳してみたものです(下手くそな意訳ですんません。原詞は末尾に記載しています)。タリサのオリジナル作品です。
このうたはネイティブ・アメリカンの活動家レオナルド・ペルティエ Leonard Peltier のことを歌ったものです(参考文献:Wikipedia(英語版)、公式支援サイト(英語版)、日本での支援ページ Free Peltier ! など)。
1975年6月にパインリッジ居留区で起きた銃撃戦でFBI捜査官2人が死亡、ペルティエはその犯人として終身刑の有罪判決を受け、以後ずっと独房の中に閉じこめられます。ただ、この裁判は公正さに大いに疑問が残るとされており、ペルティエの抑留は殺人犯としてのそれではなく独立運動にまつわる政治犯としてではないか、ということからアムネスティ・インターナショナルをはじめ多くの団体・個人支援者が彼の解放を求めています。その中にはクリス・クリストファーソンやボノやマドンナを含む多くのミュージシャンによる請願運動もあり、実際に多くの音楽家が彼の歌を書いてレコードに残しています。
タリサ・マッケンジーが作った〈Wind Cheses the Sun〉も、その中の最も新しい一曲と位置付けることができるでしょう。ちなみにペルティエのLakota name(ラコタ族としての名)はTate Wikuwaといい、これが「Wind Cheses the Sun」という意味になるのだとか。
もっとも、以上のことは、ブックレットに載った歌詞と短いコメント、タリサのオフィシャル・ウェブサイトなどを通じて知ったことで、「ペルティエのことを歌ったうただから」という理由でこの曲に興味を覚えたのではありません。その逆です。
6分を超える長い曲ですが、なぜこのうたを何度も何度もリピートして聴き続けているのか、その理由は、実はわたしにもよくわかりません。シンプルでなじみやすいメロディラインと、静かだけれども徐々に力強さを増していくヴォーカルに惹かれたのでしょうか。英語圏の住人ではないリスナーならではの特権(?)とでも言いますか、重い告発の歌であるにもかかわらず、歌詞を知らずに聴けば、一曲を通して流れる空気にはどこか「透明な諦念」とでも言いたくなるような、無常感をも感じさせます。
とまあ、あれこれ理由をつけることはできるのでしょうけど、そういう理由を頭で考えれば考えるほど、自分がはじめてこのうたに触れた瞬間に感じたことからはどんどん遠ざかっていくような気もするんですが。
If I could feel that wind on my face
I'd die a happy man, I'd die a happy man
——Wind Chases the Sun, Words and Music by Talitha MacKenzie
2008 03 20 [face the music] | permalink Tweet
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