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[movie]ダンシング・チャップリン

 
Dancingchaplin
 ●Dancing Chaplin
  原作・振付/ローラン・プティ 監督/周防正行 
  製作/フジテレビジョン・東宝・アルタミラピクチャーズ・電通・スオズ
  上映時間2時間16分 2010年作品
 
<ダンス映画>というジャンルでいいんでしょうか、わたしはダンサーやバレエ団の裏側を垣間見せてくれるドキュメンタリー映画のたぐいがわりと好きで、気がつけばパリ・オペラ座やアメリカン・バレエ・シアター、あるいはモーリス・ベジャールを題材にしたものなどのDVDがたくさんたまっております。いずれも「こりゃあ映画館で観たかった!」と思うものばかり。ふだん映画には滅多に行かないので、気がついたときにはもうはるか昔に終わっていた→あきらめてDVD化を待つかぁ、のくり返しだったんですね。
 周防正行監督作品の『ダンシング・チャップリン』も、とっくに公開されていたことを知らず、連休中に「あ、まだやってたんだ」と気づいて慌てて劇場に走った次第。4月16日公開で、5月に入ってもまだ上映しているということは、かなりのヒット作だと見ていいのかな? まあ、日本人監督作品じゃなかったらあっという間に姿を消していたんでしょうけど。
 ともあれ、以下、ややネタバレっぽい記述も入りつつの、感想文をば。

 
 二幕構成の作品で、前半は撮影に入るまでのドキュメンタリー、後半が作品本編となっていて、このつくりはわかりやすくっていいですね。幕間に5分間のインターミッションが入りますが、この部分は将来ブルーレイ/DVD化する際にはどうするんでしょ。BGMに流れていた音楽ともどもそのまま収録するのか、メディアが違うと割り切って別の編集をするのか、ちょっと興味あります。
 
 ローラン・プティは知っているけど「Charlot danse avec nous(チャップリンと踊ろう)」というバレエ作品は観たことがなかったし、主演のルイジ・ボニーノというダンサーも知らない(草刈民代すらも周防監督の『Shall we ダンス?』でしか観たことがない)、という程度のごくごくライトな観客なんですが、そんなわたしにもこの作品の背景やいま映画にする意味、などがしっかり伝わる前半部分でした。ボニーノと草刈さんの、ふたりのダンサーが真剣にリハーサルを繰り返す部分は見応えがあったし、彼女をリフトする男性ダンサーの力量が問題となって急遽代役を起用しなければならなくなる展開も緊迫感がありました。
 それとは別に、周防監督自身も劇中にたくさん登場します。原作者のローラン・プティと会って映画化の許可を得なければならない役目。監督はプティに自分の撮影プランを一所懸命説明するんですが、これがなかなか許可が下りない。「そういう撮り方をするんだったら、この話はなしだ」とにべもない。さあどうするどうなる、というところで第一部が終了し、後半の作品本編へと続きます。
 
 * * *
 
 この映画、冒頭からとても邦画には見えない、というかヨーロッパ映画みたいな雰囲気があって、はじめから世界公開を念頭に置いているんだろうなあと思わせるのですが、映画に出てくる登場人物のなかで監督だけが唯一、ひじょーに日本人的といいますか、一種ナゾめいた人物にうつります。例えばプティに自分のプランを真っ向から否定されてしまい、じゃあどうするかというと、彼は終始ミステリアスな「Japanese Smile」を浮かべたっきり、何もしないんですね。で、プティに黙って自分のプラン通り映画を撮り終えちゃう。全部出来てから試写のフィルムをパリに持って行ってプティに見せて、そこでようやくブラボーと言ってもらったそうなんですが、オハナシとしては面白いものの、ビジネスとしてはこういう作業の進め方ってどうなんだ。「いや、ここはオレの解釈どおりにやらせてくれ」とばかりにとことんやり合うシーンとかを期待していたんですが、この監督はあっさりスルーしてしまうんですね。そこのところが、なんというかとても日本人的だなあと。
 
 あるいはこれは、舞台人と映画人の作品作りに対する感覚の違い、なのかもしれません。ステージ上で演じられるバレエは常に一回こっきりの、やり直しのできない時間芸術なわけで、イエスかノーかを「その場」でとにかくはっきりさせ続けなければなりません。判断を保留していては前に進めないんですね。対して映画は編集芸術であって、最悪の場合は「撮り直し」することだってできるわけです(現実問題としては、予算やらスケジュールやらの都合でほとんど不可能ではあったとしても)。
 そのポジションで言えば、草刈さんが「舞台人」と「映画人」の橋渡しを見事にこなしていて、ああ、この作品は彼女がいなければ到底ゴールできなかっただろうなあ、と思わせます。具体的には、パートナーとなるダンサーに「舞台ではOKでも映画だとこれではダメだ」とだめ出しをする部分がそれで、彼では力量不足だから代役を立てたい、との訴えを聞いたプロデューサーは「撮影までもう時間がないですが今からでも間に合うんですか?」「彼なら大丈夫、すぐに覚えてくれるわ」「…じゃあ派生する追加料金を計算し直してみましょう」と答えます。このへんのやりとりには身につまされました。作品作りの裏側ってホント、完成度と時間×お金との闘いなんですよねえ(プロダクション・ノートによればラストにちらっと出てくる子役にもちょっと問題があったようで、撮影前日の深夜までてんやわんやだったそうですが、そのあたりは映画には出てきません)。
 
 映画を見終わっていちばん印象に残るのがやはり主役のルイジ・ボニーノ。チャップリン役から素顔のボニーノに戻っていくラストシーンにはこみ上げてくるものがありました。もちろん老プティも素敵だしチャップリンの四男であるユージーン・チャップリンもいい味をだしてます。総じて男達がみなかっこいい映画なんですね。ほとんど唯一の女性登場人物である草刈さんも漢っぷりがたまりません(もうひとりの女性出演者である通訳の方もまた、かっこいい)。かっこよくて美しくって繊細で叙情的で…。<バレエ作品の映画化とそのドキュメンタリー>という作品のなかに、様々なドラマが織り込まれていて、いろいろと心に残る一本でした。
 
 心に残ると言えば、パンフレット冒頭にも引用され、映画の中にも出てくるチャップリンのことばがあります。それは、いまの日本にだからこそより一層ずしっと響くことばでもありました。
 
 コメディーの創作においては、
 逆説的だが、悲劇が滑稽感をかきたてる。
 滑稽さとはおそらく、脅威に対する反作用だ。
 だから自然の力の前では、
 我々の無力を笑い飛ばすべきだ。
 あるいはいっそ狂うべきだ。

 
    ——チャールズ・チャップリン
 

2011 05 06 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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