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[book]:バレエ・リュス その魅力のすべて

●バレエ・リュス その魅力のすべて
芳賀直子著/国書刊行会/2009年9月刊
ISBN978-4-336-05115-8
装丁:白井敬尚形成事務所
今年(2009年)は、バレエ・リュス誕生100周年にあたります(正確には、ディアギレフ率いるバレエ団が「バレエ・リュス」を名乗るのは2年後だけど、パリ・デビューした1909年をスタートとするのが通例)。それを記念して、バレエ・リュスの全貌をわかりやすく解説した本が出版されました。著者はこの方面の第一人者、期待にたがわぬ一冊でした。
バレエ・リュスは1909年に活動を開始し、1929年のディアギレフの死によって解散します。その間わずか20年。とはいえ、ひじょうに濃い20年間で、たとえばバレエ・リュスに関わりのあった人物をリストアップするだけでも膨大な数になります。活躍したダンサー・振付家はもとより作品を創った音楽家や美術家、さらには金銭的な側面で支えた王侯貴族や資本家まで、それだけで一冊の人物事典ができあがるでしょう。
バレエ団のイメージも20年のあいだにさまざまに変わります。その理由としては、途中に第一次世界大戦やロシア革命をはさんだことがあげられますが、大局的にはそうであっても、実はそれらの社会変化によって観客じたいが大きく変貌していく、ちょうど変革期にあたっていたことがいちばんだと思われます。本書中にも<装飾の多い、コルセットでS字体型を作りだすドレスから、身体を解放したゆるやかなIラインをもつエキゾティックな印象のポール・ポワレのドレスへ、そしてジャズエイジのフリンジやスパンコールで飾られたドレス、シャネルスーツというほどの変化があった時代(p.91)>という端的な指摘がありますが、女性のファッションに代表されるように人びとの価値観が非常に大きく揺れ動いた時代でした。著者はその視点から、多少の浮き沈みはあっても20年ものあいだ、流行の先端を走り続けたバレエ・リュスとはいったいなんだったのか、をくわしく解明しています。総論である第一章を読むだけでも、このバレエ・カンパニーがどれだけ奇跡的な集団だったかがよくわかるのでは。
わたしも経験があるんですが、誰かと話をしていて「バレエ・リュスが好き」というと、ベル・エポックだのアール・デコだのといったどこか歴史上の出来事と捉えられてしまって、ピンとこない顔をされることも多いんですが(そしてわたし自身もついそういう捉え方をしてしまいますが)、本書はあくまでもいまのバレエ・ファンに向けて書かれているものです。
そのことをとくに感じたのは2カ所。まず第四章の「全作品紹介」で、ふつうバレエ・リュス作品を語るときデビュー作から順に時系列を追いながら解説されることが多いんですが、本書では作品のテーマというか傾向別にまとめて紹介しています。ガイドブック的な手法と言えばいいのかな、確かにこのやりかただと、バレエ・リュスのもつ万華鏡のような多面性がより直感的にわかります。
もっとも、作品を傾向別に分類するといっても一つの作品をそう単純に割り切れるものでもないので、分類の結果に多少違和感を感じるところもなくはないですが。それと、こういうふうに20年間をシャッフルして再構成してしまうと、バレエ・リュスの作品群がいかに時代とシンクロしていたのか、その肝心の「時代」が見えにくくなってしまうきらいはあります。ここは、巻末の年表と照らし合わせながら読む方がより理解しやすいでしょう。
もうひとつは、ラストの第六章、ディアギレフが亡くなったあとのバレエ・リュスについて。バレエ団そのものは彼の死と同時に解散するのですが、その遺産を引き継ぐべく結成されたバレエ・リュス・ド・モンテカルロと、そしてかつて在籍していたダンサーたちが世界各地に散らばって現代につながるバレエの隆盛に大きく寄与したくだり。とくにアメリカでは、今なおバレエ・リュス・ド・モンテカルロの影響が想像以上に大きく深いことが描かれています。他にもオーストラリアや英国、フランスなどについての<ディアギレフ以降>を読めば、今をときめくあのバレエ団もこのカンパニーも、バレエ・リュスの影響をさまざまなかたちで受けとっていたことがわかります。
しんみりしてしまうのはそこにソヴィエト/ロシアの項目がないことで、結局バレエ・リュスは故郷の地でいちども公演を打てなかったというのが大きいのでしょうが、このカンパニーが「期せずして故郷を捨てざるを得なかった人びと」の集団であることに、あらためて想いを馳せてしまいます。
もっとも、モンテカルロの活動内容もふくめ、そのあたりの事情はいまだよくわかっていないことも多いとのことなので、今後の研究の拡がりに大いに期待したいところです。
今後の研究といえば、同時代バレエ・リュス最大のライヴァルだったバレエ・スエドワ(スウェーデン・バレエ団)やイダ・ルビンシュテイン一座(かの『ボレロ』をラヴェルに依頼し、初演したのはここ)についても、もっといろいろ知りたいなあ。1998年にセゾン美術館と滋賀県立近代美術館で開かれた『ディアギレフとバレエ・リュス展』図録(巻末の参考文献一覧からはどういうわけか省かれているのが謎)に、著者はバレエ・スエドワについての一文も寄せており、すでにそこで<再評価すべき時期に来ている>と書かれててはいるんですが。
写真が思いのほか多いのも本書の特徴でしょうか。よくぞこれだけ、と感嘆するほど大量の写真が掲載されています。初めて目にするものも多いのが嬉しい。
「ニジンスカ」が「ニンジンスカ」になってたり(p.391)「近年公開された映画」が「近年後悔された映画」だったり(p.396)する校正ミスが散見されるのはちょっと残念ですが、まあその辺はわずかな瑕疵。全体としては、最新の研究成果も存分に盛り込まれた、バレエ・リュスへの格好のガイドブックとなっていると思います。
あとは…、なにより「実作品に接する機会」これに尽きるでしょうね。ナマのステージももちろんですが、パリ・オペラ座をはじめ世界中で行われてきたはずの再現上演なんかのDVD化を、わたしは首を長〜くして待ってます。
2009 11 01 [dance around] | permalink
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