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[comics]:音楽と漫画

 

Ongakutomanga

●音楽と漫画
 大橋裕之著/太田出版/2009年5月刊
 ISBN978-4-7783-2085-0
 装幀:小田島等
 
 『音楽』『山』『ラーメン』『漫画』の4篇が収録されている。メインはやはり全13話・90ページの大作『音楽』だろうか。
 この作品は、マンガそれも主に少年マンガの王道パターンをこれでもかと用いながら、けれどもその「王道」がほんの少しだけ脇道に逸れてゆくのが面白い。しかも脇道に外れているように見せかけながら、すんでの所で堂々と「少年マンガ」にとどまっているところがさらに面白い。
 
 主人公の研二は高校3年生。スキンヘッドで眉なしで口ひげ、校内のトイレで平気でタバコを吸っているヤツである。<ケンカに明け暮れる学園ものマンガ>に必ず一人くらい出てきそうなキャラだ(ただしふつうの少年マンガ誌では決して主役にはなれそうにないが)。太田と朝倉という彼のツレ——ソリコミ&パンチパーマの、これまた一目でワルとわかる風貌だ——が、ケンカの相談のため研二の教室にやってくる。研二はちょっと考えた末、意外なことを言う。「そんなことより、バンドやらねえか?」
 
 学園ケンカ漫画かと思えば一転して青春音楽マンガだ。「高校3年。バンド。初夏。初めて青春と呼べる時が来たのではないだろうか」なんてセリフを浮かべながら、3人はいそいそと研二の家に向かう。楽器は「後輩の部屋からパクってきた」。それはいいんだがそこにあるのはベースが2本とドラムセット…といってもスネアとフロアタムだけ、バスドラは「重いから持ってこなかった」しハイハットやシンバルもない…。「王道のほんの少し脇道に逸れてゆく」のはこういうところで、カッコいいバンドものマンガになるのかと思っていたこちらの思惑をほにゃっと足払いしてくれるのが大変よろしい。とはいえ「よ〜しテキトーに行くぞ〜」のかけ声で出てきた彼らのサウンドは、研二いわく「今 すんげえ気持ちよかった」で、一発で彼らはバンドに夢中になるんである。チューニングすらしていないベース2本とドラムセットとすら呼べないタイコふたつで、いったいどんな音楽がっ!? などとマジになってはいけない。ココは自分の思いつくなかでいちばんカッコイイ音楽を、各自好き勝手に脳内再生(もちろんフルボリュームで)していればいいんである。
 
 同級生の亜矢という女子(いわずもがな、スケバンキャラである)がヒロインとして登場し、いよいよ学園マンガっぽくなる。バンド名を「古武術」に決めたのはいいが、同じ高校にはすでに「古美術」というフォークバンドがあった! 揃いも揃って長髪・メガネのアコギ3本の「古美術」は学校一の不良トリオに目を付けられたと知ってガクブルものだが、意外にも「古武術」はたいへん礼儀正しく接し、お互いの演奏を仲良く聴きあう。「古美術」は「古武術」の音楽性を認め、来月おこなわれる町内のロックフェスに誘うのであった——。
 
 おお、いよいよ本格的に音楽マンガか、とわくわくさせる展開。ところがとつぜん研二が「飽きた」と言ってバンドをやめる。フェスのプログラムはもうできている。今さら辞退なんてできない! さらに、巻頭以来ずっと研二を敵視している丸武工業高校(全員モヒカンである)のボスキャラ大場(もちろん特大モヒカンである)がフェスのことを知って、「ふふふ…絶対に失敗させてやる」と不敵に笑うのである。いやあ、実に王道ですなあ。
 
 そんなこんなでフェス当日。古武術の出番が迫る中、研二はまだ会場に姿を見せない(王道)。焦る仲間たち(王道)。ようやくベースを持って自宅から出ようとする研二を大場一味が呼び止め、タイマン勝負(王道)! 一方、会場ではいよいよ古武術の出番の時間だ! とりあえず舞台に上がる太田と朝倉。ふたりだけで演奏を始めると、観客から一斉にどよめきの声(「観客が解説」も王道中の王道)。研二は大場に追われながらも全速力で会場に向かう。はたしてステージに間に合うのか…!?
 
 
 実に音楽マンガらしいのは、フェスの演奏シーンが作品中いちばんのクライマックスになっているところ。特に主役の研二のプレイが、めったやたらにカッコイイ。「狙いすぎだ。俺はキライだね」「キモチわるい〜」といった観客にまじって「マイルスが乗り移っておる」とつぶやく老人(博識の古老ってのももちろん王道だよね)もいたりするのが芸が細かくてステキ。
 
 ストーリーもキャラ設定もいたって古典的、絵柄も一世を風靡していた頃の渡辺和博風ヘタウマ絵で、一見すると '80年代だなあと思う(じっさい、作者は1980年生まれらしい)。でもこれは単なる懐古趣味な作品ではないんだな。たとえば(これは別の作品だけど)『ラーメン』のヒロイン平田さんなどは、 '80年代だったらもっとジメジメと陰のある女に描かれていただろう。あの頃は、その湿度を「ブンガク的」だといって喜んでいた、そんな時代だった。一方で「オレたちひょうきん族の時代」でもあったあの頃は、醒めた視線で世の中をちょっとナメているのがカッコイイとされる時代でもあった。
 この作品集に登場する人物たちは、不良もいるとはいえ、みんな純でスナオでまっすぐだ(「山口君はいつも本気だからだ」——『山』より)。斜に構えたりヒネクレたりもしていない。学園青春音楽マンガ『音楽』がすぐれて現代的であり、かつ<すんでのところで堂々と少年マンガ>な理由は、おそらくこのあたりに潜んでいるのだろう。
 

2009 06 10 [booklearning] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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