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マリア・パヘス“MIRADA”

 
Mp2011
 本ブログのふたつ前のエントリで、ジョゼ・サラマーゴとマリア・パヘスが共演した動画をご紹介した。『MIRADA』は、今は亡きそのサラマーゴに捧げられている。また、公演パンフには彼の書いた短いマリア評も掲載されている。サラマーゴとの出会いが、彼女にとっていかに重要であったかを物語っているようだ。
 

 
 『MIRADA』は兵庫で1回、東京で2回上演された。“舞踊団創立20周年記念公演”と銘打たれているだけあって、これまでの彼女の成果を巧みに取り入れつつ、舞踊団の新たな可能性も示唆しているような、そんな作品だったのではないかと、3回全て観終わったあとでしみじみ考えた。
 自身の舞踊団を率いて20年。マリア・パヘスは常にフラメンコ表現の極北を目指してきた。その独創性はそうそう誰にでも模倣できるものではないし、だからこそ彼女は長きにわたって劇場フラメンコの第一人者たり得た。だからといって、マリア・パヘスはけしてフラメンコを壊そうとしているのではない。むしろ、フラメンコの地平をぐっと押し広げようともがき続けてきたのだ。そしてそれは、フラメンコという独自のスタイルを持つダンスを、まず誰よりも信じていなければ到底なし得ない仕事ではあるだろう。
 おそらく、彼女はこう思っているに違いない。「私がステージの上でどんなに暴れたところで、フラメンコはびくともしないわよ」と。マリア・パヘスが全身全霊をかけて新しい試みを繰り返すのは、フラメンコに対する絶対的な信頼があるからだ。だから、どんなに斬新な演出を試みようとも、彼女のフラメンコは揺るがない。
 彼女のフラメンコ観——たとえば、マリア・パヘスは音を非常に大事にする。今回の舞台、踊り手はマリアを除けば男女各4人ずつ。けして大所帯というわけでもない。それに対しミュージシャンはというと、カホン(パーカッション)が1人にヴァイオリニストが1人、カンテ(うた)が男女1人ずつ、ギタリストに至ってはなんと3人という、たいへん豪華な布陣である。男性舞踊手はパルマ(手拍子)としてもほぼ出ずっぱりだ。当然、産みだされる音楽はもの凄くぶ厚い音で、単に音楽を聴いているだけでもとんでもなく贅沢な気分になるのだ。
 ギター・カンテ・バイレ(踊り)がフラメンコの三大要素、三位一体とはよく言われるけれども、いち舞踊団のダンス公演でこれほどまでに音楽を重視しているのもかなり珍しいのではないか。マリアならではの見識の高さ故と言っていい(本作では、その三大要素に加えてさらに「ことば=詩」をも大切に扱っている。これは今までの彼女にはあまりみられなかったと思う。おそらくは、冒頭に書いたジョゼ・サラマーゴとの出会いがその契機になったのではないかと推測する)。
 このように、並のダンス・カンパニーでは考えられないくらい音楽を大事に扱っているのは、ダンスだけではフラメンコとは言えない、という信念の現れだろう。
 音楽を大事にするからこそ、ミュージシャンの舞台上の位置も演目ごとに自在に変化する。上手か下手の後方にまとめたかと思えば次の場面ではおのおの椅子を片手に舞台中央に陣取り、あるいはマリアを中心に並んで楽しげにセッションする。振付家として群舞の扱いが得意なマリアだが、本作ではダンサーのみならずミュージシャンまでをも自在に操っていて、とても楽しい。音楽と踊りは常にひとつのものである、という確固たる考えがなければ、こういう発想はなかなか出てくるものではないだろう。
 
 
 本作は映画のように始まり、映画のように終わる。いわゆるアヴァン・タイトルでは、真っ暗な舞台の上にマリアがただ1人立つ。まだ音楽もない全くの無音の中で、彼女が踊り始める。靴が床を擦る音、バン、と強く踏み鳴らす音がいつも以上に鮮明に聴こえ、心地良い。その後クルト・ヴァイルのゆったりとしたタンゴ・ハバネラ(「ユーカリ」)に乗って「まるで映画のように」キャストとタイトルがスクリーンに映し出される。
 黒地に白の水玉模様のワンピース、手には真っ赤な扇。比較的カジュアルな装いのマリアが、作品冒頭と中盤、そして最後の、都合3回、登場する。自宅を出てから何処かの家を訪ねるまでという、ごく簡単なストーリーが設定され、その間をさまざまなスケッチで埋めるという構成だ。途中休憩なしの90分を、前半は主に月をモチーフにしたダンスの数々で、後半は怒濤のようなリズムの嵐で観客席を圧倒する。
 舞台づくりはますますシンプルに、かつ研ぎ澄まされてきたようだ。舞台装置や大道具の類はひとつも出てこない。そのかわり、照明と、バックスクリーンに映写されるビジュアルがとても凝っている。新月が徐々に満ちていつのまにか満月になっていたり、あるいは各国の雑誌記事がコラージュされたり、ただの写真と思っていたら実は動画だったりと、細かいところで仕掛けがたくさんあって、それだけでもとても面白い。
 静謐で厳しさに満ちた前半の演目群から一転、中盤のミュージシャン連中とのやりとりが愉快な「タンゴスの散歩」から以降の後半は一気呵成の展開で、『ラ・ティラーナ』や『ソングス・ビフォー・ア・ウォー』など過去の代表作からの引用を含むなど、まさに<20周年記念>にふさわしい作品だった。
 マリアのソロと舞踊団の群舞が交互に演じられるという構成もおなじみのものだ。ただ、個人的には、たとえば『ラ・ティラーナ』でのマノロ・マリンとのシーンや、初期リバーダンスにおけるマイケル・フラットレーとの火花散る一騎打ちのような、一対一での濃密なやりとりをまた観せてほしいとも思う。ダンサー連中と絡むよりも、ひょっとして彼女にとってはミュージシャンとやり合う方が楽しいんだろうか?
 
 ともあれ、ますます脂が乗ってきたマリア・パヘスの<現在>を、しっかりとこの眼で確かめることができたのはこの上ない歓びだ。何度も書いているが、彼女と同時代に生きていることがどんなに幸運であるかを、今回もつくづく感じさせられた。
(冒頭写真は渋谷・スペイン坂にて)
 

2011 02 20 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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comments

おお、もうエントリー上がってるんですね。
お疲れ様でした。

ちなみに20日のオーチャードでカメラがありましたが、終演後、係の人に聞いたところ、DVDなどの映像商品ではなくTBSの放送用で放送予定は未定との事でした。

posted: Fujie (2011/02/21 0:12:25)

カメラ、入ってましたねえ。関東ローカルの地上波だったら観られないので、ぜひBSで放送してもらいたいものです。

posted: とんがりやま (2011/02/22 8:39:59)




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