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豊潤なモダニズムの記憶と記録:川西 英コレクション
●川西 英コレクション収蔵記念展 夢二とともに
2011年11月11日〜12月25日 京都国立近代美術館
川西 英(かわにし ひで)は1894(明治27)年神戸生まれ。終生、神戸を愛し神戸を描き続けた版画家です(1965年没)。かれが青年時代に憧れたのが10歳年上の竹久夢二で、およそ1000点にも及ぶ川西コレクションのうち、三分の一ほどは夢二の作品で占められているのだとか。ということで、京都国立近代美術館が買い取った川西コレクションのお披露目展覧会も、夢二の名前を全面に押し出すものとなりました。
当然わたしも夢二を目当てに出かけたんですが、行ってみてびっくり。いや、もちろん竹久夢二関係の展示物も面白かったんですが、それ以上に、後半で紹介されている同時代の作家たちの作品群に釘付けになりました。いままであまり目にする機会がなかったということもあるんですが。
神戸を代表するといっても過言ではないほどの画家のコレクションを、なんで京都の美術館が買うことになったのか、そしてその美術史的意義は、などなどは同展の図録でありコレクション目録でもあるカタログの巻頭論文に、やや高揚した気分とともに詳しく記されています。
●京都国立近代美術館・所蔵作品目録IX 川西 英コレクション
デザイン:西岡 勉
発行:京都国立近代美術館/2011年
ISBN978-4-87642-197-8
中身は同じだけど柄の異なる3種類の表紙を用意するという凝った装幀。
美術館学芸課長・山野英嗣さんの書いた巻頭論文を、わたしなりにものすごく乱暴にひとことでまとめると、要するに「川西コレクションの凄みは、同時代の第一線の画家によるコレクションだからこそ」。たんに美術愛好家、あるいは他の夢二ファンが蒐集したものとは異なり、日本の近代美術史を再検討する上で重要な意味が、このコレクションから読み取れるのだそうです。
川西と夢二は実際に交流し、肉筆画の実作品まで夢二は川西に手渡して、コレクションの内容も充実してくる。このような結びつきの背景に、夢二と川西というともに美術家同士だからこそが共有できる「創造の精神」といったものも感じざるをえない。(p.38)いわゆる「竹久夢二展」だとか夢二の画集だと、夢二そのものの作品を並べるだけで完結してしまうのがまあ普通でしょう。せいぜい当時の時代背景の解説が付く程度。けれども本展は、川西英という画家の眼を通した夢二展であり、また作家の成長とともに夢二だけでなく同時代の様々な画家たちとの交流も生まれるわけで、必然的に<竹久夢二とその時代>が立体的に描かれることになります。
川西英の作品集として、いまでも手軽に手に入るものは『画集 神戸百景 川西 英が愛した風景』(写真右/発行:シーズ・プランニング/発売:星雲社/2008年/ISBN978-4-434-12557-7)でしょうか。もちろん本展に合わせてミュージアムショップでも大きく扱われていました。これは、今から50年以上前の神戸とその周辺の風景が鮮やかに描かれた版画集(の復刻版)です。三宮センター街のように大きく様変わりした風景もありますが、神戸ってけっこう古い面影を残してるんだな、というのがこれを見るとよくわかります。異人館周辺とか布引あたりは今でもそっくりそのままだし、元町や高架下あたりの繁華街だとむしろこの頃の方が今よりもうんと華やかな気も。100枚の版画がそれぞれどこでスケッチされたものかがわかる地図も付いてるので、本書を片手に神戸散策するのも楽しそう。街歩き好きならたぶん面白がれる一冊だと思います。昭和といわず、阪神淡路大震災以前の神戸を覚えている方も、きっとたまらない郷愁を覚えるのでは。
なにより色遣いがたいへん明るくオシャレなので、今の眼でみても古さを感じさせないのがいいですね。大半の作品に特徴的ですが、イエローの使い方が実に気が利いていて上手いなあ。こういう配色のセンスにも、神戸という街と神戸っ子ならではのモダンさがよく現れていると思います。
