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[exhibition]:源氏物語千年紀展

●源氏物語千年紀展 The Millennium of The Tale of Genji
京都文化博物館 2008年04月26日〜06月08日
【展覧会図録】
編 集:京都文化博物館
デザイン:株式会社エヌ・シー・ピー
ミレニアム、ということで京都周辺ではさまざまな企画が進行中の「源氏物語」。本展もその一環である。
ミレニアムとはいうものの、この物語が何年に書かれたのか厳密にはわかっていないそうだ。紫式部日記の中で、寛弘5年(1008年)に宮中で評判になっていたという記述があることから、今年がその記念の年に選ばれたということらしい。ま、誤差があっても1〜2年程度なんだろう。
源氏物語の展覧会というと、わたしなどは絵巻物や屏風絵などの美術作品がすぐに思い浮かぶ。本展はそのとおり絵画作品もたくさん出品されていたが、それ以上に「この物語がなぜ一千年もの長いあいだ読み継がれてきたのか」という視点に立った構成になっていた。
具体的には、各時代の多くの写本、注釈書、ダイジェスト版などをこれでもかと紹介。これらの展示品だけでも圧倒されるけれども、よく考えてみれば今では散逸してしまって影も形も残っていない写本だって山ほどあるはずで、ということは展示品の背後にはその何十倍・何百倍もの「今では消えてしまった源氏物語写本」の山が積み上がっているわけで、それを思うと「この物語をどうしても自分の手許に置いておきたい、残しておきたい」という、一千年分の人々の欲望の強さにたじろぎそうになる。どんなモノでも同じなんだろうが「残したい」という強い思いがなければ、何事も残っていかないものなんだなあ、と、当たり前といえば当たり前のことをしみじみ感じた次第。それはたぶん印刷技術やデジタル技術などの発達により複写・複製にかけるコストがうんと少なくなった現代だって同様のはずで、今から千年後の西暦3008年には、いったいどれほどのモノが遺されていることやら。ま、もしも人類および文明社会がこのまま存続していると仮定して、の話だけれども。
現在、源氏物語は全54帖という長編小説として伝えられているが、その成立過程というか、そもそもなんでこんなとんでもなく長いオハナシが書かれたのか、というその理由が興味深かった。
紫式部日記のもう一つの記事に、中宮彰子の宮中の手みやげにする物語の冊子作りをしていたとある。(中略)この手みやげを彰子はどのように扱うのか想像を巡らせてみたい。天皇に彰子がおみやげですよ、と手渡して帰る、そんなはずはない。彰子の所にある物語の内容を知りたくて天皇が通って来るのである。(中略)おもしろい物語が完成すれば、道長は、まず入内した娘に持たせ、天皇は珍しい物語を求めて、その御殿に毎日通う。
親王を産んだ彰子であるが、なお天皇を引きつける努力が必要である。そこで用意されたのが、新作の物語である。しかも、既に評判になっていて続きを知りたいと思わせる長編的な物語がもっとも効果的である。源氏物語はこうして次々と短編を重ね、連載小説のように書き継がれていった、と考えるとよい。(「源氏物語の千年」清水婦久子、図録p.14)
つい長々と引用してしまったが、なるほどねえ。平安時代版“千夜一夜物語”だったというわけなんですね。
この、物語への欲望、というか「オハナシが読みたい(あるいは、聞きたい)」熱というのはいったいなんなんだろうかと思う。これはもはや、食欲や性欲と同じような、人間がもつ根本的な欲求のひとつに数え上げていいんじゃないか。
わたし自身は小説をめったに読まないし、映画もほとんど見ないし、RPGゲームもやらないしで、どちらかというと「物語」への関心が低い方だと思うんだが、それだけに余計に、人類が普遍的に持っているであろう「物語を欲望する精神のありかた」がとても興味深い。というか、省みるになんで自分はさほど物語に関心がわかないのかがよくわからない。…ヒトとしてなにか間違っているのでしょうか。
ともあれ、源氏物語は、たんに一千年前の小説だからスゴイというのではなく、一千年間ものあいだ無数の人々がこのオハナシを読み継いできたということがスゴイんだろうな、と思う。一千年間にわたってこの物語を持続させてきた、無数の欲望の証拠品が目の前にずらっと並べられたらやはり圧倒される他ないわけで、わたしはそういうふうにこの展覧会を楽しんだ。
* * *
ふと思いついて本棚を漁ってみたら、奥の方から新潮文庫の円地文子訳(全5巻)が出てきた。奥付をみると昭和61年発行。どうやら、ワタシもかつて一度はこの物語を読もうとしていたらしい。自分でもびっくりだ。
本を持っていたことを忘れていたくらいだから、もちろん肝心の内容なんてまったく頭にない。この連休中に再チャレンジしてみますか。
2008 05 01 [booklearning] | permalink
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