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シムキン/ウィアー/フラットレー

 
 最近観たDVDの感想をまとめて書いちゃいましょう。
 
Simkin
●ダニール・シムキン IN TOKYO
 新書館 DD11-0709(2011年)
 
 先日アメリカン・バレエ・シアター(ABT)を観に行ったときに会場で購入。シムキンは2008年からABTに在籍している若きスターダンサーで、このビデオは昨年(2010年)東京バレエ団公演に客演するため来日したときに撮影されたものです。生い立ちから現在までを語るロング・インタビューや公演のダイジェスト映像(演目は『ドン・キホーテ』)、東京での束の間のオフや都内のバレエ用品店で行われたファン・ミーティングの模様までも収録されていて、いかにも日本の熱心なファン向けのつくり。実を言うとわたしはこれまでその名前すら知らなかったんですが、一緒に並んでいた写真集ともども飛ぶように売れていたのでびっくり。売り切れちゃう前に、と慌ててDVDの方だけ買い求めました。もちろん公演にもロミオの友人役で出演していたんですが、明るく快活なダンスだなあとは思ったものの、それ以上はよくわからず。
 ダニール・シムキン Danil Simkin は1987年、ロシア生まれ。2歳の時にドイツに移住。両親ともバレエ・ダンサーで、子供の頃から母親からマンツーマンでバレエ教育を受けていたというサラブレッドです。バレエ学校に行くという選択肢もあったんですが、親元を離れ寮に入ってバレエ漬けになるよりも、ちゃんと普通の教育も受けておいた方が良いという両親の意向があったそうな。両親の子供時代はバレエしかさせて貰えなかったから、せめて息子には普通の子供らしい生活を経験させておきたかったんでしょうね。まあ、学業とバレエを両立させるのはそれはそれで大変なんだと思いますが、ダニール少年は勉強の方もきちんとこなしていたそうです。実際、インタビューの応答にも随所に頭の良さを感じさせます。優等生というか秀才タイプ、でしょうか。
 
 2000年頃から国際コンクールに出始め、あちこちで金賞やら最優秀賞やらを穫りまくり、08年にはABTに入団、今に至る…というのがビデオで紹介されている彼の経歴。うんと小さい頃のレッスンの様子とかもビデオで残っている(母親が撮っていたんでしょう)ことをはじめ、オフタイムには電子書籍を読んでるとか村上春樹と少年ジャンプが大好きとか、そういうあたりに今っぽさを感じます。
 そういう編集をしているから、なのでしょうけど、挫折とか悩みとかコンプレックスだとか、ビデオを観ている限りではそんな側面をほとんど感じさせません。もちろん人間である以上、彼だっていろいろ抱えているモノはあるはずなんですが、「若き天才スターダンサー」として売り込みたい故なんでしょうか、そこいらへんはビデオでは取り上げません。まあ王子様キャラならそれでいいのか。
 
 
 で、次に観たDVDは、そんな彼とはおそらく正反対のような才能の持ち主。
Weir
●ジョニー・ウィアー 氷上のポップスター
 新書館 DD09-1110(2009年)
 
 こちらは『THE ICE 2011』の会場で買いました。ウィアーが出演したわけでもないのに何故かビデオはたくさん販売されていて、その中でドキュメンタリー映画だというこれをセレクト。
 1984年生まれと言うからシムキンよりかは3歳年上。かたやバレエの正統派、かたやフィギュアの異端児であり、両者にはもちろん接点はありません。なのでわざわざふたりを比べる必然性などどこにもないんですが、たまたまDVDを続けて観たら、両者の違いがより際だって感じられました。
 ダニール・シムキンを「秀才」と呼ぶのなら、ジョニー・ウィアー Jhonny Weir は間違いなく「天才」でしょう。12歳の時、リレハンメル五輪の女子フィギュアを制したオクサナ・バイウルの演技を観てスケートに目覚めたというからかなりの奥手です。けれども習い始めてわずか4年後に世界ジュニア選手権に初出場、見事初優勝してしまうからすごいもの。
 デビュー以来良くも悪くも注目の的で、インタビューや会見の場でも思ったことをぽんぽん口にしてしまうからマスコミの格好の餌。それでも2004年から3年間、全米チャンピオンのタイトルを穫ってしまうからたまりません。昔の映像も随所に観られますが、あの中性的な妖しい雰囲気は最初からなんですねえ。
 「セックスはないけど夫婦みたいなものだ」と言うボーイフレンドも出てきますし、その男友達を狭くて汚い風呂に浸かりながらインタビューするというなんだかよくわからないシーンも出てきて、とてもヘンテコで面白い。また、テレビ番組でフィギュア評論家という人物がウィアーを酷評する場面がありますが、その放送を観ながら「でも彼は僕のスケートのことはなにひとつ語ってないよね。人格攻撃ばかりで」とつぶやくのが印象的でした。
 オトナたちの差別的な視線や偏見と常に闘いながら、しかしスケートの方はいつも快進撃…とはいかないところが現実の厳しさでもあり、面白さでもあり。
 天才肌がゆえになんでしょうけど、このビデオでのウィアーは、とても気分屋で扱いにくい人物として描かれます。繊細さと気むずかしさは表裏一体のものでもあるのでしょう。壊れやすいガラス細工のようなその気質もコミで、ジョニー・ウィアーという異色の才能が成立しているのだということがよくわかるつくりになっています。
 ビデオは、ジュニア時代からのライヴァルであるエヴァン・ライサチェックが07年に全米タイトルを得るところをハイライトに、翌08年の世界選手権で銅メダルを獲得するまでを描きます。全編を通して登場するプリシラ・ヒル(デビューから10年間、まるで母親のように彼に接してきた名コーチ)との愛憎劇が圧巻。泣けます。
 時に悟りを開いた僧侶のような、優等生的な受け答えをするダニール・シムキンとはまったく正反対の、サガというか業というか、人のもつ弱さも強さもひっくるめた、独自の魅力を放つ作品でした。
 
