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〈アラブ・アンダルシア宮廷音楽の馨り〉
●研究公演 アラブ・アンダルシア宮廷音楽の馨り
〈モロッコの花〉アミナ・アラウィの典雅な歌声
2010年3月22日 国立民族学博物館 講堂
みんぱくの民族音楽関連の研究公演は昨年10月にトゥバのホーメイを聴きに行って以来、久しぶり。あのときは思うように応募がなかったのか、募集期間を延長していたように記憶するのだけど、今回のアミナさんの公演は応募が殺到したらしい。早めに来ないと立ち見になるかもよ、と事前に言われただけでなく、とうとう夜に2回目の公演までおこなうという盛況ぶり。なんなんだ、この差は。
なにしろ<アラブ>で<アンダルシア>で<宮廷音楽>であります。そうとうピンポイントというか、時代も地域も限定された音楽、のように思える。けれど、実際に聴いてみてまっさきに感じたのはその逆で、なんてグローバルなんだろう、ということだった。
アンダルシアといえばアルハンブラ宮殿に代表される、スペイン南部の「文化の交流地」。8世紀初頭からのイスラーム文化が、のち十字軍によるレコンキスタ(国土再征服)によってふたたびヨーロッパの手に渡ることで複雑にブレンドされ、他に類をみないような文化を産みだした——と、ここらへんは学校の世界史で習った。では、十字軍に追われたムスリムたちはどこへ移ったか? それは地中海をはさんで向こう側、北アフリカ北西部のマグリブ、現在のモロッコやチュニジア、アルジェリアといった国々ですね。
本公演の主役であるアミナさんはそのモロッコ第一の古都フェズの生まれで、スペインのグラナダ大学に学んだという経歴をお持ちの人。フェズの古典と伝統を頑なに守る家系の出だそうだけど、大学を出てからはフランスに滞在、ふたたびグラナダに戻り、現在はそこを拠点に活動しているとの由。2000年に「フラメンコとファドとアラブ・アンダルシア音楽とのあいだの音楽的類縁性を基礎にした音楽理論研究」で賞をもらうなど、研究者としての側面もお持ちだという。
…と、会場でもらったプロフィールを読んでから公演に臨んだせいなのかどうか。なるほど、そこで繰り広げられた音楽は、よく聴くといろんな地方の匂いがする。
アミナさんの他にミュージシャンは3人。ウード奏者のソフィアーン・ネグラさんはチュニジアの人で、いくつかあった独奏は時にフラメンコ・ギターを思わせる情熱的なものだった。野太いカンテがいつ入ってもおかしくない。ヴァイオリンのイレッディーン・ムカシシェさんはアルジェリア出身で、楽器をひざの上に立てて、チェロのように演奏する。これはアラブ音楽の伝統的な奏法なんだそうだ。こうなるとヴァイオリンと言うよりフィドルと呼びたくなってしまう。調律はいわゆる西洋音楽のものではないと思うが(ちょっと低い気がする)音色だけ聴くとフィドルのそれなので、なんとも奇妙な感じ。片面太鼓ザルブとテラコッタ製の壷型打楽器ウードゥーを操るイドリース・アニェル君は若干20歳ながら、4歳から太鼓を叩き始めたと言うからこの道16年のベテランで、実はアミナさんのご子息でもあります。アミナ・アラウィその人はヴォーカルと、ときおりドゥフという木枠太鼓を叩く。この4人のアンサンブルが絶妙で、「宮廷音楽」の名にふさわしい優雅さ、上品さが随所に現れていました。
わたしアラブ音楽はほとんどなにも知らないんですが、聴いているうちに汎地中海的、という言葉が浮かんで来ました。といっても私がCDで聴いたことのあるのはせいぜいがマジョルカ島生まれのマリア・デル・マール・ボネットなどごくわずかなんですが。声の質というか歌唱法というか、持っている雰囲気なんかが、なんとなく両者は近しいんじゃないかなという気が。繊細だけどどこか大らかで、背後に豊かな包容力を感じさせます。言われてみれば地中海文化はミックス・カルチャーの嚆矢と言ってもいいような存在、そのフュージョンぶりには年季が入っているだけに、共通性が多く見られても不思議ではないのかもしれません。
とはいえ、アミナさんの基盤はもちろんイスラーム文化の土壌から生まれたうた(多くの伝統音楽とおなじように、ここでもまず歌詞が重要で、曲やメロディは長らく記録されなかったとのこと。演奏は音楽家の即興に任されていたからこそ自由で多種多様な音楽が発達してきたんですが、近年楽譜に記録されるようになってからは、逆にその多様性が失われつつあるらしい)なんですが、第二部後半で披露されたアミナさんのオリジナル曲はキリスト教の聖人の詩をもとにしたものだそうで(曲調はファドを思わせる憂愁さをたっぷり含んだものだった)、「伝統」を身体にしっかり刻み込んだひとだからこそ可能な「新しさ」を表現できるひとなんだなあと思ったものでした。
<モダン>ということでは、会場で売っていたこのアルバムも面白かった。
●SIWAN
Jo Balke & Amina Alaoui
ECM 2042 2009年
Jo Balkeはノルウェーのジャズ畑の人だそうで、本作は2007年から08年にかけてオスロでレコーディングされたもの。いまこのエントリを書きながら聴いてますが、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロの弦楽アンサンブルに、リコーダーやトランペットが加わった編成に乗って歌われるアミナさんのヴォーカルは、会場で聴いた古典的な唱法に比べるとうんとモダン(たとえば、音を伸ばすところで細かなビブラートやコブシをあまりかけない)、けれど端正で落ち着いた質感はそのままで、北欧ミーツ地中海の、きわめてユニークなアルバムです。
2010 03 22 [face the music] | permalink
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