江戸時代の浮世絵以降、いったんは低迷した版画というジャンルが、明治の終わりから昭和初期にかけて「創作版画」として生まれ変わり、隆盛した時期がありました。川西英はその時代のひとです。同時代の代表的な作家には、かの棟方志功が版画を志すきっかけともなった川上澄生(07年に開催された大山崎山荘美術館での川上展のわたしの感想はこちら)がいて「東の川上、西の川西」と並び称されることもあったそうです。川西コレクションにはその川上澄生をはじめ、同時代の重要な版画作品も多く含まれていて、<版画作品だけを集めても、ひとつの展覧会ができるほどの内容に満たされている(p.37)>とのこと。本展では夢二に焦点を当てているためこちら方面はかなり割愛されていて、だとすれば、今後これら「創作版画の時代」を一同に眺められる展覧会が改めて開催される可能性も高いわけで、実に楽しみです。
さらには、川西の作風とは直接結びつかないと思われていた村山知義ら前衛派の作品もコレクションに含まれていて、今後の研究によっては日本の近代美術史に新たな知見をもたらすことにもなりそうで、こちらも楽しみ。個人的な話ですが、わたくしダダへの興味からの流れで、最近になってようやく村山知義やマヴォに関心を持ちだし、関連書を少しずつ読みはじめているんですが、来春この美術館で村山知義展が開かれる、との予告を見つけたので今からとても楽しみです(そういえばここしばらく、京都国立近代美術館ではクルト・シュビッタースやハンナ・ヘッヒ、リヒャルト・ヒュルゼンベックなどのダダ作品を新収蔵品として折に触れ少しずつ展示しているので、近い将来、この「一世紀前の前衛芸術運動」についてのまとまった展覧会があるやもしれません。ダダ好きのわたしとしてはものすごぉく期待したいです)。
また、本展にはバーナード・リーチや富本憲吉、芹沢銈介といったいわゆる<民芸運動>のひとたちの諸作品、梅原龍三郎や安井曾太郎といった洋画の大家の版画作品なども紹介されてました。そういえば京都国立近代美術館は河井寛次郎コレクションをはじめ近代工芸作品の蒐集と研究が大きな柱のひとつですし、梅原や安井などの京都出身画家の珍しい作品(かれらの版画作品を収蔵するのはこれがはじめてなんだとか)もあるしで、なるほど、川西コレクションを京都が欲しがったワケはこういうところにもあったのか。
——という具合に、夢二から始まったはずの同展は、日本の主要な近代美術運動のあちこちをちょっとずつ囓ってゆく、たいへん拡がりのある結末で締めくくられました。これはもちろん、第一に竹久夢二という存在がそれほど大きかったということのあらわれでしょうが、いち作家のコレクションがかくも豊潤に<日本のモダニズム芸術>を抱え込んでいたということに驚嘆せざるをえません。関西の豊潤なモダニズム文化は、これまでにもたとえば1997年に『阪神間モダニズム』というタイトルで神戸や西宮、芦屋の美術館が共同で行った展覧会がありましたが、残念なことにそこでは川西英の名前は出てきませんでした。今後、さらに調査がすすんで、明治から昭和初期に至るまでの関西モダニズムについて新たな研究成果が生まれるかもしれないと思うと、とてもワクワクします。
2011 12 04 [design conscious] | permalink Tweet
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河原町のミーナの北隣、古書店の大学堂の店頭平台に、恩地孝四郎が装丁を担当した『日本児童文庫』シリーズが一冊500円で並んでいます。どこかの倉から出たものか、紙魚が多いものの「この値段なら」と、夢二が口絵を担当した『世界童話集(下)」(英蘇愛編)など4冊ゲットしました。
夢二つながりのネタということで。
posted: 熊谷 (2011/12/05 21:33:16)
かつてブログでも取り上げたことがありますが、ずいぶん昔に古書店で手に入れた「世界童話大系/世界童話集(上)」(大正14年、近代社)という本が手元にありまして、マザー・グースがたくさん載っていたりするとてもいい本です。序文の竹内藻風の文章も格調高いんですが、イラストレーションも豊富なのが素敵です。誰の絵なのかクレジットがどこにも記載されてないのが残念なんですが、おそらく海外の絵本の図版をそのまま使っていると思われます。こういうイラスト群も夢二や同時代の画家のインスピレーションの源になってたんだろうなあ、と、展覧会場でセノオ楽譜のコーナーを眺めながら考えていたんですが…。その「世界童話集(下)」って、もしかすると同じシリーズのものだったりするとか?
posted: とんがりやま (2011/12/05 22:33:59)