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ダンス・バイブル

 
Dancebible

●ダンス・バイブル コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る
 乗越たかお著/河出書房新社/2010年12月30日初版
 ブック・デザイン:村山守(スープレックス)
 ISBN978-4-309-27229-0
 
 とにかくたいへんな情報量、そしてとんでもなく面白い。ダンス関係の本をそんなにたくさん読んでいるわけでもないので大きいことは言えませんが、ダンス本はこれ一冊あったら充分なんじゃないか。もう他の本なんて読まなくても済むんじゃないか。そんな風に思わせる一冊でした。
 
 乗越さんが「ヤサぐれ舞踊評論家」を自称してどれくらいたつのかな。2003年に出た『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』(作品社、現在は増補改訂版の『〜HYPER』になっています)ではすでに「ヤサぐれ」てましたから、著者はここ何年間もヤサぐれっぱなしということになります。
 著者がなんでヤサぐれてしまったかにも興味はありますが、それはともかくとして。本書は「コンテンポラリー・ダンス」の解説本というよりかは、現代に至るまでのダンスの歴史を一気呵成に記述した、ダンス史概論とでもいうべき本です。目配りの幅広さはこの人ならではで、芸術としての西洋クラシック・バレエ〜モダン・ダンスから大衆芸能としてのショウ・ダンスやアクロバットやストリップティーズなどなどを対等に並列させ、そのどれもが現代ダンスに欠かせぬ要素である、としています。最初に「とにかくたいへんな情報量」と書いたとおり、貴重な写真も豊富に掲載されていて、そのキャプションを眺めているだけでもあっというまに時間がたってしまいます。まあよくもこれだけの内容をコンパクトな一冊本にまとめあげたもの。その腕力だけでも感嘆に値しますが、肝心の本文がいちいち面白くも鮮烈。本書のもとになったのは著者の講演録なんだそうですが、ラフにくだけたもの言いでありながら、というよりそういう文体だからこその言い切りの強さが、読んでいてなんとも心地よいのですね。
 たとえばこんな一節——

 未来派は、意味を成さない言葉の羅列の「詩」、キャンバスに切り貼りをした「絵」、さらにホンモノの銃を撃ってしまって大騒ぎになる即興の「劇」など、まあ総じてオッチョコチョイってところに話は落ち着くと思いますけど、現代アートの原型の多くは、すでにこのころに見ることができるのです。(p.47、太字は原文ママ)
 あはは、まったくその通り。あるいは——
 得てしてスノッブな知識人ほど「自分はヨーロッパの正当の芸術のなんたるかを知っている。しかも知っているということを他人にアピールしたくてたまらない。ので、新しいものを『正統じゃない!』と声高に否定する」というウザったい性癖を持っているものです。(p.78、太字は原文ママ)
 これにも声を出して笑ってしまった。
 ほかにも、価値観が大きく揺らぐ時代には、ダンス、格闘技、ポルノなどの<「プロとしての身体」を見たいという欲求が高まる(p.32)>とか、戦前ドイツで身体への関心が医学・健康方面に重きを置いていたことについて<機械化する文明への批判という面を持ちながら、同時に「機械化する身体へのあこがれ」も持っている(p.88)>と指摘するくだりなど、本書のあちこちにハッとする文言があふれています。もう、叩きすぎてひざが痛い痛い。
  
 米欧の近代ダンスの流れを俯瞰する第一章、日本人の身体観とダンスの受容/創造史を描いた第二章、そしてこれからのダンス・シーンを考察した短い第三章と、それぞれ独立して読むこともできるし、なんなら興味を持った特定の事項について、本書を離れて好き勝手に調べていくのもいいでしょう。検索キーワードとなる重要な語句は、本書中にあまさず散りばめられていると思います。けれど、著者の最大の願いは、やはり「ダンスの現場に足を運べ」、このひとことに尽きるでしょう。
この本も含めて、知識だけ詰め込んで得々としているイケすかない奴や、YouTube情報ばかりの頭でっかちな馬鹿者にはなってくれるな。(p.270/あとがき)

 語り口調のヤサぐれ文体も、読者を<頭でっかちな馬鹿者>にさせない工夫のひとつなんだと思います。わたしは本書を一気に読み終えることなく、途中でなんども中断しながら読み進めていました。読み終えてしまうのがもったいないというのもありますが、それ以前に、読んでいるとどうしてもナマの実演が観たくなるんですね。実際は仕事が忙しいだのなんだのいって、なかなか劇場まで行くのが困難ではあるんですが。しかし、そういうふうに、読者を現場へ引きずり込ませようとするパワーが、この本には充満しています。それも、受動/能動どちらでも。観客として劇場に行くもよし、クラブへ踊りに行くもよし。どう関わるかは人それぞれでしょうけど、自分の日常生活のどこかに「ダンス」を身近なものとして存在させておかなくちゃ、そう思いたくなる一冊であります。
  

2011 02 05 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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