Lotd
●Michael Flatley Returns LORD OF THE DANCE
 Kaleidoscope EOE-BD-6989(2011年)
 
 バレエの貴公子とも、フィギュアの異端児ともさらに縁遠いタイトルを最後にご紹介。なにせ主演のマイケル・フラットレーは1958年生まれだから、上ふたつの若者たちとはあまりにも世代が違いすぎます。
 アイリッシュ・ダンス・ショウ『LORD OF THE DANCE』は1996年にダブリンで初演。2000年と2001年には日本公演もありましたが、その時点でマイケル・フラットレーはすでに半ば引退状態でした。キャリア・ハイの一時期にはその高速タップでギネスレコードも持っていたはずなんですが、初来日公演を前に盛り上がっていた10年前ですら、ファンの間では「マイケル自身はもう踊ってくれないだろうねえ」「日本でもひと目観たかったなあ。来日がもう数年早ければなあ」などと語り合っていたものです。実際、その頃の彼はダンサーと言うにはかなり太っていたし、プライヴェートでもスキャンダルとかいろいろトラブルがあったはず。まあ、一時代を築いたんだし、もう悠々自適の生活なんだろうなあ…と思っていたわけです。
 ところが2005年、『CELTIC TIGER』なる新作を発表(わたしの感想文はこちら)。をを、現役復帰したんだ、とびっくりしたものの、さすがに劣化が隠せるはずもなく、この時点で現役ダンサーとしてのキャリアは完全に終わったのだ、と思っていました。
 ところがところがところが。なんとマイケル先生、まだやってたのか! しかも彼の原点ともいうべき『LORD OF THE DANCE』をリニューアルさせて。
 
 ディスクを見始めてまず驚くのは、その舞台づくり。ちゃんとイマっぽくデザインしなおしてます。多面スクリーンとLED照明を効果的に使い、3Dエフェクトも多用したハイテクぶりは、彼のセンスが少しも衰えていないことを証明しています。さらに特筆すべきは、彼自身の身体も『CELTIC TIGER』の頃と比べると明らかに絞られていて、ずいぶん若返ったかのようにも見えます。
 ジャンプするシーンや高速タップのシーンなどで、ビデオではスローモーションになってしまうのは、彼のテクニックの衰えを見せないがための編集なのでしょう。収録映像自体も、各地での公演の良いところをつなぎ合わせているようですし、ビデオではともかく、ライブで観たとしたらやはり彼も年齢には勝てないのか…とがっかりするかもしれません。いや、50を過ぎてこれだけ動けること自体、かなり凄いことではあるんですけど。
 ともあれ、かつて2度チャンピオンに輝いたフルート演奏をはじめ、彼のパフォーマンスには観客を楽しませようとするエンターテイナーぶりが随所に光っていて、なんだかもうその「姿勢」だけでも感無量になります。
 
 舞台装置や衣装が昔に比べてより豪華になったことで、いま風のケルト・ファンタジーらしさがより強調されたでしょうか。ダンス好きよりもむしろSFX満載のファンタジー映画ファンの方が、より純粋に楽しめる作品に仕上がっているように思います。
 それにしても、アイリッシュ・ダンスのイノベーターとして、彼以上の才能はもう二度と現れないでしょう。そのことを、今さらながら改めて強く感じた一枚でした。
 

2011 08 08 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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