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古き良き“前衛”

 
Nihonga_no_zenei
●「日本画」の前衛 1938-1949
 京都展 2010年09月03日〜10月17日 京都国立近代美術館
 東京展 2011年01月08日〜02月13日 東京国立近代美術館
 広島展 2011年02月22日〜03月27日 広島県立美術館
 
 38年から49年のわずか11年間だけで日本画の「前衛」を語っていいのか、という問題もあるのだけれど、いったい「前衛」って何なんだろうねえ、というもやもやした思いが、ずっと心の中に溜まってしまった展覧会だった。
 
 そもそも「当時の最先端」であったはずの「前衛」を過去の「歴史」として眺める、ということ自体に無理があるわけで、まして「前衛」が面白いのは状況それ自体であって、作品そのものはただの残滓みたいなもの。自由だ破壊だ革命だ、という叫びを、それが終わってしまった未来から冷静な眼で見直しても、当の本人たちの情熱や必死さはなかなか伝わりにくい。なにせ既成の権威や因習に真っ向から立ち向かっていこうとした人たちの作品が、いまや権威ある「公立」の美術館でうやうやしく展示されているのだから、破壊も革命もあったものじゃない。ここに飾られているのは「前衛の亡骸」であって「前衛」そのものじゃない、とは判ってはいるのだけど、それでも「なんでこれが前衛やねん」という言葉がつい出かかってしまいそうになるわけで…あぁ、疲れる。
 
 原因はわかっている。展示されている作品の大半が(全部が、とは言わないが)面白くないのだ。ヨーロッパの(当時の)最新モードを真似てみました、という作品を観て、今さらなにを言えというのだろう。へぇ、当時はシュルレアリスムの影響、個人作家ではパブロ・ピカソの影響が大きかったんだなぁ、ふーん。という感想しか出てこない。
 既存の権威から抜け出せだの何だのと威勢のいいことを言っておきながら、実際にやってることは「海外の最先端という権威」をただ真似っこしているだけ、なんである(いや、実際はもっと「前衛」してる作家が大勢いたに違いない。公的な記録にも残っていないような「オモシロ」もたくさんあったに違いない。けれど、「美術館」での「企画展」には、そんなオモシロは決して取り上げられることはないのだ)。 
 シュルレアリスムだのピカソだのを真似っこするというのは「わかりやすい前衛」である。「前衛」がわかりやすくていいのか、という気もするのだが、それが当時の日本の美術家たちの考えつく「前衛」の限界でもあったのだろう。明治初期ならいざ知らず、太平洋戦争前夜になってもまだ欧米の真似っこにしか「新しさ」を見いだせなかったのだとしたら、それは近代以降の日本の根本的な限界だと言っていい。そうしてそれは、ひょっとすると、2010年のいま現在「公立」の「美術館」がイメージできる「前衛」の限界でもあるかもしれないのだが。
 
 しかも、この展覧会は、単に「かつての前衛」を紹介するものではない。わざわざ「日本画の」と銘打っているのである。
 そこんとこがまたやっかいで、わたしは2006年から2007年にかけて開かれた展覧会『揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに』展を思い出していた(当ブログでの関連記事はこちら)。「日本画」の「前衛」と言うなら、それまでの「日本画」という制度内の伝統や技法をどう受け継ぎあるいは否定するのか、そこが問題にならざるを得ないのだけれども、今回の展覧会に選ばれた作品がその問題に真摯に応えているかというと、少々アヤシイのではないかという気がするのだ。なるほど、屏風や襖絵や掛け軸といった形式を踏襲しつつ中身は抽象画、などといった作品群は、当時はそれなりに目新しかったんだろうなあとは思うものの。
 出品作の多くで、大胆なタッチや豪快な筆さばきが目立っていたのも気になった。繊細で華やかで過剰に装飾的、というのも日本画ならではだと思うのだけれど、そういった方向はまったく無視されていたのだろうか。少なくとも当時の「前衛」意識のなかでは、そういった日本画の職人芸的な装飾性は否定されるべきものの筆頭だったのだろう。実際、「スーパーフラット」だのなんだのとプラス方向で評価されるには21世紀の到来を待たなければならなかった。
 
 
 じつは、この展覧会を観に行った日に、もうひとつ日本画の展覧会を観ていた。滋賀県立近代美術館で開かれている「色と墨のいざない 出光美術館コレクション展」(9月11日〜10月11日)で、こちらは十三世紀鎌倉時代の絵巻物から十九世紀江戸時代の文人画までの歴史的名品を集めた展覧会。かたや10年やそこらの作品群、かたや600年と、もうそれだけでも勝負にならないのだが、絵巻物の中にこと細かに描かれた人物群のいきいきとした表情を堪能してから「前衛」展を観に行って、そこに人物がほとんど描かれていないことに愕然としたのである。
 1940年代に風俗画や肖像画が存在しなかった筈はないのだが、こと「前衛」意識の下では、人物はそれほど重要な主題になり得なかったということなのだろうか。そのあたりも「前衛とは何か」を理解する上で、なかなか考えさせられる問題かもしれない。
 


2010 10 03 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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